第268話 オゾン号 2
満身創痍で布団に横たわる男を見てメイセスが思わず駆け寄る。
「父さん!」
「メイセス、いけません!」
メイセスが男に触れようとすると、初老の女性が止める。
「母さん……父さんは……」
「メイセス、良く無事に帰ってきました。ファーブルはあまり状態が良くないの」
「だい……じょうぶ……だ。よく……帰ってきて……くれた」
「ファーブル。無理しないで」
布団の中からやはり包帯の巻かれた左腕が出てきてメイセスの方に差し伸ばされる。メイセスはそっとその手を握りしめる。
「父さん……母さん、ババ様。これは一体……」
んと……こんがらがりそうだ。おそらく中年の美人さんなエルフがババ様で、初老の女性が母親? 初老の女性は普通の人間で、ハーフエルフの父親は壮年くらいの見た目に……。複雑だぜ。
それにしても、このエルフが過去の勇者の妻の1人か。今でも綺麗だが、200年前はものすごい美人だったんだろうことは伺われる。過去の勇者を知る生き証人じゃないか。
その後、そのエルフはゆっくりと2週間ほど前に起こった村への魔物たちの襲撃の話をする。魔物の猛攻に村が持たないと判断した村長は村の精鋭を集め、村人を逃がすために最後まで村に残っていたという。村の最高戦力である村長がこの島での唯一の希望であったようだ。その時に精鋭の護衛隊は半分近くがやられたがなんとか村長を船まで運んできたらしい。
そして、ファーブルの長男。メイセスの兄にあたるフィノもその戦いの中、命を失った。
「そんな……兄さんが……」
「すまん……あの……オーガ達に……なにも、できず……」
……やばい。重すぎる。こんなとき、俺は何を言ってい良いのかわからなくなる。この世界に転生する前に、何度か知り合いの葬儀に参列したことがあった。参列している人の中には焼香の前に遺族に故人の思い出を語ったりと気の利いたことを言える人達も多いが、俺は葬儀の悲しい雰囲気に飲み込まれ気の利いた事を言えない男だった。大抵は黙って会釈をしたり、せいぜいが「ご愁傷さまです」と言うくらいで、焼香台に向かうタイプの人間だったんだ。
そんな中、ススっとハヤトが前に出てきて話しかける。
「パテック王国のハヤトです。この度はご愁傷様です……」
やべえ。なんか俺なんかより場馴れしてる感じじゃねえか。ハヤトはそのまま自然流れで話を広げていく。
「その……失礼ですが回復魔法を使える方は???」
ハヤトも村長の具合に早く回復をさせて方が良いと判断したのだろう。たしかハヤトも回復魔法を持っているがいきなりでしゃばるのは遠慮する感じなのだろうか。
話を聞いていたエルフが応える。
「あなた……ハーフエルフね。わざわざ大陸からお越しいただきありがとうございます。私はシャーロットと申します。村長が怪我で動けない今、代理で代表を務めさせていただいております。……回復魔法を使えるものはおりますが、今は下の階で怪我した村人を優先させていただいているんです」
「なるほど。しかし、村長の様子を見る限り急いで回復させた――」
「もう……私は……無理だ……ゴホッ……片腕……も、失った……今の、村には私のような……役立たずは……重荷になる……」
いや、たしかにこのままだとヤバそうだが……。欠損まで有ればハヤトの回復魔法でも厳しいな。
ううむ……。
こんな時に隠すとか言ってられねえよな。そう思いハヤトの方を見ると、ハヤトも同じことを考えたようだ。俺に許可を求めるように軽く頷くハヤトに、俺も頷いて応える。
それを見てすぐにハヤトが廊下に向かって声をかける。
「みつ子さんを中に入れてください!」
ハヤトが言うと、すぐにみつ子が中に通される。みつ子も村長の状態に一瞬驚くが、すぐに自分の呼ばれた理由を察し村長に手を向ける。
「……あなた。回復魔法を使えるの?」
「はい。治します」
「だけど……」
シャーロットが何かを言いかけた時、みつ子の手から虹色の光が溢れ出る。
「え? あなた……その光……」
そう言えば、過去の勇者の仲間にも聖女が居たらしいな。当然、その聖女も過去の勇者の妻の1人になったと推測できるが……。 いやまあ、そんなことより、みつ子の魔法と同じような光をシャーロットも見たことがあるのだろう。
