第214話 トゥルの依頼 16 ~山の集落~
目が覚めると、まだ辺りは真っ暗だった。高山だけあって少し肌寒さを感じる。風邪を引かないようにとリビングに寝転った仲間に動物の毛皮をかけていく。コレが思ったより柔らかく十分布団の代わりになりそうだ。
ふう。どうせなら<良き眠り>を切ってぐっすりと熟睡したかったかもしれない。こんな夜更けに起きて目がギンギンに冴えてしまうというのはちょっと厳しい。次元鞄から水筒を取り出しゴクゴクと水分補給をする。そう言えばトイレはこの3軒の長屋の共通だって言ってたな。ここら辺じゃスライムなんて出なそうだけど、どうしているんだろう。
そう思い、靴を履いて部屋から出る。並んだ3軒の1番隅に小さな小屋がありそれがトイレに成っている。真っ暗の中<光源>は目立ちすぎるか。2つの龍珠の仄かな明かりでなんとかトイレまで行く。
中に入るとトイレは縦長の穴が空いておりそこに用を足す感じなのだろう。流石にトイレの中で的を外す様なことはしたくないから<光源>を出す。そのまま動かして中を覗いてみると深めの穴の奥にチョロチョロと水が流れているのが分かる。
なるほど……この下も岩盤でそこを通っている水脈を利用しているのか。面白い……が。ウォシュレットが無いな。そこのトレーに乗ってる葉っぱで拭く感じか。もし本格的に移住をするならコレを何とかしないと無理だな。
改めてトイレから出て段々になってる建物を見ると、水脈沿いに似たようなトイレが設置してあるようだ。長屋の同じ位置に上と下にもあるのが分かる。なかなか興味深い。この水脈の先がどこへ流れていくかは……考えないようにしよう。
このまま夜の散歩でも行きたい気分だが流石にあまり歩き回るのも不審者っぽいかな。
そんな事を考えながらあたりを見渡すと坂の上の方に明かりが見えた。
……ん? なんだろう?
ちょっと覗いてみるか。
明かりは家の立ち並ぶ集落から少し離れた所にある小屋から漏れ出ていた。小屋の屋根から伸びる煙突にも煙に混じり時たま炎が見える。これは……登り窯か? 中を覗いてみるとガレージの様に大きく間口の空いた建物の中に陶芸で使いそうな窯があり、その中で煌々と火が燃え盛っている。周りには数人の男たちが何かを飲みながら談笑していた。
「こんばんは……」
とりあえず声をかける。突然の声にこっちを振り向いた男たちは俺の姿を見て慌てたように立ち上がる。
「これはこれは……えーと……」
「省吾です。今日端の村からここまでやってきたんです」
「失礼しました。ショーゴ様。話は聞いておりますよ。夜に歓迎の宴をと話していたのですが、だいぶお疲れのようで皆さん寝てしまわれたと」
「ははは。ずっと野営続きでしたので疲れが溜まってたみたいです。結構早くに寝てしまったので、僕だけこんな時間に起きてしまって。トイレに出たらこちらの明かりがみえて思わず覗いてしまいました」
まあそんな大きな村でもないしな、俺達がやってきた話なんてすぐに広まるんだろう。それにしても歓迎の宴をしようとしてくれていたのか。疲れてたといえ悪いことしちゃったかなあ。
「これは……なにか焼いているのですか?」
「ああ、そうですね。キポリを焼いているんです」
「キポリ?」
「はい。恐らくこの村だけの風習ですので知りませんよね」
「どういったものなのですか?」
キポリとは、この村の近くに住む竜の子どもたちの糞を粘土に練り込み焼き締めたものらしい。この地は龍脈から外れているため、長く世代を進めていくとどうしても魔素の影響を受けてしまうことがしばしあるのだという。魔物化まではいかないが、気性が荒くなったりするらしい。そして竜の糞には魔素を払う効果があるとのことで、それを加工することでその魔素を払う効果を長く効かせられるようになるのだという。
窯の周りには焼き終わったと思われるコケシのようなダルマのような奇妙な焼き物が大量に置いてある。それとともに焼く前とも思えるものも積んであった。
うん……でも糞か……素手で混ぜるのかな。棒で混ぜたとしてもこの人形の形を作るのは手だよな。言われてみるとなんとなくこの空間が香ばしく感じる。まあ、気の持ちようだな。汚物は焼却だ!
