第232話 晩餐会
ゲネブの領主の館は何度か行っては居るが、慣れたとは言い難い。以前国王が来た時に料理人の助っ人として呼ばれたり、モーザの授爵の式典などで呼ばれたりと数えるくらいだが。ゲネブ公も俺の性格はなんとなく分かるのか、用があれば大抵はジロー屋のオヤジを介して依頼などをしてくる。未だにたまに閉店後のジローにやってくるしな。
一応、俺の龍珠に関してはゲネブでも認知されつつある。特に咎められること無く貴族街へ入っていく。
俺はフォーマルな服に身を包んでいた。以前国王が来た時に作った服は、あれから身長がまた伸びたためもう着れなくなっている。これはその後に新しく作ったものだ。みつ子は紺色のタイトなワンピースのドレスを着ている。7部丈くらいの長さの袖の部分はレース状の透けている感じで、本人としては大人の女性をイメージしているらしい。
なんとなく同級生の結婚式に出る大学生みたいだ。言わないけど。
館の入り口で招待状を見せると、執事がうやうやしく中へ招き入れてくれる。パーティーはまだ始まってないので、待機室の様なところで待つように言われた。メイドさんたちが飲み物や軽くつまめる菓子を用意してくれ、それを少し食べながら呼ばれるのを待つ。
「それにしても……やっぱこの建物、良いよね?」
「ん~。館って言ってるけど殆どお城だよね」
上を見上げれば、天井の細かい細工まで手を抜くこと無く丁寧に仕上げられている。釣り下げられているシャンデリア調の光の魔道具も精緻な作りだ。
俺は調度品等を眺めながら、窓に近づく。若干波打つ窓ガラスに昭和の頃の硝子戸のレトロ感を感じてちょっとうれしくなる。そのまま窓から館の中庭などを眺める。ちょうど傾いた太陽が赤みを持ち始め、伸びた影が計算されたように庭の造形を彩っていく。素晴らしいじゃないか。
ん?
その時、誰かが小走りにこちらに向かってくるのを感知する。女性か。するとバタンッと乱暴にドアが開かれ、1人の少女が入って来た。
「ひさしぶりね。2人ともよく参りました」
「おお。リル様。お久しぶりです。すっかり大人の女性になって……」
「ふん。私はずっと大人の女性だったわよ。ミツコもお久しぶりね」
「ありがとうございます。リル様も素敵になられましたね」
国王のパーティーの時に厨房で会って以来、リル様もたまにゲネブ公と一緒にジロー屋に来ていたため、みつ子も面識がある。
いつかのロリお嬢様は、今ではすっかり女性らしく……なってないか。あまり変わらないな。公女様ならもう少しお淑やかにすれば良いのに……。
「学院はどうです? ちゃんと勉強していますか?」
「やってるわよ。公女ってだけで成績が優秀なのが当たり前みたく思われるのよ。ほんと嫌になっちゃうわ」
「ははは」
話しながらリル様はソファーにデーンと腰掛け、テーブルの上のお菓子をつまみ始める。こんな姿も昔と変わらない。
たしか、今は2年生って聞いていたが、裕也の息子のハヤトは……卒業して2年、面識は無いのかな?
やがてパーティーの準備が出来たようで、広間に呼ばれる。
「おお~」
広間にはかつて映画や漫画などで見たことのあるような長いテーブルが設置されており、テーブルの上には料理も準備されていた。出来たてなのだろう、ホカホカと湯気が立ちまだ暖かいのが分かる。
椅子には既にゲネブ公と奥様が座っていた。一番偉い人が先にテーブルに付いているなんて違和感を感じるが、夫婦で楽しそうに話していたゲネブ公は、入ってきた俺達を見ると手を上げて「おう、よく来てくれたな」と気軽に挨拶をしてくる。
それにしても……この椅子の数。本当に家族の内輪の晩餐会じゃねえの? 良いの? 俺達みたいな部外者が普通に同席して……。
俺達は唯一の客人らしく、ゲネブ公の対角の椅子に座る。執事っぽい男性がスマートに椅子を引いてくれるのがくすぐったい。でもみつ子はなんとも嬉しそうにしているのを見て、たまにはこういうのも有りかな? なんて思う。
すぐに他の家族もやってきた。
本日の主役? のリル様。ゲネブ公の長男で最近政務を少しづつ任されつつあるヴィルレ、ゲネブ公の弟のブラッシュ伯。その奥さんのミル。そしてその息子のカール。娘のミルエ。後は、1人知らない若者が居るが、やはりゲネブ公の親族なのだろう。
「そこの若者は初めて会うな?」
「え? あ、はい」
「オーデマの息子だ。エドワールといって、リルの学園での同期なんだ」
「ピケ伯爵の? それはそれは。お初にお目にかかります」
「いえいえ。こちらこそ。お噂はかねがね……」
いや……ちょ待て……どんな噂だよ。
ちょっと嫌な予感もするが。それにしても……14くらいだよな。大人びた雰囲気がある。さすがは伯爵の息子といったところか。こちらを見る目も何かを見透かすようなそんな末恐ろしさを感じる。
「よし、皆集まったな。それでは食事を始めようか」
ゲネブ公の軽すぎる挨拶で晩餐が始まる。まあ公爵の性格を考えれば予想通りではあるのだが、うん。こういうのは冷めないうちに食べたほうが美味いに決まってる。立ち上がって料理に手を伸ばそうとすると、後ろに居たメイドさんに声をかけられる。
「お料理はお取りしますよ。何か召し上がりたいものはございますか?」
ん? 良くわからないが自分で料理を取るのはマナー的にマズイのかもしれない。周りを見れば参加者の後ろに一人ずつメイドさんが立ち、それぞれが担当の参加者に料理を盛り付け渡している。
やばい。すげー贅沢だ。
みつ子も申し訳無さそうにメイドさんに食べたいものを伝え取ってもらっていた。
「そう言えば、ショーゴ君は先月かな? またダンジョンを踏破したらしいな」
「え? あ。はい。苦労はしましたが、なんとか」
「そこの奥方も一緒にと言うじゃないか。見た目も麗しい少女だと言うのに恐ろしいな」
「ははは。もう尻に敷かれまくってますよ」
「敷いてません!」
ブラッシュ伯に話しかけられ、そのまま仕事の話など続ける。ブラッシュ伯もゲネブ公の弟だけに文人と言うより武人といった感じの貴族だ。冒険談など好きなのだろう。若い頃は第三警備団のクルト団長の元で魔物討伐などに参加していたらしい。ある意味、ゲネブ公より脳筋だ。
ゲネブのダンジョンは最深部まで行くのはかなり時間がかかり億劫だが、最奥にいるボスのイリジウムは<精神異常耐性>がある俺とみつ子には相性がいい。その上ドロップ品もかなり美味い。その中で、まだ2つしかドロップしていないが<精神異常耐性>のスキルオーブが落ちるため、取得後はモーザにスキルを覚えさせて一緒に潜っている。
問題は再ポップまでの時間が結構かかるようで、初回にみつ子と潜った時は数日待って結局ポップせずに帰ってきた。仕事もあり時間が取れず、年に1~2回潜れるかなと言った状態だ。そのくらいの感覚で行くとちゃんとイリジウムが居る。ちゃんとした再ポップの時間がわからないのも難点だ。
今回は、ゲネブのトップの偉い人達の家族会のような物に参加するということで、少し緊張はしていたがこうして会って話してみると、割と居心地良く、飯も美味いし酒もうまい。楽しく時間は過ぎていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます