第230話 ゲネブ公からのお誘い
世間を騒がせたゲネブダンジョンのスタンピードから早いもので5年が経とうとしていた。
ゲネブの中心市街地では、色とりどりの飾り付けがされ、街の人々は数日後に迎える新年の祭を待ちわびている。街を歩く人の足取りもどことなく浮かれている感もある。
そんな中、一際長蛇の列を作る店があった。中央通りから一本東に入った通り沿い。店の外では隣の店舗に邪魔にならないようにと店員らしき少女が必死に列の並びを誘導していた。
「すいません。もう少し詰めてもらってよろしいですか? よろしくお願い致します!」
「姉ちゃん。こんな並んでるけど、麺は残っているんだろうな?」
「あ、今のところ問題ないと思います。少しづつ順番が来ると思いますのでお願いいたしますっ」
中にはかなりの時間列に並び自分の順番を待っているものも居たが、ゲネブと言う土地柄なのだろうか、それとも後ろに並んでいる2人の存在があるのだろうか。特に揉め事も起こらず行列は進んでいく。
「ねえ、省吾君、なんでこんな並ぶ時間にここ来るのよ」
「え? それを聞いちゃう? ラーメンというのはこういう行列を長い時間を並んだ先にある栄光が、美味しさを増すんですよ」
「なんか登山家みたいなことを言い出しましたね」
「そこにラーメンがあるからさ」
「もう……わけわからない」
2年ほど前にオヤジのジロー屋で修行をしていたベルがめでたく暖簾分けをし、ゲネブにある実家の商店の空き店舗を利用して店舗をだしていた。今やお昼の行列の最盛期にはおそらくゲネブで一番人が並ぶと言われている繁盛店で、休日の今日。珍しく俺はみつ子を誘ってこの店にやってきたのだが……。
予想通りの大行列である。
あのスタンピード以来、俺達はゲネブじゃちょっとした有名人だ。こんな行列にじっと並んでいれば気がつく者も多い。特にみつ子は、持ち前の愛想の良さとその容姿もありかなりの人気者である。今日だって並んでいる間に、何人かに声を掛けられたりしている。
ただ……「紅蓮の花」と呼ばれるのがいつになっても慣れないらしく、その度に「その呼び方はやめようね。みつ子で良いから」と訂正していた。
正直、そんなみつ子へのスピリティアルアタックの為に並んでいる訳じゃないのだが、こんな行列に1時間も並んでいると、イライラしてしまうのは申し訳ない。行列に並んで食べたいというのは、懐古趣味のようなものなのだ。
「はぁ。はぁ。見つけました!」
もう少しで店内に入れそうになった頃、突然後ろから声がかかる。振り向くとストラが息を切らせて立っていた。
ストラはフォルの妹だ。目にはフォルと同じ緑の色が交じるが、髪色は母親譲りの金髪であまりフォルに似ていない。既に14歳ということで最近サクラ商事で事務などをやってもらってる。他の新入社員と一緒に裕也直伝の、ウーノ村ダンジョンメソッドのクリアもしているのでそれなりに戦えるようにもしてある。
「お、どうした? でもこれだけの行列だからなストラも食べたければ後ろに並ばないと駄目だぞ?」
「いえ。違いますよ。事務所にゲネブ公の使者の方がいらしてまして」
「え? ……なんでまた? いや。もうちょっとで順番が……」
「使者の方と言っても貴族の方なので、あまり待たせるわけには行かないですよ」
「いやいやいや。行かないって言っても……なあ?」
一時間以上待ってやっと食べれそうだというのに、間が悪いとはこの事だ。困ったようにみつ子を見るが、みつ子も「行くしか無いんじゃない?」と言う反応をする。
「まーじーかー。しょうがない、みっちゃん諦めようか」
「え? 私は良いでしょ? 省吾君行ってきなよ」
「……そう来たか……」
「ストラちゃん、省吾君の代わりに食べていきなよ」
「え? 良いんですか? わあ~。私も久しぶりにここで食べたかったんです」
みつ子とストラが盛り上がっているのを恨みがましく見つめながら、俺は諦めて事務所に向かった。飯に行く前に事務所なんてよらなければ良かった……。
昼飯をお預けされうなだれながらトボトボと歩く俺はジロー屋の……隣の建物の1階のドアを開けて中に入っていく。
「ああ、ショーゴさん。良かった。今ゲネブ公の使いの方が見えておりまして」
「あ、うん。ストラから聞いてるよ」
出迎えたのは、ウチの事務を一手に引き受けてくれている出来る男だ。名前はブルーノと言い、商業ギルドから出向と言う形でここ3年ほど働いてもらっている。ストラの上司になる。
サクラ商事も少しずつ人員が増え、事務所をよくある一般的な使いやすい事務所に改造しようとする案が持ち上がった事があった。俺としては、あの味わい深い事務所を守るために全力で抗った結果、タイミングよく空いた隣の建物の一階にもう一つ事務所をこしらえたという訳だ。
何気に今の俺は、ロッカーの権利に上乗せするように、ビールやビールの冷却案が受け入れられ、更にジロー屋のオヤジが始めた醤油の方でも結構収入がある。不労所得の良さというのは前世では味わえなかったことだが、中々良いものだ。
潤沢な資金も保証されているため、こんな贅沢なことをさせてもらっている。サクラ商事もそれなりに経営状態は良いしな。
ともあれ、貴族のお客様をあまり待たせるわけにはいかない。俺は急ぎ応接室の方へ向かう。
ガチャ。
「申し訳ありません。ちょっと出かけておりまして、おまたせしました」
「いや。気にしないで結構です。予約もなしに押しかけたのはコチラですので」
中に居たのは、貴族というより執事といったイメージの方が合う老紳士だった。
とりあえず座って話をと、使者の向かいに座り要件を聞く。
「はい。本日ゲネブ公公邸で簡単なパーティーがございまして、ショーゴ様にも出席をして頂きたいと思いまして。ゲネブ公たってのお願いでございます」
「ゲネブ公が? それは……断れません……よね?」
むう、確かに今日は予定が無いから空いていると言えば空いているのだが、なかなか貴族街に入るのは未だに躊躇するものがあるんだよな。でも……断れないか。
少し悩んでるのに気がついたのか、背中を押すように使者が続ける。
「現在、リル様が帰郷中でございまして、ゲネブ公の身内で小規模なパーティーということですので、お気軽に参加して貰って構わないからと」
「お、リル様が? ていうか、そんな身内のパーティーに僕なんて参加して良いんですか?」
「それも、リル様が直々のご指名ということでございます」
「なんと……」
確かに、リル様は今王立学園に通うために王都へ行っている。正月休みを利用して帰ってきてるというわけか……ん? ていうことは何か料理をしなくちゃいけないのか?
「あのう……それは料理人としての参加で?」
「え? いや。お客様としての招待です。あ、奥様もよろしければご参加下さいとの事です」
おお、みつ子もOKなのか、それならまあ良いかな。
俺は出席を了承して招待状を受け取り、使者の人を見送った。
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