第225話 スタンピード 5
ヤギ村はひどい状態にではあったがそれほど人の死体が転がっているなどの状態には成っていなかった。<光源>を出しながら向かっていくと壊れた門の辺りに警備団が出てきて呼び止められる。
「状況は分かってるか? 今はゲネブの周りは危険だぞ」
「スタンピードですね。僕らはダンジョンの方から来たので。ダンジョンからの魔物の流出はおそらくですが、コレで終わったと思います」
「ん? そうか。ショーゴか? 村で仲間たちが野営をしているぞ」
「え?」
てっきりもう少し進んでいるかと思ったが、ここでも戦闘はあったようだ。逃げ遅れたり、走ることの出来ない年寄りなどが村の教会や、村長宅に逃げ込んでいるのだが、どうやらその匂いを察したのか、魔物が村に残っていたという。警備団も狼煙を炊いて、状況報告をするために少人数が残っているのみだったため砦を締め切って通過を見守るしか出来ず、救出にも行けない状況だったらしい。
モーザ達がその居残りの魔物を始末したため、ハーレーも歓迎を受け、村の中での野営を勧められて、俺たちを待ちつつ休んでいた。
「お、おい……その穴……大丈夫なのか?」
流石に革鎧の土手っ腹に穴が空いてればそうなるよな。俺は特に問題ないと答えるが、そんな危ないやつが居るなら皆を連れていけよとモーザは少し怒っていた。俺は行くまでそんなのが居るなんて知らなかったと誤魔化しておいたが。そろそろ鎧も新調しないとなあ。裕也が首都に居るから自腹かあ……。
スタンピードが発生してから4.5日は経っているのか、もしかしたらゲネブの方は既に落ち着いているのかもしれないが、行けるなら早めに向かいたい。だが激しい戦闘があるのなら、仲間たちもある程度睡眠をとって万全で戦って欲しい。焦ったってしょうがない。そう自分に言い聞かせて目を閉じる。
みなぐっすり寝付くなんて出来なかったのだろう。朝まだ日が昇らないうちに目を覚ます。
軽く軽食を取り、出発の準備をする。ようやく落ち着いた村を見るとモーザたちの仕事をちょっぴり誇らしく感じる。夜番で起きていたらしい警備団員が準備を始めた俺達を見てやってきた。
「ホントに感謝する。これからゲネブに行くのか?」
「はい、そのつもりです。もう無事に終わっていれば良いのですが」
「そうだな……ただ、スタンピードは数日間断続的に魔物を放出している。今頃あっちについたのも居るだろう。戦い続けの中、深層の魔物が新しく追加されて正直厳しい戦いになっていると思うんだ。よろしく頼む」
「はい……出来る限りの事はしたいと思います」
ハーレーの足ならゲネブまで3時間ほどで着きそうだ。途中に警備団の壮絶な戦闘の跡があった。警備団員の死体の数から、ほぼ全滅だろう。ゲネブに避難する村人を逃がすためにここで食い止めたに違いない。
モーザの知り合いの顔もあったようだ。黙ったまま街道脇にそっと運び、目を閉じさせていた。
「ショーゴ。急ごう」
「そうだな」
ゲネブの外周の壁が見えてくる。
街道沿いでは今では戦闘は行われていなかったが、大量の魔物の死骸が転がりその戦闘の激しさが伺われた。中には警備団や冒険者の死体も混じっている。魔物は見たことのないものが多い。ひときわデカイ牛の魔物を見て、モーザがゴーゴンじゃないかという、たしか50層台のフロアボスじゃないかと。
皮膚が金属のようにカッチカチだが、ところどころ凹んでおり、首のあたりが半ば切られていた。よく切ったな……これ。
遠くに見えるゲネブの外壁は魔物がひしめき合い壁をなんとかしようとする姿が見えた。
「籠城戦に成ってるじゃないか……」
「戦い続けは厳しいからな。体力の温存も考えての作戦じゃないか?」
「どうするか……。ん?」
感知に動く影が引っかかり、そちらを向くと外壁に1人の警備団員が寄りかかって苦しそうにしていた。オレたちの姿をみて気力を振り絞って助けを求めようとしたのか。慌てて近づいて行くが……。片腕を無くし、脇腹の辺りも大きく抉られている。……どう見てももう手遅れの状態だ。もう殆ど目も見えていないんじゃないか?
「省吾君どいてっ」
「いや、みっちゃん。これはもう……」
「やってみる……」
「うん……」
(聖者がレベル上がってるの、<再生治療>とか言うのも出てる)
(マジか……やべ、確認してなかった……)
みつ子も<聖者>はあまり話したくないのだろう、こっそり俺に告げながら瀕死の警備団員に手を当てた。普段の回復魔法とは違った虹色のオーラが手から広がり団員を包む。
「すげえ……」
「みつ子姉さん?」
みるみるうちに警備団員の傷が癒えていく。そのまま失われた腕もモコモコと生えてくる。ヤバい。コレはあまり人に見せちゃいけない気がする。見つめていた仲間に「コレは誰にも言わないでくれ」と伝える。それは察したのかみんなうなずいていた。……そう言えば回復した警備団員もみつ子のこと知っちゃうか?
「なあなあ、ハーレーちょっと血分けてもらえない?」
『はぁ? おでの血だと? 駄目だ駄目だ、そんな痛えの駄目だぁ』
うう、まあ子供だしなあ。しょうがない。
俺は剣を抜き自分の手のひらを少し切る。皆あっけにとられて見ていたが、気にせずその血を回復している警備団員の口元に少し垂らした。みつ子も「え?」なんて言ってるが、良いから良いからと、すぐに治っていく傷口を見せる。まあ、自分の血に変なウィルスは住んで居ないと信じよう。肝炎とかの既往もないしな。
回復が終わると、警備団員は何が起こったのか理解が出来ずにキョトンとしていたが、やがて思い出したように失われていた右手を確認する。
「な……これは……ひっ!!!」
目の前に居るハーレーに気がついた警備団員が驚き後ずさりする。
「大丈夫です、この竜は仲間です」
「え? 仲間?」
「竜の血に回復効果が有るという事で、魔物に傷を付けられた時の血を少し分けてもらって治療しました」
「え? 竜の血???……すごい……確か腕もやられたはずなのに……」
警備団員は驚きながら、口元を拭い確かに血がついているのを確認してる。
「はい。でもコイツも自分の血を出すのを凄い嫌がるので……今回はちょうど傷もあったし頼み倒したて貰えたんですが、この効果が知られるとちょっと危険なんです。わかります?」
「あ、ああ……」
「多分、次にまた血をくれと頼んで貰えないと思うし、あまりしつこくすると暴れて……ドラゴンですからね、街が1つ消える危険も……」
「そ、そうだな」
「だから、これは内緒にしてもらいたいんです。よく効くポーションを飲ませてもらったということにしてもらって良いですか?」
「ああ、勿論だ。そんな貴重な物を……ありがたい。しかし、竜の血も人間の血と同じ様な味なんだな……」
「え? ああ。まあ。そうですね。僕は飲ませてもらったこと無いのでよく分かりませんが」
傷が癒えたとはいえ、血も足りないだろう。戦えとは言えない。俺たちは魔物のところに向かうからと、軽い行動食と、コップに水を入れて渡しその場を後にした。
「省吾君、ああいうの誤魔化すの上手だよね」
「えっと……うん。ありがとう」
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