「どうしました?」
「え? いや。たまに龍脈沿いじゃない所に集落を作る人もいるという話も聞いていたので、そういう人たちも世代を重ねると魔物みたいになってしまうのかなあと」
「ああ。恐らくそういう方たちは龍脈からそこまで離れていない所に集落を作るのではないですか? あとは……神樹の周りとか。そのくらいの濃度だと問題ないんだと思いますよ。ここらへんはだいぶ龍脈から離れて山脈沿いにありますからね、濃度としてはかなり濃いようなのです」
「なるほど……」
それにしてもよくもまあそういう技術が育ったよな。ここに集落を作ってしばらくして色々問題が起こったのかもしれないな。
「あ、すいません私達ばかり楽しんでしまって。ショーゴ様もどうぞ召し上がってください」
男はそう言うとコップに白濁した液体を注がれて渡される。これは……間違いなく酒だろうが。だいぶ甘い匂いがするな。お礼を言って一口グビリ。
「おおおう。旨えっす」
「お、いける口ですね」
「そんなは飲めないですけどね、でもジュースみたく軽く飲めますね」
「この村は果実をたくさん作ってますので」
なるほど。酒を飲みながらの深夜の作業。おっさんたちの楽しみに違いないな。内蔵されたソウルはだいぶおっさんの俺もいい気に成って盛り上がってしまう。特にここは窯があるせいで汗がにじむくらいの温度はあるからな。こういうのが良いんだろう。グビグビと進んでしまう。
やがて空も真っ暗な闇夜から少しずつ朝へ向けてのグラデーションを描き出す。しかし妙に盛り上がってベロベロになった俺はそんなことにすら気がついてなかった。
「はっはっは。ショーゴ様もなかなかやりますなあ。よっこの色男!」
「いやいや。様はやめてくださいよ~。オクトさん。省吾で良いですから」
「何をおっしゃいますか。冥加の方にそんなわけ行かないですよ」
「だってみなさんも何らかしらの精霊の守護なりを貰ってるんですよね? それがちょっと違うだけですよ」
「そうなんですけどね。うーん。やっぱり龍の加護は別格ですよ」
「ヤダなあ、正直言うとうちの仲間のモーザは確かに龍の加護持ちだと思うんですけどね。多分僕は違うと思うんですよね」
「え? いやいやだって黒目黒髪でそんなこと有るわけないじゃないですか」
「ふふふ。それがですね。そんなわけ。有るんですよ~」
「……」
「ん? どうしました。お。お酒切れちゃいましたね~ オクトさん。もう一杯! はははは」
「……」
「ん? オクトさん? あれ? お酒……」
一緒に飲んでいた面々もニコニコとしながらも何やら慌ててお酒の封をしてしまい始めてる。あれ?
「ああ、すいません。お酒は終わりです」
「え? でもそこにまだ……」
「申し訳ありません。本当は作業時に我々が飲める量が決まっているのです。冥加の方ということでその制限を無しでやらせてもらいましたが、違うのでしたら……」
「あ……そうだったんですね。むしろ申し訳なかったです……」
ううむ。なんとなくやっちゃった感がヒデえ。少し酔いも飛んじまった。それでも大事な冥加の方の仲間ということで丁寧な対応をしてもらえはしたが。なんとなくよそよそしい雰囲気に変わってしまい、俺は居たたまれず「さて、皆の所に戻りますね」と言いながらその場を退散した。
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