第229話 プロローグ

 プロローグ




 コトコトコトコト……。


 所々に隙間のある板張りの古びた小屋の中で何かを煮ている音だけがしていた。鍋の前には1人の老婆がぶつ切りにした魚の切り身を鍋の中に突っ込んでいく。


「うぅ……」


 板の間では1人のエルフの青年が布団の上で身じろぎをした。いや耳の形を見るとエルフと言うよりハーフエルフなのだろうか。しかし料理をしている老婆にはその声が聞こえていないようで、老婆は黙々と魚をさばいていた。


 その時1人の壮年の男が小屋へ入ってきた。一見して漁師と思える男は日に焼けそれなりの年齢と思えるのだがガッシリした体つきで、入ってくるなり老婆に声を掛ける。


「母ちゃん。こいつまだ起きないのか?」

「ああ? 飯ならもうちょっと待て」

「いや。だからそこの男は――」

「ダント! おめえは、いつでも飯! 飯! ってそんなんだからいつまで経っても嫁っ子も来てもらえんのじゃろ!」

「いや……そうじゃなくてさ……」


 ダントと呼ばれた男は、フウと嘆息し、諦めたように首を振る。そしてそのまま草履を脱ぎ、板の間に寝ている男の側に近寄る。


「それにしても……。森の人が海に打ち上げられるなんて、珍しい話もあったもんだな」


 ダントがエルフの青年を見つめていると、軽い呻き声とともに薄目を開けた。


「お。起きたか? どうだ。大丈夫か?」

「み……水を……」

「ああ、ちょっと待て」


 土間の水瓶から水を汲み、木椀に入れると再びエルフの近くに戻る。軽く体を起こし椀をエルフの口に近づけた。


 んぐ……んぐ……ゴホッ!


 エルフは相当喉が渇いていたのだろう。一気に水を飲もうとしてムセこむ。


「だ、大丈夫か? ほれ、今飯を作ってるからもうちょっと休んでろ」

「じゃから、飯はまだって言っとるがろ!」

「か、母ちゃんに言ってるんじゃねえよ!」


 再びウツラウツラとするエルフをそっと横にさせると、エルフはそのまま寝てしまう。


「……やっぱ村長に報告しないとダメだよな……」


 ダントが再び寝息を立てるエルフを眺めながらつぶやいた。



 エルフの男は大分体も鍛えられているのだろう、一度意識を取り戻すとぐんぐんと体調も良くなってくる。


「んで、お前はどうして海ッペで倒れてたんだ? 船でも沈んだのか?」

「ああ……そうだな、助かった。礼を言う。ところでここは何処だ?」

「ここはノビ村だ。何もない漁村だ」

「ノビ?……すまない。わからないようだ。何処の国だ?」

「パテック王国だ。それは分かるか?」

「なっ! くっ……大分南に流されたか……」


 エルフの男は国名を聞いて愕然とした顔になる。エルフはパテック王国の言葉を使っていたためダントはどういう事だろうと訝しがるが、きっと北を目指して出発して難破したのだろうと考えた。


「ふむ。で、お前は何処へ向かっていたんだ?」

「……この国、いや、この国じゃなくても良い。勇者を探して旅をしていたんだ」

「勇者? そりゃあ……二百年も前の話じゃないか? まあ、エルフは長生きだって言うが……」

「その勇者じゃない。今の世に……勇者は居ないのか?」

「こんな片田舎の俺にはそんなの知らねえよ。……もしかしたら村長なら知っているかもしれないがな」

「わかった、その村長に会わせてくれっ!」



 そのエルフはメイセスと名乗った。

 翌日、ダントはメイセスを連れ村長宅を訪れた。


 海っぱたの寂れた村であり、村長宅と言っても他よりはしっかりしていると言う程度の家だが、下級貴族とは言え紛れもなく領主から任せられたれっきとした貴族だ。ダントは玄関先で丁寧にメイセスを拾った成り行きを説明する。

 こんな村では1人の男が漂着してきただけの話でも、普段無い刺激に村長は喜んで招き入れ、話を聞くことにした。


「勇者か……この国では過去の内戦もあり勇者を名乗る者はトント聞いたことが無いのう」

「……過去の……では、他の国ではどうでしょうか」

「国威高揚の為に、勇者というのを指定する国はあるようだが……ふむ。そう言えば、数年前に南のゲネブと言う街で、近くのダンジョンがスタンピードを起こした時に、竜に乗った英雄が街を救ったと言う話を聞いたが……」

「竜に? 人が、ですか?」

「王国の北端の話だからな、ここからは大分離れているから何処まで本当か分からんが。なんでも黒目黒髪の竜騎士として話は伝わっておる」

「く、黒目黒髪??? ……間違いない。そ、それでその勇者には何処に行けば会えるのですか?」

「確か件の竜騎士はゲネブ公お抱えじゃろうから、ゲネブまで行かんと無理かもしれんのう、それにしてもなぜ勇者など求めておるのだ?」


 村長の問いにメイセスが答える。自分の住んでいた集落周辺の魔物がここ数年でどんどん強くなってきており、集落の存続が危うくなっていうと言う話だった。メイセスの集落は龍脈の無い場所に作られており、龍脈による恩恵が無かったため今までずっと集落の戦士たちが魔物を退けていたということだ。

 そのバランスが崩れ始め、危機感を抱いた集落の最長老が勇者を探すようにとメイセスを送り出したという。


 その話を聞き村長は、エルフたちの開拓民が人と交わらない龍脈の無い場所で自ら開拓を目指し、それがうまく言っていないのだろうと解釈した。


 ただ、この領地の領主は現国王選定時にゲネブ公と違う王子を推していたためあまり仲が良くないと聞く。直接ゲネブを訪ねたほうが良いかもしれないという長老の言葉にメイセスは従うことにした。

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