第194話 国王の夜食 4

 街に帰った俺達はジロー屋「カネシ」でパンテールと並んでジローを啜っている。せめてもの攻撃とばかりにパンテールに大盛りを頼むが、無敵だなコイツ。平気な顔で嬉しそうに麺を減らしていく。ヤサイマシマシマシマシくらいにしておけば良かったか。


「魔法もあるんだろ? 使っても良かったのに」

「剣で挑まれたんですよ。剣で退けたいじゃないですか」

「はははは。そういうの好きだよ」

「パンテールさんは魔法使わないんですか?」

「アタシはそういうの苦手だからね。器は殆ど接近戦のスキルで埋まってるわよ」


 あれだけの命の削り合いをした後だが、パンテールは割と話しやすい。流石大ユニオンを束ねるだけある。大した度量だ。


 ちなみに今日もオヤジはもう領主の館に行っているため、店番のベルが作るジローだ。造り手が違うとどう変わるか気に成ってはいたがかなりオヤジのジローに近い。良い弟子を持ったな。


「本当にレベルがまだ30なのか?」

「ですよ。こないだ解析の魔道具で調べてもらったばかりですもん」

「……そうか。ミツコといい、君の故郷は人材が豊かなんだな」

「え? ああ。まあ。そうですね」

「黒目黒髪というのも実は能力が高いという意見もあると言えばあるしな。過去の勇者の例を見ても言えることだが」

「ははは。過去の勇者と比べてもらえて光栄ですよ」



 食事を取るとパンテールは満足そうに帰っていった。一年後くらいにまた会いたいなんて言われるが……そうそうやり合うツモリはないんだよな。こっちは。


 体の切り傷は既に治りきっていた。それでも血の跡を付けたまま領主の館に行くわけにはいかないので家に帰りシャワーを浴びて着替える。




 あれだけドギツイ戦いをしたあとで、まったりと料理を作る人達を眺めている自分に少し違和感を感じつつ。最終日のパーティーだけにだいぶ気合の入った料理が並んでいるのに目移りしてしまう。


「お、リル様。これ旨いっすよ」

「……貴方やっぱりなぜここに居るのか理解できませんわ」

「そうっすか? あ。コレもなかなか……」


 リル様は今日も料理場に着ていた。料理が目的にも思えるが。もしかしたら俺目当てだったりするのじゃないかと疑ったりする。リル様にとってはきっと俺は素敵なお兄さん枠だからな。


 それでも、夜食用にテンイチのスープは作ったりしてるんだ。まあ朝から居るオヤジがほぼ完成させては居るが。リル様用に温める時に定期的に混ぜないと下が焦げたりしそうだから……ちゃんと俺が混ぜている。


「美味しいわね。ジローとも違うし」

「ジローはボアで取ったスープなんですけどね、これはコッコーで取ったスープなんですよ」

「それにしてもこのドロッとした感じが癖になりそう」

「たまには下界に降りてきてオヤジの店にでも顔だしてくださいよ」

「……そうね、これはまた食べたいわ」




 パーティーも終わりしばらくすると、オヤジの予想通り夜食の注文が来る。あれ? 今日はドンブリ4つか。1人多いのか? 


 前回と同じ様にテンイチを完成させると急いで執務室に向かう。個人的にはコレは麺が延びるからおすすめしないんだけどな。執務室で麺茹でして出してあげたいが。あそこで火を使うのは無理なんだろう。


 前回と同じ様に魔力を制御するという腕輪を2つ付けられ、部屋の中に入る。中には陛下と公爵と伯爵、それと……小さくなってオドオドとしたナルダンが居た。


 なぜ?


 ……


 ……裕也の情報か?


 流石に少し狼狽える。しかし陛下達の食事が終わるまでは口を開けない。ナルダンも必死にテンイチを食べているが、きっと味なんて分かんないじゃねえか? 可愛そうなくらい緊張しているのが分かる。


 俺とオヤジは食事が終わるまで椅子に座りおとなしく見ていた。


「ジローも良いが、このテンイチというのもなかなか美味いものだな」


 食べ終わった陛下が俺たちに向かって言い、「ありがとうございます」とオヤジが頭を下げる。俺はナルダンをジッと見つめていた。そんな俺を見てかオーティスが話しかけてくる。


