第197話 トゥルの恋バナ

 トゥルと再び事務所に戻ると、モーザは俺の所長机に座ってお茶を飲んでいた。む。まさかコイツ次期所長狙ってるのか? しかし今はトゥルだ。俺は平静を保ちトゥルをソファーに座らせる。


「ん? どうした?」

「いや。まあお客だ。モーザはそこに座ってていいぞ」

「ふーん」


 みつ子がお茶を出すが、トゥルは手を出さずに俯いたままだ。やっぱなんかあったな。


「で。どうしたん?」

「うん……えっと……まあ大したことじゃないんだけどね」

「うん」

「……やっぱ大丈夫かな?」


 そう言いながらトゥルは腰を浮かせる。


「へ? 大丈夫じゃねえだろその顔。なんでも言えよ」

「だけど……」


 うわあ。まどろっこしいが。ここは我慢しねえとな。俺は焦らさずゆっくりとトゥルから話を聞いていく。


 話としてはこうだ。いつもトゥルが依頼を受けているボストン農場のオヤジには3人の娘が居る。どうやらそのうちの1人とトゥルが……まあ言ってみれば恋仲ってやつになったんだ。まああれだけボストン農場ばっかりで働いていたんだ。元々お目当ての娘さんがいたって不思議じゃねえよな。


なんだ。恋バナか。


 で、とうとう先日その娘さんと2人でボストンさんに結婚したいという許しを貰いにいったらしい。ボストンさんは激怒までは行かなかったが結婚を認めるにあたって1つの条件を提示してきたと言う。


 まあ、恋バナだな。


 ボストン農場のライバル的な農場が、他の街で独占で作っていた、とある果物の生産契約を結び苗木を購入してゲネブで生産を始めた。権利的なものがあるのか他の農場では作ることが出来ず、ゲネブでその果物を独占的に卸し、かなり大儲けをしているという。まああの人負けず嫌いっぽいからな。悔しいんだろう。


 そして「お前は冒険者だろ? 新しい果物の苗を探してきてそれがビジネスに結びついたらお前たちの結婚を認めよう」そんな事を言ったというのだ。


 ふう……恋バナだった。


 ただまあ、恋バナは嫌いじゃないが今日はフォルの1件でもう食傷気味だ。だが女子は違うんだろうか、みつ子なんて目をキラキラさせて聞いてる。「応援するわ」とか言いそうな雰囲気だ。モーザは……つまらなそうにしてる。


「話的には、その果物ってのを探すのを手伝って欲しいって事だろ?」

「そ、そうなんだけど……」

「でも俺たちそんな新種の果物とか知らないぜ? 何かあてはあるのか?」

「ギルドの資料室で1つ気になるのがあったんだよ」


 そう言えば資料室あったなあ。栗毛の子が見せてくれなかったからそれまでだったけど。トゥルが言うには、なんでも未知の物を探す探検家的な冒険者のパーティーがゲネブの更に南の龍脈から外れた山の奥に、人間の住む集落を見つけたという記録があるらしい。そしてその集落で見たこともない美味い果物を食べたという記述があったらしい。


「それって実話なの?」

「一応有名な冒険者だからホントだと思うよ、色々探したけど果物について書かれた記録ってそのくらいしかなかったんだよ」

「ゲネブの更に南って、場所は分かるのか?」

「日誌のような資料だったから、大体の位置はメモってある」


 ふむ……。悩んでいると、所長椅子に座って話を聞いていたモーザが口を開く。


「面白そうじゃねえか。受けるぜ」

「ほっ本当ですか!?」

「お、おいモーザ。何を勝手に言ってるんだ」

「もう教会の仕事だって回復魔法持ちの司祭はあらかた終わってるんだ。ちょっと休憩しても良いんじゃねえか? 体がなまっちまう」

「ううむ。だけどなあ」

「なあ、ショーゴ頼むよ。もうお前にしか頼めないんだ」


 むう。確かに興味はあるぜ。超冒険の匂いがするし。だがトゥルの懐事情は分からんがそんな遠くまで行って帰ってくるだけの期間、1ヶ月はかかりそうじゃね? 請求金額的にはかなりのものになりそうだ。たんなる冒険者のトゥルに支払えるとは思えねえ。


 なんだかんだ言って経営者だからなあ。そこ重要だよね。


「ギルドで上位ランクの冒険者に頼むのは高いってのは分かるけど、ウチだって別に安くねえぞ?」

「わかってるよ。お金はなんとかなる。こう見えても実家はそれなりに大きいピュリールだから、家を出る時ある程度貰ってるんだ」

「ぬ……」


 どうするよ。


「省吾君、受けたあげたら? 皆で行けば楽しそうじゃない?」

「そうだなあ……ブラン司祭ともちょっと相談してみるわ」

「ホントに? 頼んだよ!」


 話し込んでると結構良い時間になっている。とりあえず前向きに考えるから明日の夕方同じくらいの時間に顔を出してもらうようにトゥルに言う。後で一応皆の意見も聞いて決めるか。




 時間的にシャワーは諦めだな。しょうが無しに3人で急ぎクレイジーミートに向かう。


「いらっしゃいませー」

「いらっしゃいませー」


 ホントに、いつも元気だなここ。俺が店に入るとスフェールさんがすぐに飛んでくる。


「フォルが立派になって……無事に帰ってきてホッとしました。ありがとうございます」

「いえいえ。頑張ったのはフォルなんで。……あでも、彼女連れてきちゃったんですが大丈夫です?」

「大丈夫です。娘もお姉さんが出来たと喜んでます。本当に可愛い子で。あの子には勿体ないです。何から何まで……」

「まあ、彼女もフォルの頑張りですよ。でも良かった」

「そうですね……あ。お席はあちらですので」

「はい、ありがとうございます」



 既にフォルとスティーブとショアラは先に来て座っていた。

 早速、料理を注文しまくり乾杯する。みつ子はショアラの隣で何やら楽しそうに話していた。女の子仲間が嬉しいのだろうか。俺もちょっと気になっていたのでショアラの入社は棚ぼた的な面もある。


「――というわけで、トゥルの依頼を受けようかなって思ってるんだけどどう思う?」


 さっきのトゥルの依頼の話をするが反対するものは誰も居ない。まあうちのメンバー見てればそうだろうとは思っていたが。みつ子は久しぶりにロシナンテをと希望があるようだが、最近は厩舎のおっさんの提案でロシナンテは貸し出しをしているのでちょっと動かせなそうだ。まあアイツも自分の厩舎代くらい自分で稼いで貰わないとな。


 あのおっさん、見た目は……喋り方もだけど、超怪しいのだが割とまともにやってくれている。貸し出しもレンタル騎獣で儲けている人もいるらしく珍しいことじゃないらしい。ちゃんとしている借り主にしか貸さないからと言うだけあって、たまにみつ子とロシナンテの様子を見に行くのだけど、いつも元気だ。


 飲み会は大いに盛り上がるが、一応明日も早朝からパワーレベリングなので適当なところで切り上げる。フォルとショアラは帰ってきたばっかりだから少しのんびりして貰う予定だ。


 段々と増えてきた仲間を眺めていると、やっぱり嬉しいもんだ。転生してきていきなり裕也に出会えたのはラッキーだったが。それとは別に、やっぱり自分の仲間だもんな。


「みっちゃん。帰りに事務所寄って電話とっていって良い?」

「いいよ。完全に忘れていたけど」

「まあ色々あったからねえ」


 それでも少し遅い時間だからな。電話を使ってみるのはまた明日かな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る