第193話 VSパンテール
家に帰ったがまだみつ子は帰っていなかった。ピラフだけじゃ味気ないかなと少し料理をしながら待つ。
「ただいまー」
「おかえりなさい。お疲れさん」
「省吾君もお疲れ様」
「ご飯にします? お風呂にします? それとも……お い ら?」
「シャワーでお願いします」
「はい」
2人で食事を取りながら、今日は料理場でチャーハンを作ったら採用されちゃった話などする。今日の夕飯は元々出す予定だったピラフが残っていたから少し貰ってきたんだとか。一方、みつ子の方の市中警備は特に何もなく暇なもんらしい。それでもモーザは鼻息荒く一生懸命にやっているという話だ。いい傾向じゃないか。
きっとパンテールにアテられているのだろう。みつ子は明日、早番ということで早々に寝ようとするのだが、俺がなんか悶々としてしまい…………少々ハッスルしてしまった。
「どうしたの? なんかいつもより……」
「え? いや。それはみっちゃんが魅力的だからでございますよ」
「ひひひひ。それは知ってる」
「マジで?」
朝、まだ眠たげなみつ子を起こす。フラフラと仕事に出かけるみつ子を見送ると、俺も準備をする。革鎧を一つ一つきっちりと身に着けていく。
よし。
西門を出たところに、パンテールは既に待っていた。
「すいません、またせました?」
「ん。問題ないよ。ちょっと久しぶりでウキウキしちゃってね。勝手に早く来たのよ」
「軽くですからね」
「ああ、わかってる」
流石にパンテールは速い。あっという間にだいぶ奥の方までたどり着く。以前もサクラ商事のメンバーで特訓をした少し開けた場所で止まる。
「ここらで良いですかね」
「ああ、問題ないね」
俺は次元鞄の中をガサゴソと漁り、袋竹刀を2本取り出す。1本をパンテールに放る。
「何だこれは?」
「練習用の剣です。これならお互い死ぬような事は無いかなって」
「……本気か? こんなもんじゃ楽しめないだろ?」
そう言うと袋竹刀を放り返してきた。やっぱりか……仕方ない。大人しく次元鞄に袋竹刀をしまうと、今度は祐也の剣を取り出す。まあ、なるようになれだ。
それを見てパンテールは嬉しそうに背中に背負う大剣を抜いた。
俺は剣を正眼の位置に構えパンテールを見据える。……ん? パンテールは大剣を構えずに下に下ろしこちらを見ている。なんだ? 構えなんていらないって訳か? 俺を強敵として戦いを持ち掛けたんだよな?
ふむ……自分は負けることは無いって確信しているって訳か。
ちょっとイラッだな。
<剛力>は既にオン。<勇者>スキルに筋力増加はある。<俊敏>に<瞬動>もある。スピードなら行けると思うんだ。
フェイントは入れない。左足を大地に食い込ませる。様子見など無しだ。一気に行く。
ドンッ!
剣を振り上げながら一息にパンテールに詰める。そのまま――
!!!
突如ヒステリックに<直感>が危険を叫ぶ。
へ?
ガツゥッィィイイイン!!!
「うぉおお!」
俺が剣を振り上げた瞬間、下から狂気の一撃が振り上げられる。完璧なタイミングだ。俺の剣はパンテールに向かうこと無くそのまま防御に切り替え、一撃をなんとか防ぐ。一瞬体が浮くくらいの衝撃だ。
「なっ!!!」
「不用意すぎるんじゃないか?」
「あ、挨拶代わりっすよ」
ていうか、パンテールの構え……まさか。下段の構えってやつなのか? くっそ。これじゃあ打ち込めねえじゃねえか。
朝の太陽も少しづつ高度を上げ段々と気温も上がってくる。たった一度のカウンターで俺は攻めの手を封じられた形になってしまっている。熱さのせいか冷や汗か……じっとりと湿る服がやけに重く感じる。
「来ないのか? 来れないのか?」
パンテールの姿が右にずれる、振り切られないようについていくがその刹那、足元から唸りを上げて大剣が切り上げられる。
!!!
