第213話 トゥルの依頼 15 ~山の集落~

 パン爺さんが果物を食べ終わると、女性が話しかけている。


「パン様。また明日も持ってきますからね」

『おおお。ありがとう。ありがとう』


 うん? この女性も亀の言葉が分かるのか?


「あれ、この亀の言葉分かるんですか?」

「え? そんな訳無いじゃないですか。でもパン様は私達の言葉が分かっているようですので」


 なるほど。ペットに話しかけるのと同じようなもんか。



 その後、パン爺さんの背中に乗せてもらい、なんとか無事に濡れずに洞窟の入口側に行くことが出来る。それにしてもこの亀は……なんなんだろう。神獣とかそういう類の生き物なのだろうか。謎すぎる。




 洞窟でだいぶ目が暗闇特化になっていたのだろう。外界の眩しさにしばしクラクラしてしまう。だが。目がなれてくるとその光景が目に飛び込んでくる。


「おおおおおお。ヨーデリイッヒ♪ だな!」

「大きなブランコで?」

「アルプスの少女だな」


 と言っても牧場的な草原が広がっているわけではないが。ポツポツと木々があるくらいで一応草原感はある。向かいには恐らく大陸を隔てる山脈なのだろうか、かなり近い所に見上げるような山々が連なりそこにむかってなだらかに上り坂のようになっている。振り返ると出てきた洞窟は「終の壁」の後ろ側なのだろうが、かなり登ってきたようで壁の頂上が割とすぐ近くに感じる。渓谷の様な感じと言えば解るだろうか。頬を撫でる風は高山を感じさせる涼しいもので、気持ちよさが半端ない。


「こちらです」


 パン爺に餌……貢物を持ってきた女性はシーンと名乗った。シーンの案内で集落へと向かう。途中には果実園のように整然と並ぶ果実の実る木などもあり、トゥルが興奮気味に観察している。成っている実を見てるとどうやら桃の様な果物っぽい。確かにゲネブで桃は見たことが無いかもしれないな。


「カシヲ様が亡くなられて以来ですね。端の村の方がいらしたのは」

「20年くらいですか」

「はい。実は既に新しい冥加の子が産まれたのですが、竜の子と契約して端の村に行けるようになるまでまだ10年以上はかかると思うんです。でも、これでようやくまた交流が出来るようになるんですね」


 ん? あれ。そうか。俺たちは端の村の人間だと思われているのか。シーンは、このまま俺たちがここに滞在することを前提に話をしている。うん。言いにくいかも。小声でトゥルに果物の話をするのはもうちょっと待つように言っておく。

 


 この集落は、いやもはや村と言って良い規模かもしれないが。村を囲む壁もなければ門番なども居ない。牧歌的なのんびりとした雰囲気はコレまで龍脈沿いの街や村を見てきた感覚からするととても異質なものに感じる。竜に守られた……と言う話を聞いていたが圧倒的な防御力が有れば人間はこんなにもスローな生活を出来るのだろうか。村ですれ違う人たちも「おお。冥加の方が……」と反応があたたかい。それだけに気まずい気分になるのだが。



 村の建物は山から切り出したのか、石灰岩の様な石を積み上げて作られている。村自体が斜面にあるので、どの建物も石でまっすぐに土台を作ってその上に建てられている感じで複数の家が1つの塊のようになっている。行ったことは無いが、なんとなくマチュピチュってこんな雰囲気なんだろうか? って感じでその光景もなかなかに異質だ。ただ西に山脈があり、東に終の壁があるため断崖絶壁の上にあるような感じではないのだが。


 やがて一軒家のそこそこ大きめな建物まで連れて行かれる。いや。教会なのか? ここは。


「この村には端の村のような教会はございません。ただ、龍神様をお祭りする場所として皆が集まれる場所として建てられました」

「なるほど。集会所みたいなものか」


 シーンが先に建物の中に入り、しばらくすると数人の老人と共に出てくる。その中の1人の老人が話しかけてきた。


「これはこれは。良くぞ参られました。私はこの村の長老会の代表を務めるオシムと申します」

「いえいえ。ご丁寧にありがとうございます。私達はサクラ商事と申します。僕が代表を務めさせていただいている省吾と申します」

「サクラ……商事。ですか? なにかの商会でしょうか」


 うん。いきなりよそ者扱いされちまうかもしれないけどな。早めに言っておいたほうが良いかもしれないという判断だが。どうなるやら。



 俺はトゥルの依頼を受けて、この山の集落まで来た話をする。最初にようやく冥加の者が来てくれたという期待に溢れた目がみるみるうちにガッカリとした顔になって行くのに否が応でも察してしまう。


 それでも俺とモーザと言う2人の冥加の者に対しての丁寧な姿勢は無くならない。やはり彼らにとっては絶対的な対象ではあるのだろうか。実際は俺は違うんだけど。まあ龍珠の後見人として似たような立場であるのは変わらないからな。甘んじて受け入れる。ていうか気軽に話せないしな。


「確かにこの村には、恐らく外界には無い果物があります。ただ。名目として私どもも竜の子たちの為に作っている神聖な果物として扱っていまして、少し皆で相談させていただいてもよろしいでしょうか」

「いや、全然構いません。コチラとしても勝手な都合でお願いしているので」




その後長旅でお疲れでしょうと、1軒の空き家に案内された。この感じはエルフの集落の時と同じ感じなのだろうか、空き家を外来者の為に貸し出す感じ。エルフの集落のように定期的に行商人などが来る場所ではないのでたまたまだろうが。


 案内された建物は3軒が連なる長屋のような感じで、壁材の節約にもなるのだろうか。似たような感じで斜面に沿って3軒ずつの同じ様な長屋が縦に並んでいる。部屋の中も2LDK位の簡素な部屋だったが十分にリラックスできそうだ。さらに気に入ったのは靴を脱いで上がるというこの世界では珍しいシステムだ。



 ここでもシーンが建物の説明などもしてくれる。彼女だってこの村に移り住んでもらえると思っていたのが、ただの旅人だという事である程度のショックは受けているだろうが、相変わらず丁寧な物腰で対応してくれる。ゲネブが過ごしにくく成ったらコッチに移住しても良いなと思わず思ってしまうほどだ。


 村の中は自由に歩き回って良いという。ただ何もないですよと言われたが、でもこんなレアな村を歩き回らないなんて勿体ない。コレはちょっと嬉しいな。



 貸してもらえる家はだいぶ年季の入った建物だったがゆっくりはできそうだ。突然だったので何も用意されてはいなかったが、後で寝具など持ってきてくれるという。



 太陽は少し傾き始めていて、もうじき夕方と言う時間。流石にずっと野宿をしてきた面々は体力的にもだいぶ疲れてきていたんだろう。寝具も届く前に皆板の間にゴロンと横になりあっという間に寝付いてしまった。


 さすがに全員が無防備に寝てしまうのが良いのか不安もあり、俺は必死に目を開けていた。やがてシーンともう1人の女性が寝具を持ってきてくれる。ぐっすりと寝ている仲間を見て「皆さんお疲れでしたのね」と笑っていた。


 寝具と言っても、絨毯のような敷物と、動物の毛皮を鞣したような掛け物だった。気配に気づいたモーザが目を覚ますが、寝具を渡すと敷物を敷き、すぐにまた寝てしまう。他のメンバーは起きそうも無かったので今日はこのまま寝かせておくことにするか。


 まあ、きっと寝首をかかれる事は無いだろう。俺も寝てしまうか。

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