「んぐ……」
その時、ファーブルが苦しそうな顔をして、布団をはぎ失われた右腕部分を抑える。それを見たみつ子が慌てて光を消す。
「あ、ごめんなさい。申し訳ありませんが欠損部分の包帯を解いてもらってよろしいですか?」
初老の女性がすぐにその意味を察し、布団を剥いで右足の包帯を外しにかかる。脚も失っていたのか……。シャーロットも右肩に巻かれた包帯を外す。失われた腕の傷が露わになる。
包帯が解かれると、再びみつ子が回復魔法をかける。たしか<再生治療>とか言ったか。再び虹色の光が村長を包み込む。程なくして失われていた腕と脚が盛り上がり形成されてくる。えらい気持ち悪い。
「行けそうか」
「たぶん……2週間くらいならまだ間に合うと思うの……少し抵抗が強いけど」
そう言えば以前にあまり期間があくと厳しいような話を言っていたが、細胞の恒常性みたいなのがあるのだろうか。失われた状態で体が馴染むと欠損部の再生が難しいのかもしれない。普段の回復魔法でそんな汗をかくのを見たことがないが、みつ子は険しい顔で魔法に集中している。
それでも時間をかけじっくりと欠損部は再生されていく。見ている俺達も息を呑んでじっとそれを見つめる。
「ふう……なんとかなったわ。でもリハビリは必要よ。はじめは無理しないでくださいね」
汗を拭いながらみつ子が言う。ファーブルはあっけにとられ、ただうなずくだけだ。再生が終わると、今度は普通の回復魔法を掛ける。念のためだろう。村長は信じられないと言うように、再生した自分の手足を確認する。
「おおおおお!!! ファーブル様がッ!」
廊下から見ていた若者たちも大きく歓声を上げ、現場は騒然とする。
「みっちゃん、ありがとう」
「ううん。こんな怪我、ほっとけるわけないもん」
「そうだよね……あ、なんか下の船室の方にも怪我人いっぱいいるみたい。多分この村の回復魔法使える人達じゃ魔力が足りないのかもしれない。みっちゃん行ってきてもらっていい?」
「うん。働くよっ!」
そういうと、1人の若者に声をかけ、みつ子は下の船室の方に降りていった。普通に見送ろうとしていたハヤトに気が付き「ハヤトも手伝ってきなよ」と声をかけると慌ててついていく。
メイセスにもみつ子の回復魔法の事は教えていないため、呆然と部屋から立ち去るみつ子を眺めていた。
「メイセス。本当に素晴らしい人達を連れてきてくれました」
「え? あ、はい」
ファーブルも完全に傷が癒えたようで、目に力が戻ってきている。ただ、失われた体力まで回復させているわけではないので少しベッドで休む必要はあるだろう。しかし傷が癒えたことですぐに自分の役目を思い出し、メイセスに今回の一部始終を訊ねる。
「なるほど、竜騎士様が……」
熱い視線をモーザに向ける。モーザは困ったような顔をするも、差し出された手をにぎると、再びガッツリと両手で手を握られ「どうか私達をお救いください」と頼み込んだ。顔を真赤にし、しどろもどろに「ま、任せてください」とモーザが答えた。
再生魔法は、再生してもらう側もだいぶ体力や魔力を消耗するらしい。やがてウツラウツラとし始めた村長をそのまま寝かし。俺たちは部屋を後にした。
「ごめんなさい。ショーゴさんちょっと良いかしら」
部屋から出た俺に、シャーロットが追いかけてくる。モーザじゃなくて俺? と。どうしたのかと思ったが、シャーロットはマジマジと俺の顔を覗き込む。そして自分の自室に寄るように言った。
「えっと。モーザじゃなくて?」
「はい。貴方と少しお話をしたくて……貴方の顔を見ていると、ユタカやキヨシローとなんとなく似た面影を感じたの。この世界の人間の顔とは少し違う……」
「!!!」
「その反応……やっぱりそうなのね」
いや、確かにこの世界の人間の顔は欧米人ほどではないが、日本人と比べればかなり彫りも深い。普通に行きていくには、ちょっとした個性くらいの感じで問題はないのだが。改めてじっくり見られるとその違いは分かる人には分かるのかもしれない。
そして俺はそのまま、シャーロットの部屋に入っていった。
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