第200話 トゥルの依頼 2 ~タル村~
まあこの世界だからな。特にヘルメットなどはしていないが割ときっちりした身なりの人が現場を指揮しているようだったので、恐らく現場責任者だと思うのだが。不躾に覗いていたのにも関わらず愛想の良さそうな笑顔で話しかけてきた。
「どうしましたか?」
「あ、いえ、知り合いがタル村に醤油の工場を作るって聞いたのでここかなあと」
「醤油? ああ。それならあっちの方ですよ」
へ?
そう言って言われたほうを見ると、たしかに少し離れた場所に建設中の現場のようなものが見える。あれ? ここじゃないの? 樽が並んでるからここがそうかと思ったが。
「あ、勘違いしたみたいですね。ありがとうございます。行ってみます」
「はい、多分そこで間違いないと思いますよ」
「えっと……ちなみにここはなんの工場なんですか?」
「ここですか? 新しいお酒を開発したんで、それの量産するための工場なんですよ」
「へえ。新しいお酒ですかあ。ちょっと楽しみですね」
「ここが稼働するようになったらゲネブ中心に売り出すと思うので楽しみにしていて下さい。今までのエールとはまた違ったスッキリとした麦酒ですので、人気になると思いますよ」
「……へ?」
「すいません、まだあまり情報を出せなくて」
「あ、いや……もしかしてランゲ商会さんですか?」
「あれ? ご存知でしたか?」
まじか……ランゲ爺さんビールの製造に成功したのか。しかももうここまで準備を初めて。やべえな。仕事の速さが異常だ。
「あ、ランゲ商会のご隠居さんのお仕事をたまに受けたりするのでそんな話を聞いたことがあったなあと」
「ああ、なるほど。冒険者の方ですもんね」
監督さんに礼を言い、建設中の建物の方に向かう。その途中にも少し大きめの工場っぽい建物も有る。なんだかんだ言ってここ企業都市的に栄えているのかな?
「あの新しいお酒って省吾君が絡んでるの?」
「うーん。クレイジーミートに行っていた時だからだいぶ前だよな。エールとビールの違いと言うか温度管理で上部発酵と下部発酵の違いが出るような話をした気がする……」
「そこからここまで? おじいさんやっぱり凄いね」
建設中の建物は、ランゲ商会のビール工房と比べると1/3くらいの規模だったが、初めて醤油を作るには十分そうな感じだ。こちらはレンガでなく石積みで建物の壁を作っていた。
「ふむ……別に作ってるの味見できるわけじゃないし。確認して終了かな?」
「そうだね。でも醤油はちょっとうれしいね。今でもジロー屋のおじさんに分けてもらってるけど」
それにしても、あのオヤジ。テナントをけっこう貸しているっぽいしこんな工場作っちゃえるしかなり資産家なのかね。まあ公爵が出資してるかもしれないし、別に借金しているかもしれないけど。まあ、そこら辺は俺が口を挟む事じゃねえよな。
宿に戻り、そのまま宿についている食堂で夕飯を食べる。それなりに裕福な商人なども利用するのか大浴場もついている宿で、飯もなかなか旨い。以前ゴブリンの巣穴埋めをした時にまかないで豚汁的なものが出てきたが、味噌もこの村の特産品らしく、味噌を使ったような料理が出てくる。ちょっとうれしい。帰りに買っていこうかな。
ゲネブから走り続けて久しぶりにテーブルでの食事に軽く感動していると、俺たちに食堂のおばちゃんが話しかけてきた。
「あんた達、冒険者だろ? どこに行くんだい?」
「えっと。とりあえず端の村まで行ってって感じですかね」
「端の村? あんななんにも無い所……ああ。シュザイハンのファンかい? あんた達」
「シュザイハン? なんですか? それ」
「あれ? 知らないのかい? 500年位前って言ってたかね。この大陸のすべてを調べたとか言うAランクの冒険者パーティーだよ」
「マジっすか? なんていうか変な名前のパーティーですね」
ていうか、シュザイハンって取材班か? まさか日本からの転生?
「舞台劇とか吟遊詩人が良くやってるからね、リーダーのツヨシ・カワグチがどんな敵でも倒しちまうって話でさ。まあおとぎ話だわね」
「ツヨシ……カワグチ……」
その時、他の客から呼ばれておばちゃんは、「まあ気をつけていっておいで」と席を離れていく。
突然出てきた日本人の名前にみつ子も反応する。
「ねえ、省吾君。それって……」
「間違いない。……川口剛探検隊だ」
「え? 探検隊?」
「あれ? ……そうか知らないか。俺の子供の頃流行ったテレビ番組なんだけどみっちゃん生まれてない時代だね」
……そう。子供の頃に「土曜スペシャル。川口剛探検隊」と言う番組があったんだ。地球の色んな秘境に行っては、ネッシーやら雪男とか伝説の生き物を発見するという胸アツな番組だった。まさに子供の俺にはヒーローだったけどな。その番組冒頭の決り文句が「我々取材班が~~」みたいな感じだったんだ。
まあ、大人になるとあの過剰演出が単純に胡散臭いという記憶にしかなってない。替え歌芸人が川口剛探検隊を揶揄する様なネタで一世風靡もしたしな……ていうか。まさか???
トゥルの方を向くと気まずそうな顔でこっちを見ていた。
「おいトゥル、冒険者の手記ってまさか???」
「違うよ! いや、違わないけど……ゲネブの冒険者ギルドには本物のツヨシ・カワグチの手記の写しがあって、おとぎ話じゃない本当の記録が残っているんだよ」
「だけど、それにしても――」
「ツヨシは当時最高の冒険者だって事は事実なんだ。その山の集落を襲っていたドラゴンを倒し、集落の人達にお礼に料理を振る舞われて、その時に見たこともない果物などが出てきたってちゃんと書いてあるんだ!」
「お、おう」
……うん。なんかこの旅駄目な気がしてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます