第224話 スタンピード 4
<極限集中>。生命の危機を感じるほどの極限状態で発動するスキル。<冷静><思考加速><感覚加速><危険予測><疼痛耐性>が同時に発動する統合スキルである。
土手っ腹に穴が空いている現在。まさに生命の危機を感じる戦い。ようやく<極限集中>が発動した俺は冷静に自分の状態をチェックする。
手足は問題ない。土手っ腹の穴も<強回復>のお陰でふさがり始めている命の心配まではいらないだろう。ただ<強回復>の発動で魔力はすごい勢いで減っているのは感じる。それでも敵……イリジウムはみつ子のバーナーの炎にやられダメージはデカイ。厄介な触手もその数を減らし、手数も激減しているだろう。……<極限集中>が無くっても対応できそうな状況だが。魔力が尽きる前に一気にかたをつけたい。<逆境>による身体能力の上昇も傷が癒えて行けばその恩恵が消えていく。
「ガルもメラも……もう少し働けねえかな?」
頭上の龍珠に意識を侵食させていく。さらに、右手で<ウォーターボール>を作り魔力を練り込んでいく。左手は……そう言えば<光源>のレベルも上がったし次がねえかな……。<光矢>だったか……こうか? 左手に光魔法をイメージした魔力を集めていく。
『き……貴様ら……』
体のあちこちが焦げているイリジウムが魔力を練りだす。今までの溜めなしの魔法じゃないのか。奥の手ってやつだな。手のひらにビリビリとした電撃様の火花が集まりだす。……雷魔法の様だ。ガル……頼むぜ。
「なにあれ……」
「みつ子、俺の後ろに」
「うん? 邪魔しないの?」
「おう、ガルで受けてそのままカウンターで仕掛ける。魔法を準備しておいて」
「了解」
『くっくっく。無駄だ。これで終わらす。残念なことにお前らの脳も焼け焦げてしまうが仕方ない』
「つくづく気持ち悪りーな。タコ野郎」
ピリピリとした空気の中、イリジウムが先に動く。エゲツない量の魔力が込められた電撃の玉を俺たちに向ける。俺は更にガルに意識を潜り込ませる。後ろではみつ子が特大の火球を作り始めているのか、背中が少々熱い。
『光栄に思え。雷魔法の最上位だ』
その言葉と同時に、雷球が一気に膨れ上がる。それが巨大な人形を形作っていく。「なんだ? ……これ」思わずつぶやいた俺にイリジウムが答える。
『ミョルニルだ』
ボォオオオオ!!
みつ子か。雷の巨人の前に<ファイヤーウォール>を立ち上げる。しかし巨人はそのまま火の壁に突っ込んでいく。
バギッバギギギギ
プラズマの弾けるような音ともに火の壁を蹴散らしそのスピードを一気に早める。エグいぜ。
「ガル!」
ガルをそのまま巨人に突っ込ませる。<問題ない……> え? ガルに染み込ませた意識の奥で、そんな声が聞こえたような気がした。巨人は虫でも払うような仕草で近づく龍珠を払う。
その刹那。
ゴォオオオオオオオ!
空間そのものが吸い込まれるかのように巨人がガルに吸い込まれていく。
「おおお、超やべえ」
「すごい!」
『なっ! なんだと!?』
既にみつ子が横に走っている。頭上には大火球。イリジウムが狼狽えながらもみつ子に警戒を向ける。今か。
左手からイリジウムに<光矢>をぶっ放す。みつ子に向けようとしたイリジウムの手を弾く。まだまだ手に穴を開けるような威力は無いか。俺は止まらずにそのまま右手に練りに練った<ウォーターボール>を発射させる。クラッ………もう魔力がギリギリだ。
『グググッ』
触手がなんとか水球を弾こうとするが、魔力の込められた俺の水球が頑張る。一瞬力が拮抗し、動けないイリジウムへみつ子の大火球が直撃する。轟音と共に炎が立ち上がる。俺はふらつく体を気合で押し留め、俺は次元鞄から予備の剣を取り出し大地を蹴る。コレで終わらす。同時にみつ子も再び短剣に炎を纏わせ向かいながら、ダメ押しの<ファイヤーランス>を打ち込む。
おそらくイリジウムの視界は防がれている。それでも魔法は感知するのか、<ファイヤーランス>を必死に手で弾く。
だが、それまで。
俺の剣がイリジウムの斜め後ろからそのタコ首を切り落とす。みつ子も一瞬後に炎の剣を胸に突き刺した。
はぁ。はぁ。はぁ。
「みっちゃん……回復頂戴」
「おっけー」
魔力が底をつく前に、慌ててみつ子に回復を頼み、次元鞄からマジックポーションを取り出す。その瞬間に過去最大の目眩に襲われた。おぅ……うっぷ。やべえ……意識が……こちらに手を出そうとしたみつ子も盛大なレベルアップ酔に襲われたのだろう、フラフラっとし、すっ転ぶのを眺めながら、俺は意識を失った。
……
……
目を覚ますと、少し辺りは暗くなり始めていた。
「兄の仇を取ってもらって感謝する」
無事に意識を取り戻したグースもしおらしく俺に礼を言ってきた。
「みっちゃん。どのくらい寝てた?」
「ん~ 1時間くらいだよ。どう? 具合悪くない?」
「大丈夫、ごめん魔力切れしちゃったよ」
「回復間に合わなかったね」
「まぁ、転んだ……でしょ? しょうがないよ。レベルアップ酔でしょ?」
「……転んでないよ」
「え?」
「間に合わなかっただけよ」
「……うん」
あれからグースはすぐに意識を取り戻したらしい。相当ショックを受けていたようだが、ここの冒険者達の亡骸を放置するわけにはいかないと、一箇所に遺体を纏めていた。遺品を冒険者カードと共にセットにして、仕分けている。こういう時は何か仕事をしていたほうが気が紛れるのだろう。
<光源>を出し、俺とみつ子も手伝う。念の為マナポーションも飲んである。警備団員の死体はグースの兄ともう1人あったが一緒に焼くという。この世界では龍脈という人の生活圏が限られているせいか墓を作る文化は無く、葬式的な物をした後に龍脈の外で火葬にするのが一般的だという。
砦の中に遺留品を分かるように置いていく。後ほど冒険者ギルドの人間が取りに来るのだろうか。その後、山積みにした遺体をみつ子の<ファイヤーボール>で焼く。立ち上る炎を見ながら、再びグースは俯いて涙していた。
「すまん。こんな事までつき合わせてしまって……」
「いえ……グースさんはこの後どうします?」
「砦の見張りが居なくなったからな、ここで監視を続けるつもりだ。ショーゴ君たちも仲間のところに行きたいだろ?」
「……そうですね……みつ子は、まだ走れるか?」
「大丈夫。モーザ君達もどこかで野営してると思うから、そこまで行こう」
「そうだな」
軽く行動食を口にして、俺とみつ子はゲネブに向かって走り出した。
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