第269話 オゾン号 3

「何もなくて申し訳ないけど、もしよろしかったらそこにお座りください」


 シャーロットはあくまでも丁寧に俺を迎え入れる。しかし2週間前に急遽避難してきただけあって、本当になにもない。部屋も広いわけでもなく4畳半位のこじんまりとした部屋だ。村の長老という事で、特別に個室を与えられているようだ。

 それでも、過去の勇者の妻なら、俺達にとっては伝説の存在だ。そんな人を前にすればどうしても固くはなる。


「えっと。はい。それではお言葉に甘えて……」

「ふふふ。もっとリラックスしてくれても良いのよ」


 常識人の俺には女性の年齢を聞くなんて事は間違っても出来ないが、単純に300歳位じゃないのかな? この人。それでも長命種のエルフだけに、人間で言うところの40前後の見た目だ。転生前に四十路を超えていた俺には十分ストライクゾーンだ。

 いや。バットは振らないけどな。


「聞かなくても、頭で計算するのも駄目なのよ?」

「え? はい? いや……めっそうも……」


 え? 何この読心術。怖い。


「えっと、………それで……ユタカさんは、その、シャーロットさんの夫、ですよね?」

「そうね。私はユタカの妻の1人よ。今では私しか生きては居ないけどね」

「はあ……。それで、さっきのもう1人のキヨシローって、どなたです? 今この島に居る方ですか?」

「ああ。キヨシローの事は知らないのね。キヨシローはユタカの同郷の人なの。同じような時期にこの世界にやってきて。でもユタカとは役割が違ったのね。彼は技術者で、この船も彼が設計して作ったのよ?」

「なる……ほど。確かにこの世界の技術と少し違う気はしていたんですよね」

「分かるのね……」


 シャーロットは少し悲しそうな、それでいて懐かしそうな、そんな複雑な表情を見せると、すっと立ち上がり部屋の隅に置いてあった箱を開けて中をガサゴソと探っている。

 なんだろうと、黙ってみているとやがて一冊のノートを取り出し持ってきた。


「これは、あの人が書いていたノートなの」

「日記、ですか?」

「ううん。多分違うと思う。毎日書いたりはしていなかったから、この島で数十年過ごして、アンデッドがだいぶ落ち着いて生活が楽になってきた頃に、たまに思い出したようにこれを綴っていたわ」


 手渡されたノートを見ると、だいぶ作りが古い感じのノートだ。製紙技術も今よりまだ遅れていたような時代に作られたものなのだろう。「この島では未だにこんなノートは作れないわ」とシャーロットが言うようにパテック王国に居た頃に買ったノートに、何か思い出を書き綴ったようなものなのだろう。

 開いてみると、懐かしい日本語の文字が並んでいた。


「これは……シャーロットさんは、この文字が読めるんですか?」

「いいえ。ユタカは私達にこの文字の読み方は教えてくれなかったわ。だから私が持っていても意味がないものなのかもしれない」

「読んでみても?」

「ええ、でも今じゃなくてもいいわ。貴方も色々と忙しいでしょう」

「そうですね……」


 なんて返事をしながらも、やはり過去の転生者の残したノートと言われれば気にはなる。パラパラとめくってみるが、始めの辺りは死んでから女神に会う話が書いてあるようだ。ここもなあ。俺だけかよ。女神の記憶がないの。そんな事を考えながらノートを閉じる。


「やはり転生して女神に会う話とか書いてあるようですね。続きはまた後ほど読ませていただきますね」

「ええ、何か面白いことが書いてあったら教えて頂戴」

「あ、はい。それはもう」


 俺はノートを次元鞄にしまうと、シャーロットと軽く会話をする。彼女自身もそれなりに弓の腕には自身があるようだが、この200年の間にシャーロットが居たエルフの集落で作った弓も壊れてしまっており、ここの島の材木ではあまり上等な弓が作れないとのことだった。


