第223話 スタンピード 3
「省吾君っ!」
後ろの方からみつ子の声が聞こえる。くっそ。やられた。やばい。みつ子が……畜生。なんであの時<ノイズ>で体を覆わなかった。そっちなら防げたはずだ。まだスキルの使い方も未熟だなっ。くっそ。くっそ。俺は拳で自分の頭をガンガン叩く。……ん? 叩いているな……自分の意志で……あれ?
……おや?
『どうした、はやくそこの女を連れてこい』
「いや、でも」
『む? 口答えだと? なかなか強い精神力を持っているようだな』
再びイリジウムは俺に精神操作の魔法をしかけてくる、大丈夫だという<直感>なのか、行ける気がして俺はそれを普通に受けてみる……がやはり効いてないようだ。やっぱりか。
ニヤリ。
俺はイリジウムに向けてニヒルな笑い顔をむけ、ポンポンと肩のホコリを払うような仕草を見せる。
「うん? 何かしたのか?」
『ぬっ!』
表情は分からないが、イリジウムは少し驚いたような反応を見せる。しかし余裕の態度は崩さない。
『効かぬならそれでいい。それではその女に殺されるが良い!』
イリジウムは今度はみつ子に向かって手をのばす。だが……<精神異常耐性>を持つのは俺だけじゃねえんだよ。<勇者>と<聖者>はその統合スキルの中にどっちも含まれている。
イリジウムの精神操作魔法を受けたみつ子は一瞬ビクッとするが、やがて、俺と同じ様に肩のホコリをポンポンと払うような仕草をする。
「うん? 何かしたの?」
『なんと……』
よっし! 一瞬ハラハラしたが、想定通り。俺もみつ子も……コイツとやれる。
「みっちゃん。こんな危険なスキルを持つ奴がゲネブに突入しなくて良かったなあ。なんか皆と別れるときも直感的にみっちゃんは連れて行って大丈夫って感じだったんだよな」
「うん、もしかしたら精神操作系が出来るのって格が高いのかもね。最深部のボスなんでしょ?」
「そうかあ、まあ精神操作されたら、どんなツワモノでも厳しいもんな。それにしても。……ラッキーだったんじゃねえか?」
『なるほど……舐められてる訳か』
「舐めては居ねえけど、相性は良さそうだなっ!」
俺はスラリと剣を抜き放ち、イリジウムに向けて斬撃を繰り出す。
ガキン!
イリジウムは武器を持っていないためどう捌くか分からなかったのだが、なるほど。このタコの触手か! なかなかに濃い魔力をまとった触手が俺の剣をことごとく弾いていく。タコだけに触手は8本なのか? よくわからんが防御に回る触手と別に数本の触手が攻撃に回る。攻守ともに手数が半端なく多い。しかもグイグイ伸びるものだから間合いも掴みづらい。
みつ子も後ろから<ファイヤーボール>や<ファイヤーランス>を飛ばしていくが、その度に魔力をまとった触手で弾かれる。魔法の防御力も半端ねえじゃねえか。精神攻撃が効かなければ身体能力はなんとかなるかとも思ったが、フロアボスは伊達じゃねえ。
何度かみつ子と俺で左右に別れ挟撃を試みるがその度にイリジウムはポジショニングを修正しそれをさせない。しかも複数の触手で攻守を絶え間なく入れ替えてくるので攻め手がどこから来るのかも判別しにくい。俺の受けもだんだんと余裕が無くなってきてしまっている。体中に傷が量産され始める。くっそ。もっと手数が欲しくなる。
……ん。有るじゃねえか。
頭上の2つの龍珠に意識を流す。触手の攻撃にタイミングを合わせ龍珠をあわせる。
――?
しかし触手は龍珠に当たる瞬間に動きを止め、下がっていく。
『ほう?』
くっそ。簡単には行かねえか。くっそ。コイツ意外と余裕あるじゃねえか。しかし龍珠に触れるのは嫌そうだ。牽制にはなるのか。
……ただ剣での攻撃を続けながら龍珠に複雑な動きをさせるだけの器用な事は出来ない。剣に追従させグルングルン振り回すくらいだ。その上<気配感知>でみつ子の魔法の動作をチェックしながら戦う。脳が焼ききれそうだ。
「みっちゃん、例のやつをやってみよう!」
「例のやつって?」
「え? いっぱいのやつ!」
「分かった、少しこらえてっ!」
みつ子が準備を始めるとみつ子からの攻撃が止まる。その分俺の負担は増えるが……ちょっとの辛抱だ。背後に放出されまくるみつ子の魔力に希望を見出しながら大きく息をすう。そして呼吸を止め一気に連撃をしかける。
イリジウムもみつ子が何かをしているのに気がついたのか意識が散漫になる。受けの手が荒くなる。そのせいか。
バチッ!
