第233話 酒は魔物。

「それで、ショーゴ。今日呼んだのはな、ちょっと頼み事が有ってな」


 和やかに進む会食の中で突然思い出したかの様にゲネブ公が切り出す。


「え? 頼み事……ですか?」

「おいおい。そんな構えるな。なに、ちょっとした仕事を頼みたくてな」

「いやあ。良いですけど、年末からしばらくはちょっとゲネブに居ないんですよ。その後なら」

「ん? ダンジョンでも行くのか?」

「あ、いや。王都の友人に子供が生まれたのでお祝いに行こうかと」


 すると、話を聞いていたリル様が嬉しそうに声を上げる。


「ちょうどよかったわ! お願いというのは私が学院に帰る時の護衛だったのよ。ちょうど王都行きだから良かったじゃないの!」

「え? いやあ……僕らはドラゴンに乗ってささ~っと行こうと思ってるんで……」

「なによそれ」

「え? いや、ほら、仕事もあるしその方が移動時間が短くて済むので」

「うんうん、そうね私もドラゴンに乗りたかったのよ。良いわねえ~」

「リ、リル様?」


 やばい。まったりと自由に旅行をしたかったのに、これはやばい。


「いや、しかしですねえ――」

「楽しみね~。ねえ。一度くらい乗る練習したほうが良いかしら?」

「えっと~? ちょっとまって下さいよ」


 リル様の暴走を必死に止めていると、ゲネブ公が瓶を片手に近寄ってくる。


「そう言えば、お前が米酒が好きだと聞いてな、取り寄せたんだ」

「お? マジっすか? って、いや騙されませんよ。……え? その瓶は。まさか……」

「ほう、さすが分かるか。ウブロット共和国から特別に手に入れたんだ。かつて共和国に降り立った異邦の者が伝えたと言われるサケだぞ」

「うぉ……まさか、それは……伝説の9号酵母の……」

「さ、お前のために取り寄せたんだ、遠慮はするな」


 トクトクトク……。


 メイドさんから渡された小さめの杯に無色透明の酒が注がれる。ううむ。大貴族様に注がれた酒を飲まないなんて言う選択肢は無いな。うん。致し方ない。


 クイッ……。


 !!!


「おおおおお! みっちゃん! これすげーよ!」

「省吾君……」


 顔を上げると満足げにゲネブ公が頷き、瓶を俺の前に置いて再び自分の席に戻る。


 やばい。いろんな米酒を飲んできたけど、噂通りだ。抜群に日本酒感が強い。純米吟醸……いや。大吟醸やでっ!

 俺は自制を忘れ、手酌で再び杯を満たす。


「くぅぅぅぅううう!」



 ……


 ……


 

「ショレでは! 不詳省吾が、異邦にちゅたわる、伝統の、宴会芸を、おみしぇします!」

「おお。異邦の国の芸か!」

「省吾君……」


 俺は部屋の外でメイドさんにインクを貰い、腹にデカデカと顔を描いた。こういうのはもっと肥えた腹の方が様になるのだが、今の俺には無いものだからな。仕方ない。広間の外から顔だけ出して、皆様に始まりの合図をする。


「ちゃんちゃかちゃんちゃん、ちゃちゃんちゃちゃんちゃん♪」


 服を顔まで持ち上げ、腹に書いた顔を腹筋などをくゆらせ表情を表しながら広間に入っていく。よりコミカルさを演出するために小股でピョコピョコと。


 そう、日本の伝統の宴会芸、腹踊りだ。


「ジローをたべーようと、列に並んだりゃ~♪ 順番がき~たけろ、財布を忘れました~♪ チクショー!!!」

「……」

「……」


「省吾君……」



 ……


 ……



 目を覚ますと、自分のアパートにしては豪華すぎる天井の造りだった。


 ……ここは?


「もう……大丈夫?」

「あ……みっちゃん、ここは?」

「省吾君が酔いつぶれちゃったから、館の一室貸してもらったの。もう、すぐに飲みすぎるんだから」

「あ、いや……ごめん」


 ん。記憶があまり無い。確か……トラックに……。


 いやいや。もっと後だ。数年単位で。


 確かゲネブ公にリル様を王都まで送ってくれと頼まれて、それを断って、美味しいお酒が来て……楽しくなりすぎて……。


 あれ?


「ねえ、みっちゃん。俺なんかやっちゃった?」

「うん。ばっちり」

「……やはりか……で、具体的には?」

「なんとかダイユウのネタで腹踊りとかね」

「う……俺が?」

「あと、リル様を王都まで護衛する約束しちゃったわよ。まあ、どのみちあれはもう断れないだろうから良いけど」

「え? その話は断ったよね?」

「んとね……ほれたちに、ど~んと、おまかせあれ~」

「……マジか」



 ゲネブで仕事を続けるにはゲネブの貴族様にも媚びへつらうのが商会の頭としての責務だ。なんて重く考えるほどの事でもないが。最近は俺なしでもサクラ商事は回るようにしている。


 ――まあ、しょうがないか。


 そういう結論に至る。


 俺が前後不能に陥っている間に、出発の日取り等はみつ子が詰めてくれた。流石に年末年始の帰郷という事でリル様は正月をゲネブで迎える。そうなると出発もそれ以降になる。エドワールも一緒に王都に戻るということで護衛対象はこの2人か。それから正規の兵も護衛につくということで結局ハーレーに乗って一気に王都に行くというのは無理だろう。


 正規の騎士団も付いているのに俺たちが必要なのか? とも思うのだが、リル様たってのお願いとも聞けば……道中の暇つぶしの相手がほしいのか。と結論づく、かなりの日数ひたすら騎獣車に揺られるだけだしな。ゲネブ公も護衛と言うより一緒に行ってほしいと言う感じで重く捉えない良い、とみつ子も言われたようだ。



 それでも一応、スピードの早い騎獣や獣車は用意してくれるらしい。リラ様はどうしてもドラゴンで行くつもりらしいが。


 仕方がないので、明日にでもハーレーに試し乗りして貰う約束もしたという。エドワールは「僕は獣車で構わないから」と試し乗りもするつもりは無さそうだということだった。



 ううむ。


 知らないうちにだいぶ話が進んだようだ。

 強回復スキルのお陰で、もう殆ど酔は残っていないが……。良き眠りスキルもあるから、かなり眠気も無いし。


 帰るかみつ子に聞いてみるが、みつ子は公邸のふかふかベッドが相当気に入ってしまっているようだ。


「今日はここで寝ちゃいましょ。明日帰ればいいでしょ?」

「ん? まあ、もうだいぶ遅そうだしね。そうしようか」


 俺はスヤスヤと眠るみつ子の横で、うだうだとベッドの中で予定の修正を考えていた。





※なろうの方で出していた某コンテストで1次通りました。ちょっとうれぴー。

って、今回のネタはなんとなく微妙感がw 良いよっぱらいぶりを思いついたら書き直しちゃうかもしれませんw

 

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