「そんな警戒することは無い。まあ少し、ユーヤ君の事を少し聞きたいというのはあるがね。ちょうどナルダン君が昔一緒のパーティーを組んでいたと言うしね」

「しかし、裕也は静かに暮らしたいと望んでいます――」

「それは大丈夫だ。並外れた鍛冶師の腕はあるが、彼が適度に国と距離をおいて生きているのは分かってる」

「でしたらどうして?」

「最高の鍛冶師であるユーヤ君は本来は国の宝だ。残念ながら多かれ少なかれこの世界は黒目黒髪で生まれた者にとっては暮らしにくい。特にこの国では過去の勇者の反乱という歴史があり決していい環境ではない。それは分かるね? だがそれでも彼はこの国に居てくれる。少しでも彼の気持ちを知ることは大事だと思わないか?」

「はあ……」

「しかし。本題はそこじゃないんだよ」

「え?」

「ウーノ村はゲネブ公の領土だ。それは知ってるね? 領土の村を任せる貴族は通常子から子へと引き継いでいる」


 はい? 何の話だ? そっとナルダンの方を見ると自分の話だと気がついたのか、かなり狼狽えている。


「ナルダン君はもう30なのにまだ未婚だ。コレは我々としても少々困った問題でね」

「すっすすすすすいません」

「謝らなくても良い。だが、結婚はしてもらおうと思ってね」

「へっ? いやしししししかし……」

「君の所に居るユリスはどうかなと思っているんだ。彼女もいい年だ。立場上なかなか結婚とは縁遠くてねえ、不憫だと思っていたのだよ」

「ゆっユリス???」


 いやまあ。そりゃ国の諜報機関の様な仕事をしていればなかなか結婚なんて出来なそうだ。偽装結婚とかはお手の物かもしれないが。


 ただ、なんとなくナルダンはまんざらでも無さそうな雰囲気がする。「しかしあの子はきっとユーヤに」なんて言ってるが。裕也は妻帯者だろ? オーティス伯からも彼女にそれとなく聞いてみたようだが、感触は悪くないという。「え? そ、そうなんですか?」なんてニヤけ顔を必死に抑えてるようにも見える。確実に尻に敷かれる未来しか見えないが。


 国の情報組織にいる人間だ。身元はしっかりしているらしい。某男爵家の娘と言うことで準男爵のナルダンより出は良い。しかも話的に村長邸にずいぶん長いこと2人で住んでいる。お互い色々分かってることも多いだろう。それとも誰か好きな相手が居るのか? と聞かれても居ないと答える。他人事だと何故にこうも楽しく話を聞けるのか。


 ……ナルダンがポーっと考え込んじゃっている。恋する男か?



 俺も陛下に話したいことが有ったんだよな。


 ナルダンの話がある程度落ち着いた所で「あのう」と手を挙げる。国王にこんな感じで語りかけて良いのか分からないが、異邦人枠と言うことでゆるされるだろう。公爵がそれに気がつく。


「なんだ、ショーゴ」

「はい、黒目黒髪について1つお話が有りまして……」


 ずっと言うか言わないか悩んでたが、トップに直接言えるというのはきっと最初で最後の機会じゃないかと思うんだ。


 以前ドラゴンのロッソに言われた黒目黒髪の龍の加護の話をする。ドラゴンと会話をした話にも驚いていたが、優秀な黒目黒髪が埋もれている話、可愛そうだし勿体なく感じるんだ。


 話し終わると国王は黙り込み、室内に重い空気が漂う。ナルダンはほぼ聞いていなそうだが。話を聞いてカーマス公はうんうんと頷いているのに国王が気がつく。


「ん? カーマス公はこの話聞いていたのか?」

「いえ。ただ我が領土にはシーズ派の教会もございますので」

「……なるほど」


 シーズ派? なんだろうそれ。スラムの教会の事か?


「オーティス伯。今の話どう思う?」

「あり得ると思います。ショーゴ君は信用できると思いますし。過去の黒目黒髪を監視していた組織の資料に目を通して、優秀な者がかなり多いのも分かっております。それだけの数の異邦人が居るとは考えにくいかと」

「しかし……どう扱って良いか悩む問題だな」

「他国に先んじて人材を確保するなら、あまり大っぴらにするのもどうかと思いますが。まずは黒目黒髪に対する差別意識を無くさせる方向から動くべきかと」

「そうだな。黒目黒髪というだけで加護持ちと分かるなら一気に人材の取り合いが起こることもありえるか。法も変えないといけないと成れば時間はかかるな」


 この先は国が考えることだ。俺がどうこうする問題じゃないな。オーティス伯もそれを理解してかこの問題は王都へ持ち帰らせてもらうと話は一旦終了になる。

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