1本の触手がガルを掠る。イリジウムの動きは止まらないが、当たった触手は一瞬その動きを止める。この1本が減ることで、天秤が少しだけ俺に傾いた。
「押し切る!」
『無駄だ』
いなされれば切り返し。弾かれればその勢いを利用し回し斬る。イリジウムも攻撃の手を出せずに受けに回る。
くっ。呼吸が……。
「省吾君!」
合図とともに横に飛ぶ。
げっ。
イリジウムとみつ子の間から俺が居なくなった瞬間。イリジウムはみつ子に向かって手をのばした。精神攻撃と同じ淀みのない魔力の流れで電撃がみつ子に向かう。
「みつ子っ!」
飛びながらみつ子の方を見るとみつ子の周りに浮かぶ無数の<ファイヤーランス>が一気にイリジウムめがけて飛んでいくのが見えた。
「キャッ!」
みつ子は両手に魔力を込めながら手甲をクロスし電撃を受ける。あれなら問題ないか。
ドゴゴゴゴゴン!!!
同時に火の槍がイリジウムに直撃する。ここであの言葉を叫べばフラグが立つ。俺は足が地面についた瞬間に再び大地を蹴りイリジウムに斬りかかった。
グサッ。
え? ……。
大量の<ファイヤーランス>が起こした煙の中から、1本の触手が俺の革鎧を貫通してその中まで差し込まれていた。
『自慢の必殺技を撃った後の意識の空白……流石にダメージは食らったが。見逃す訳はないだろう』
無感動にイリジウムがつぶやく。イリジウムも数本の触手が焼き切れ体にも焦げ跡がついていたが……その足取りはしっかりしてる。
「省吾君!」
「ぐっ……げふっ……大丈夫……集中して……」
すぐにみつ子が回復魔法をかけようとするが、させまいと刺さったままの触手が俺を持ち上げみつ子から離す。ぐぐおおお!!! 痛え………。痛みを減らそうと必死に触手に手をのばすが表面がぬめり失敗に終わる。そのまま意識がぶっ飛びそうな激痛に襲われる。痛がればきっとみつ子が無茶をする。俺は必死にうめき声を殺す。
『ダンジョンから出てそうそう、こんな旨そうな脳みそが2つも……ラッキーだったんじゃないか?』
「放してよ!!!」
みつ子は単発の<ファイヤーランス>を撃つがその全てが弾かれる。それを見て意を決したようにイリジウムに突っ込んでいく。くっそ。無茶な! やべえ。早く来い! <極限集中>はまだか……。みつ子の特攻に焦る中スーっと痛みが引いていくのを感じる。
来たか。
まずは触手をぶった切る。イリジウムに走り寄るみつ子を見ながら次元鞄から予備の剣を探す。
イリジウムは余裕の態度で向かってくるみつ子を見つめていたが、みつ子は短剣を抜き放ちそこに炎の魔力を流す。剣は一瞬のうちに真っ赤な火に包まれた。
『ほう……』
「はぁあああ!」気合と共に炎の剣を振り上げる。炎の剣に対しイリジウムが必死に触手で対応する。
――スキルで感覚が研ぎ澄まされる中、俺にはみつ子の動きの先まで見えた。思わずその手を止めてみつ子の動きを追う。
やべえ……完璧だ。
みつ子は短剣を持つ右手を振り上げると同時に、左手を突き出す。イリジウムは全く反応できない。そこから出るのはバーナーの炎。火炎は風魔法でブーストされ、ゴゴゴゴ!と重低音を奏でる。酸素を取り込んだ炎が青白い槍となりイリジウムに突き刺さる。
『ぐあああああ』
炎に包まれたイリジウムが必死にみつ子から逃げ、その瞬間に腹に刺さっていた触手が抜ける。俺はそのまま地面に叩きつけられる。……だがもう痛みは感じない。
「大丈夫?」
すぐにみつ子が駆けつけ、俺に回復魔法をかけようとするが、それを<ノイズ>で散らす。
「え?」
「ごめん。死にぞこないセットが回復で消えるかもしれないから! 発動してる間にやつを倒そう!」
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