第221話 スタンピード 1

「オーガ……だと!」


 警備団の間に動揺が走る。なるほど、アイツがオーガか。いつだかのオークの親玉と比べれば逼迫したような危険な感じはしない。魔物の格はこっちの方が上だとは思うが……いけるか? 警備団の脇を走り抜け一気にオーガに詰寄る。


「オークは頼みますっ!」

「お、お前は???」


 警備団の中にマチスが居たようだ。だが相手をしている暇はない。そのまま渾身の一撃をオーガにぶつける。


 ガキィィ!


 くっ。それでもやっぱり強い気配ビンビンだ。強襲からの一撃もオーガは手にした剣で防いでくる。だが目付だな。ちゃんとオーガの攻撃も見える。パンテールみたいに受けにくい場所をどんどん狙ってくるような嫌らしい攻撃とは違う。身体能力任せの攻撃なんて、やられる気はしない。<気配感知>の様子にも気を配りながらやる余裕はある。


 だけど、こういう状況は時間との勝負だ。まともに戦うつもりは無いんだよな。俺は手を休めずオーガの意識を釘付けにする。そうなれば。


 ヒュン!ヒュン!


 無防備なオーガの背中をショアラの矢が襲う。山の民のエルフの矢だ。恐らく気配も殺気も感じぬまま背中に突き刺さる感じだろう。激痛に叫びをあげるオーガの胴を臍のあたりから下半身と切り離す。よしっ。


 オーガを仕留めた俺は止まらずに警備団と戦っていたオークも屠って行く。ショアラはしばらく壁の上から外に向かって矢を射っていたが、こちらが片付く頃にはその手を止めていた。



『オークはあまり旨くねえんだ』

「食うなよ、そんなもん」


 2人の声とともにハーレーが壊れた村の門からニュッと顔を出す。お、早いな終わったのか? と外を覗くと地面から大量の石の槍が生えていて、それがサラサラと崩れていくのが見えた。横たわる魔物たちをコレで仕留めたのだろう……アースドラゴンだけに、土魔法なのか?



「どどどどどっ……!!!」

「あ~仲間っす。このドラゴンは敵じゃないのでっ!」


 そりゃそうだ。これだけの魔物と戦って落ち着いた瞬間にドラゴンが顔を見せれば誰だって絶望に染まる。慌てて警備団の面々に伝える。


「な、仲間??? は? モーザ???」


 ハーレーから飛び降りたモーザをみて、マチスが驚いている。頭の中はハテナでいっぱいだろう。モーザはハーレーに外の警戒を頼むとマチスに近づく。


「あの竜は大丈夫です。ちゃんと契約していますので」

「け、契約? テイムか?」

「そんな感じです。それより、これは?」

「あ、ああ。どうやらスタンピードが起こったようだ。ゲネブのダンジョンの魔物と一緒だ、つーか、テイムだと?」

「す、スタンピードですか?」


 マジか……なんか二人の会話がちぐはぐだが、スタンピードか。怪しいと聞いていたがいよいよか。


 ……ん?


 何かが上を飛んでいる……なんだ? 俺が上を見てると釣れられて見上げた警備団の一人がつぶやく。


「あれは……ペリュトンか?」

「しかし、警戒してるのかな、降りてこないですね」

「ドラゴンが居るからか?」

「なるほど」


 しかし上空を飛ばれてもな、あの距離だと矢も届かなそうだ。魔法も避けられちまいそうだな。……そういえば。


「なあ、ハーレー。ドラゴンってブレスとか出来ないのか?」

『で、出来るど。おでだってちゃんと出来るど』

「おおお、流石だなあ、じゃああの空飛んでるの撃ち落とせるか? ちょっと遠すぎかあ」

『ふん、あんなもんおでにかかれば。ちょろいだで』


 そう言うとハーレーは、大きく口を開き、空を舞う魔物の方を向く。すると口の中に異常なまでの魔力が集中していくのが分かる。おおおお。なんか波動砲っぽくてカッケー。そしてどんどんと口の中が真っ赤になっていき……。


 どぉばああああああ


 一筋の炎が魔物に向け一直線に伸びる。魔物は慌てたように回避行動をするが、ハーレーが首を少し捻りブレスが魔物を追う。遠くで『ギャアアア』という悲鳴の様な啼声をあげ、黒い煙を出しながら魔物は落ちていった。


 ……すげえ。


「おおおお。すげえな。それ使えばあっという間にスタンピードなんて潰せちゃうんじゃね?」

『おめえ何言ってるんだ? ブレスなんて幼体のおでは、数日に一度しか吐けねえど』

「へ?」

『だども、だども。ブレスを吐ける竜の子なんて、あそこじゃおでだけだからな。えらいんだど』

「あ、ああ……でも、そんなとっておきの技……簡単に使うなよっ!」

『なんだど! おめえが撃てって言ったじゃねえかっ!』

「う……それでもだ。俺は好きなように出せると思ったんだよ」


「ちょっと2人とも、落ち着いて」


 冒険者たちの回復を終えたみつ子がやってきて2人の間に入る。モーザも必死にハーレーを宥める。「アレだけの土魔法を使えるんだ、十分だよ」そんな事を言われ、ハーレーも『やっぱりモーザは分かってるだで』なんて機嫌を治す。ふんだ。


 しかしみつ子の方は、助けられなかった冒険者も居たようで少し表情が暗い。それでも色んな生死を見てきているのだろう。既に前を向いている。



 もしコレが本当にスタンピードなら、本隊的な魔物たちはゲネブの方に流れているのだろう。あまりのんびりもしてられない。すぐに警備団も職人たちに声を掛けて門の修理を始める。俺たちもこれからどうするか相談する。


「トゥルはこの村で待っててもらったほうが良いな。スティーブとフォルは護衛してもらうか……」

「兄貴。ゲネブには母ちゃんも妹も居るんすよ。俺も行きますよ」

「僕だって家族がゲネブに居るんです。ついて行かせてください」


 フォルもスティーブもゲネブに残した家族が気になるようだ。ダンジョンの最下層までクリアしたのが200年前の勇者以来居ないとは言え、軍隊が集団戦で戦うならそんな高レベルの魔物でもなんとかしてくれそうに思うんだが。溢れ出た魔物がどの程度の規模なのかが分からない。Aランク、Bランクの冒険者も居るのだが……やはり助太刀に向かったほうが良いように思う。


 ううむ……やっぱ強くなったとは言え、子供を連れて行くのはなあ……。


「兄貴っ頼むよ!」

「ショーゴさん。僕だって戦えますっ!」


 くっ。どうするよ。


「省吾君、とりあえずハーレーに乗ってゲネブに行くことを考えても良いんじゃない?」

「え? どういう事?」

「ハーレーに乗っていけばゲネブの城壁の周りで戦っている人たちと合流できると思うの、その時点でスティーブ君達をゲネブの中に入れるんじゃないかって」


「ふむ、そうだな。スタンピード時の初期対応はゲネブの外周の石壁を使って戦う予定になっている。きっと外で合流できるだろう。城壁内に立てこもる段階になったら相当やばい状態だが。是非そのドラゴンには戦力になってもらいたい。こいつらだって戦えるんだろ?」


 話を聞いていたマチスが、みつ子の提案を後押しする。


「……わかった。だけど無茶だけはするなよ? 命あっての物種なんだ。トゥル。悪いけどこの村で持っててもらっていいか?」

「う、うん。ショーゴも無理するなよ。報酬だってまだ渡してないんだし」

「ん? そうだな。1ヶ月以上だろ? ちゃんと貰わないとな」

「ははは、ちょっと値引きしてね」


 すぐにショアラも矢を集めに周り、軽く食事をとるとゲネブに向かう。

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