第263話 航海

「え? 神聖魔法?」

「へ? なに?」

「いや……いま。神聖魔法がどのこうのと……あれ? みっちゃん聞こえてない?」


 ん? なんだ? 確かに今声が聞こえたんだが。 


 そう言えば、ゾディアックの気配の消し方はヤバかったよな……まさかあのジジイ、俺とみつ子の会話をこっそり聞いていたのか?


 そう思い当たりを見渡すが、誰も居ない。


「あれ? 今声聞こえなかった?」

「なにも聞こえてないよ。神聖魔法? そう聞こえたの?」

「う、うん……あれえ?」

「……確かに女神様のくれた魔法なら神聖魔法って言っても良いのかもね」

「いや、そうなんだけど……あれ? もしかして神様の声???」

「ほんと??? でも、なんで私に聞こえなかったのかな?」


『いや。神のわけがあるか。何を言ってるんだお前は』


 再び声が聞こえる。俺は素早く立ち上がり廊下を覗く。


「え? 何? また聞こえたの?」

「ああ……ちょっと品のない声だった」


『ちょっと待て! 品がないとはなんだ!』


 ……まさか。


「……もしかして、ガルか?」

『ぬ。そうだ。やっと分かったか』

「やっと分かったっていうか、喋れるのかよ。いつから?」

『ふむ。試していないが、1年ほど位からお前に言葉を届けられそうな感じはしていたな』

「は??? そんな前なのか? じゃあ、とっとと話しかけろって」

『特に話すことは無かったからな』

「うわ……無口かよっ。で、メラも喋れるのか?」


 数ヶ月前なら、メラでも喋れそうな気がするんだが……。


『……喋れるわ』

「やっぱり。お前も話すことは無かったと言うことか? ……って女かよっ」

『……そうね。みつ子が名付けた訳だし、そりゃあ女性に傾くわよ』

「うっわ……よくわからん」


 名付けたのが女性だから女性っぽくなった? よく分からねえ理屈だぜ。それにしても、みつ子の大事な話をしていたのに、コイツラのせいでぐちゃぐちゃになってしまった。


 だが、みつ子は突然龍珠達が話しかけてきたというのに、だいぶ興味をソソられるらしい。何を喋っているの? と通訳を求めてくる。と言っても、大したことは言っていないのだが。


 龍達は、今は卵のような龍珠の状態だが、龍は新しく産まれるというより、生まれ直す。そんな感じらしく、前世の記憶や知識を引き継いでいるという。それで思い当たったようなのだが。

 その中で、神聖魔法というのは巨人との戦いの初期にしばし見られたようだ。まさに神の御力を人が代わりに行うということで、威力も半端ない代わりに、リスクも多そうだ。何度もポンポンと使えるような代物では無さそうだ。


 確かにみつ子も、あの時の女神の話的には、1回だけ打てる大砲を体に仕込んでおく。みたいな感じだったかもしれないと。まあ、それを埋め込んだ人間の魔力を使って発動する感じである程度レベルを上げて魔力を増やしておかないと発動できないって事なんだろうな。


 ……生命力とか言うのがなんか嫌だな。


「まあ、いずれにしてもみっちゃん、今回は使わなくていいよ。国交が開けばまた来る機会が在るだろうし、今回は過去の勇者がやったような封印的な事でも出来ればいいんじゃない?」

「うん……そうだね。ありがとう」


 俺がそういうと、みつ子も少し気が楽になったように笑顔を見せる。


『いつもの流れだと、ここでチューだな』

『そうね、まただらしない顔をして「チューして」ってお願いするのかしら』

『いや、ここは自然発生的に――』


「やめえぃ!」


 うっわ。こいつら……やっぱり見ていやがった……。 俺は真っ赤になりながら続く言葉が出てこない。みつ子は目を丸くして突然叫んだ俺を見つめる。


「い、いや。なんか、コイツラが、喋りすぎる……というか」

「……ふふふ。良いなあ。なんか羨ましい」

「そ、そう? うるさいだけだと思うよ」


『うるさいとは心外だな』

『ほんとよ、呼ばれたから応えだだけなのよ。ふぁああ〜。まあ良いわ私は寝るわ』


 そう言うと、メラの気配のようなものがスッと薄れるのを感じた。いまので寝たのか? マジ寝付きが良いな。


『我らはまだ幼生にも成らない存在。普段は寝ておる。用があったら起こせ――』


 ガルも一言つぶやくとスッと気配が薄れる。こいつも寝たのか……。なんか色々聞きたい感じもあったんだけどな。まあ、これから付き合いは長いだろうし、話す機会なんていくらでもあるか。