 元々この島についた頃は、グールをメインとしたアンデッドが多かったようだ。それを皆で討伐し、人間の遺体は火葬し、骨も砕いて埋葬する。そんな徹底したアンデッドの浄化作業でその数は段々と減っていったようだ。

 その代わり、アンデッド化した魔物はグールほど数を減らすこと無く一定数をキープしているようでグールでなくアンデッド化した魔物が殆どを占めるようになった。


 それが、ここ十数年の間に、段々と今まで見たことのない魔物まで出るようになってきたというのだ。定期的には現れるもののこの島の魔物では村人もなかなかレベルが上がらないようで、一気にレベルが上っていく魔物に、段々と村が対応できなくなってきているとのことだった。


「その、ユタカさんがアンデッドを生み出すヨグの呪われた遺物を封印したとか言う話でしたが、それはどういった感じなんですか?」

「うーん。そこは私は後から聞いただけなのだけど。アネモネ……聖女ね。彼女と2人で浄化しに行ったのよ。結局アネモネにも浄化は出来ず、<聖刻>した石などで周りを埋めてしまった様な話だったけど……」


 <聖刻>か……たしかみつ子がやってくれたエンチャントがそれだったよな。初期魔法の<ホーリー>より、更に効果がしっかり根付く感じはしたけど、本当に百年以上効果が保ったのだろうか……単純に依り代になる遺体をきっちり処理していたからこそアンデッドが減ったと言うだけなのかもとも思える……。

 でもそれで良いなら、俺とみつ子で同じ様な感じで封印すれば良いのかも知れないな。


「その遺物そのものは浄化出来なかったと言う事なんですね。雨とかで少しづつ周りを埋めたのが流されたということなのですかね」

「そうね……。ユタカが言うには、どうも遺物の近くに行くとどうしても少しづつ呪いを受けてしまうらしいの、だから私達はそこに近づかないように言い残されていて、確認もできないというのが正直なところなの」

「なるほど……」

「それでも、神の祝福まであったユタカやアネモネはその呪いの効果を受けにくいと言ってたわ……ふふふ。貴方はどうかしら?」

「え? いや。ううむ。……そうかも知れないですね」

「でも、いずれにしてもまずは村を取り戻すのに力を貸してほしいの」

「ええ。それはもう、がんばりますよ」



 シャーロットの部屋から出ると、廊下にはすでに誰も居なかった。とりあえずデッキでも出ようかと歩いていく。


 ん?


 なんか妙に色白な辛気臭い感じの男が2人、遠くからこちらを見ている。なんだと思いながらも男たちの方へ軽く会釈をするとじっと無表情のままこちらの方に歩いてきた。そして前を歩いてきた少し偉そうな方が話しかけてくる。


「メイセス様が大陸から勇者を連れてきたとか言う話ですが……」

「僕じゃ無いですけどね。うちの商会の人間の事でしょうか」

「……パテック王国で、竜を駆る騎士がいるという噂を聞いておりますが。その騎士なのでしょうかな」

「えっと……失礼ですが、あなた方は?」


 なんか、コイツラちょっと辛気臭くて合わなそうだぜ。しかも名乗りもしないで色々聞いてくる。港に泊まっていた他所の国の商船っていうのは解るが、ちゃんと名乗ってもらわねえとな。


「ああ、我々はシュトルム連邦のモルニア商会の人間です。パテック王国とは大分離れておりますからな、取引はしておりませんしね」

「なるほど……今回はお2人で?」

「いや、この度の魔物の襲撃の時に森に出ていたのでね、もしかしたらもう……」

「そうですか。……森に、ですか?」

「ん……そうだな。この島で貴重な薬草が取れるのでね」

「薬草?」

「あ、ああ……申し訳ないが商売上そこは秘密にさせてもらう」

「まあ、そうですね」

「……」

「……では、これで」

「ああ……」


 俺は2人を置いてそのままその場を離れていく。2人が歩いている俺をしばらく見つめる様子を感知で確認しながらモーザたちを探すことにした。

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