第235話 ハーレー試乗会
ハーレーとみつ子のロシナンテを預けてある獣舎は以前と同じだ。ハーレーの住む建物は老朽化も有りゲネブ公からの援助もあり特注の新しい建物になっている。今までの古い獣舎も残って枠はあるのだが、ドラゴンが近くにいるとストレスを貯めてしまう騎獣が多いらしく、未だにオヤジは暇そうにしている。
獣舎に案内していくと、施設の入り口付近の受付の周りに貼ってある張り紙をみて、リル様が立ち止まる。
「で、なにこれ?」
「ん? ああ。これはここの管理人の小遣い稼ぎですよ。ほら、ハーレーは割と人気があるからたまに見学に来る人も居るんですよ。子供連れていたりするとこれが結構人気みたいです」
【竜の餌 50モルズ】
いつの頃からかこの張り紙が貼ってあった。ハーレーは、山の集落での特殊な果物しか食べないのかと思っていたのだが、ゲネブの街で売っている果物をあげてみると普通に喜んで食べていた。
だからボストン農園でトゥルが独占的に作って売っている果物の様な高級品では無く普通の果物だが。それを買ってハーレーにあげるというのが何気に人気のアトラクションになっている。恋愛成就から病気平癒、魔物の討伐の無事を願う冒険者まで顔を出してハーレーにお祈りしていく。
実際のハーレーのキャラを思うとなんとも複雑だが。今ではゲネブの守り神のように信者を集めていた。
まあ日本に居たころも、鯉の餌とかうさぎの餌とかあったが……流石に竜の餌というのは異世界感が半端ない。
しばらくリル様が悩んでいたが、獣舎のオヤジにカネを払い、林檎の様な果物を買っていた。
ハーレーはいつものように寝ていたが、モーザの気配を感じ取ると嬉しそうに顔を上げる。
「おはよう。ハーレー。今日はこのリル様がお前に騎乗してみたいと言うから連れてきたんだ」
そうモーザが言うと、ハーレーは俺達と一緒にいるリルをじっと見る。
『モーザの女か?』
「な、何言ってるんだ。このゲネブの街の領主様のご令嬢だ」
『ご令嬢だあ? なんか偉そうだな。ちんちくりんだしなあ。乗せねえと駄目なのかあ?』
リル様が聞いたら怒りそうなもんだが、あいにく竜の言葉を理解できるのはここには俺とモーザとみつ子しか居ない。リル様は何を言われているかも理解していない様子で、恐る恐る先程買った果物を手に前に出てくる。
リル様の護衛の騎士は初めて見たのだろう、ハーレーの大きさにドン引きしていたが、リル様が一歩前に出ると慌てて止めようとする。
「止めないで頂戴。私はこのドラゴンに乗って王都に凱旋するのよ。ビビってなんていられないわ」
流石だな。この巨体を見ても怯むこと無く果物をあげようとする。たしか、腕を噛まれるかもしれないから放り投げろと書いてあったがリル様は手に持ったままだ。
『んぁ? ほう。ちんちくりんな割に礼儀を知ってるな。うんうん。乗せてもいいど』
一方のハーレーは単純だ。嬉しそうにペロッとリル様の手から果物を舌で絡みとると、ムシャムシャと食べる。というか飲み込む感じだが。リル様は果物を食べてもらい嬉しそうな顔になる。
ハーレーの了承を得たので、俺とモーザでハーレーの背中に騎乗様の器具を付けていく。リル様の護衛に付いてきている騎士も一応一緒に乗るつもりらしい。聞くと青い顔をして「もちろん騎乗させていただく」と答える。
ハーレーの騎乗具は基本的に端の村で作ってもらった物なのだが少しだけ改良はしてある。取り付けるとはしごを使ってリル様と騎士を乗せる。そして俺とみつ子で前と後ろに乗り込む。
「な、なんか不思議な乗り心地ね、えっと何処に捕まればいいの?」
「敷物はもしご希望あれば当日持参して頂ければ大丈夫ですよ。今日はこのままでお願いします。で、ヒレとヒレを結んでるここを、はい。そうです。ギュッと捕まってもらって……」
なんとかリル様が座る位置を決めたので、モーザに声をかける。
「じゃあ、モーザ頼むよ」
俺が声をかけると、俺達を乗せたハーレーはノソノソと騎獣舎から出た。騎獣舎から出ると、途端にハーレーはスピードをあげ走り始める。
「キャッ! ちょっと、ちょっとぉぉおお!」
その加速にリル様が必死に紐にしがみつくが、怖くて顔を上げられない。後ろからみつ子がそっとリル様を支える。俺は前を向きモーザとハーレーに怒鳴りつける。
「お、おい。ハーレー。はええよ!」
ハーレーは元々大人数を乗せるタイプではない。モーザが乗る首のあたりと比べ、俺達の乗る背の部分は走るときの背のたわみや伸びなどでひどく揺れるのだ。だから俺達が乗るときには馬で言う速歩の様にあまり背が揺れない走りをするのだが……。まあ確かに最近は身体能力の上昇と共にある程度揺れても大丈夫なのだけど。
『どうだ! おでは速いだろお!』
きっとリル様にはハーレーが嘶いてる様にしか聞こえないだろうが、何のことはない。こいつはちょっと自分の実力を自慢したかっただけだ。やはり子供だ。駄目すぎる。
「アホか! 人を乗せるんだからそれなりの走り方があるだろっ!」
『なっなっなんだど! おめえは、いつもいつも偉そうだぞ!』
「俺じゃねえんだよ! 俺の上の龍珠が、怒ってるんだ」
『なっ!!! ……だ、だども。だども……』
ふっ。
そんな時は龍珠の威を借りる事で、ハーレーは何も言えなくなる。ちょろい。
「ショーゴ。あまりハーレーをいじめるなよ」
「いじめてないって。こいつすぐに調子に乗るからさ」
『モーザ。ショーゴがいつも俺をいじめるんだ。おで子供なのにだ。怖いんだで』
「こいつ……」
なんだかんだ言って、ハーレーをかばうモーザ。そしてモーザに甘えるハーレー。いつも俺が悪者みたいになるんだな。
その後ハーレーもようやくちゃんと走り、リル様もなんとか乗れそうな感じになってくる。しかし尻は痛くなるようで、ところどころ休憩をはさみながらウーノ村の方角に向かって龍脈沿いを進む。
実際今の俺なら、このペースなら走ってついていったほうが楽だったりするかもしれないが。やはり騎獣にまたがって旅行することに意味がある……気がするんだ。それに、それでもそんじょそこらの騎獣には負けないスピードだ。
数時間進んだ所で、再びゲネブに向かう。この頃になるとだいぶリル様もハーレーに慣れてくる。
「うんうん。良いじゃない。ドラゴンにまたがって王都の門をくぐる。それこそ私の為の晴れ舞台ね」
「え? 王都ってゲネブと違って中に騎獣連れ込めるんですか?」
「……そうね。駄目だったわ。だけどギリギリまでドラゴンで近づいてアピールしたいわ。リル・ファゾムス此処にあり! よ!」
「……」
意外とハーレーとリル様は波長が合うかもしれない。
※仕事が忙しかったり、忘年会だったりでかなり執筆が止まっております。まだストックが2話程あるのですが、もしかしたらちょくちょく更新サボ……お休みしちゃうかもしれません。そんな時はそっと優しい目で見てくれると助かります。
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