 なんとなく俺の反応で分かったのだろうか。みつ子が「終わり?」と聞いてくる。まだまだ眠たい時期みたいだよと。言うと「へ~」と上に浮く2つの龍珠を眺めていた。


 厨房と食堂の間の所に、夜の当番の人達の為にお茶が入ったポットが置かれている。それを注ぎ、それからまた2人でまったりと会話をした。みつ子はどうやら普通の対アンデッドに対しては、ある程度自信はあるようだ。


 「ホーリー」と言われる、いわゆる聖属性の魔法の初期魔法がある。大陸にはアンデッドが居ないため戦闘に使われるケースは無いのだが、よく司祭などが信者に対してお清め的にこの魔法を使っている姿はよく見る。いわゆるデモンストレーション的な使い方をされているくらいのようだ。


 過去の神話には、アンデッドをそれで清めたような描写が載っているらしい。


「俺達の使う武器にそういう属性を付与するとかは出来るの?」

「うん、出来るよ。多分魔法のレベルが上がるとホーリーでも行けるような気もするんだけどね、剣だしてみて」


 言われるままに次元鞄から剣を取り出し、みつ子に見せる。みつ子は剣に向けて手を向けると仄かな明かりが広がる。まあ司祭がよくやるやつだが、そこらへんの司祭のものより明かりも強い。そしてその手から出てきた魔力の渦が剣にまとわりつくのも分かる。これは面白い。剣を振ってもまとわり付いた魔力は剣に残る。


「おお~、これホーリーなの?」

「そそ、結構魔力を込めたんだけど、わりとちゃんとエンチャントっぽくなるでしょ?」

「うんうん。まあ、見てると少しづつは魔力が散ってるから、数分って感じなのかな。エンチャントもあるの?」

「うん。でもエンチャントなのかなあ? 普通にホーリーの上位版だと思うんだけどね。聖刻って言うんだけど。見てて」


 そう言うと再びみつ子が手を向ける。先程とは違った強い光が出てくる。「聖刻」と言っていたか、なんとなく俺のイメージする聖刻と違うが、聖なる力を刻む。そんな意味なのだろう。ホーリーとは違うネットリした感じの魔力が剣に刻まれる感じだ。

 ちょうど魔力視で見る魔力が、「上魔質」のスキルが付いてから変わったような変化に似ているのかもしれない。


「どのくらい保つのかな」

「え? このスキル生えてからはじめて使ったから分からない」

「マジか……俺だったら色々試したりするけどなあ」

「火魔法のエンチャントなら楽しくて色々やったけどさ。聖魔法じゃあまり関係無さそうじゃない?」

「まあ、そうなんだけどね」


 そっか。確かに剣に火を纏わせてたもんな。言うても俺たちが回復魔法を欲することなんてめったに無いし、あまり使ってない聖魔法もエンチャント出来るようになっているって、やっぱ「聖者」スキルがあるだけで聖魔法の伸びの方がずっと速いんだろうか。


「じゃあ、明日この魔法がまだ残ってるか見てみるね。そろそろ寝ようか」

「うん。そうだね……」


 そう答えながらみつ子が俺の方をじっと見つめる。一緒になってから5年以上は一緒にいるんだ。分かってしまう。だが……珍しく躊躇する自分が居る。


「ん~ ん~」


 むむむ。反応の悪い俺にみつ子の動きに露骨感が出てくる。


 うん……ガルもメラももう寝ている。


 チュッ


 上に浮く2つの珠を意識しながら俺は夫婦の挨拶を交わし……お互いに自分の部屋に向かった。



『……やっぱりしたようだな』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る