必死で大剣をいなす。くっそ。下からの斬撃の対処がここまで面倒とは。やっとの思いでいなした大剣は止まること無くそのまま振り下ろされる。俺はたまらず頭上で剣を横にして防ぐ。重すぎる斬撃は防いだ剣ごと叩き切ろうとする。
んぐ。大剣はギリギリ止めれるものの頭皮に痛みを感じる。少し食い込んだか? なんて思った瞬間ふと大剣から力が抜ける。大剣はそのままクルッと弧を描き今度は横薙ぎに襲いかかる。
見えるんだ。見えるんだが……速いし、重いし、怖いし。やばすぎる。
その後も為すすべもなくパンテールの斬撃を受け続ける。体のアチラコチラに切り傷が量産されていく。どうしようもない。全く攻撃に移れねえ。
何度目かの下からの一撃をとうとういなせずそのまま剣で受ける。剣圧で一瞬体が浮き、俺は思わずたたらを踏む。このタイミングが一番怖い。剣が跳ね上げられる衝撃で思わず手を離しそうになる。離すもんかと、片手で必死に剣を握り込む所に更に追撃は続く。横薙ぎの追撃を堪らずリンボーダンスの様に無様に、しかしなんとか躱そうとする。
――やべえ、悪手だ。次に繋がらねえ。くっそおお。
体勢の崩れていくままに無理やり片手で剣を振る。
ザンッ
その一振りが運良くパンテールの腕に剣先が食い込む。
なんとか追撃を止めれたのか? パンテールは嬉しそうに笑う。
「化け物だなあ、ショーゴ!」
「どっちがだよ!」
傷を負わせられたのが意外だったのだろうか、パンテールが間を空け仕切り直す。ぶっとい魔力が傷口を覆い既に血は止まってる。化け物め、行ける気が全くしねえ。
「お前、対人戦は素人だろ」
「な、何度かやってるからっ!」
「さっきからずっとアタシの剣しか見てないじゃないか。そんなんで良くもここまで防げるもんだ。普通じゃねえよ」
「見るだろ普通。剣で斬り合ってるんだからっ」
「だから素人なんだよ。目付と言うのは、剣を見るんじゃねえのよ」
「じゃあ、どこを見ろっていうんだよっ」
「相手の胸のあたりを通して、遠くの方をみるのが基本さ。それで相手の全体を捉え、肩の動き胸の動き顔の動き腕の動き、全て視界に収め相手の動きを知る。そこから剣の軌道も読み取っていくもんだ」
「なっ……まじ?」
「剣だけを見てわたしの攻撃をこれだけ防ぐんだ。化け物じゃねえか。ふふふふ。目付が出来れば……もうちょっと楽しめるな」
もしかしてあれか? バイクで峠を攻める時に近くじゃなくて遠くに視線を持ってけとかいう。塩か? 敵に塩を送るのか? 畜生。戦闘狂め。
再びパンテールが猛攻をしかけてくる。……いや。だけどマジだな。これ。動きがさっきより分かる。俺は元々<察視>がある分、攻撃をある程度予測して捉えられる気がする。予備動作まで分かれば防ぐ手の最小限で済む。防御の手が軽くなれば……。
攻撃も入れられる。
ははっ。ちょっと楽しくなってきたんじゃねえか?
しかし見えるようになったとはいえ、パンテールの下段はやり難い事に変わりはない。下段に対しては上段か? いや、俺よりデカイ奴に上段って効果は薄そうだ。……縦じゃなくて横か。……そう言えばあったなそういうの。やってみるか。
左手を少し左に寄せ気持ち上に上げる。右手は少し手前に寄せながら右側にずらす。そして剣を水平にする。構えを見たパンテールが更に嬉しそうな顔になる。
「ふふふ。面白いな君は」
「笑っていられるかな。疾風剣だ!」
あれ……確かこの漫画の主人公って、下段のやつに疾風剣で戦って片腕切られるんじゃなかったっけ……嫌な記憶が蘇る。ええい。知るかっ!
疾風剣は、受けと攻撃を一呼吸で行う剣術だ。スピード重視の俺にはきっと合う。横への移動を繰り返しパンテールを翻弄しようとする。意外と良いかもこれ。
段々と俺の攻撃の手数も増える。行けるんじゃないか? 目付なんて俺に教えちまってさ。天才を舐めるとこうなるんだ!
ふふふふ ふはははは。
「墓穴を掘ったな! パンテール!」
「ふふふ。そろそろ良いかい?」
「へ?」
突如パンテールが纏うオーラが変質する。ま、禍々しいじゃねえか。
唸りを上げ大剣が襲ってくる。さっきまでとは別物だ。ありえねえ。あそこからギアチェンジかよ。必死に受けるも俺は数合で完全に余裕が無くなる。なんとか攻撃は見えるんだが速すぎて受けの手も誘導されてる感じだ。嫌なタイミングで、嫌な角度から、反吐が出るようなスピードで、パンテールの剣は着実に俺を詰めていく。
…………
「まっまいりやした」
「ふふふ。もう1年もすればもっと美味くなるね」
「いやあ……ここら辺がストップ高じゃないすかね」
「若えのに何言ってるんだ」
「と、とりあえずコレ収めてもらっていいっすか?」
俺の鼻先には大剣の先端がピタリと止まっていた。ずっと斬撃を受けていたため、いや斬撃を脳に刷り込まれたのだろうか。突然見せられた最後の一突きになすすべなくやられた。
パンテールはニヤリと笑いながら大剣を鞘に収める。
「無理して敬語なんて使わなくていいのに。さっきみたくさ」
「え? あ。あれは夢中で。すいません」
「はっはっはっ。良いってのに」
改めて見ると裕也に作ってもらった鎧がアチラコチラに切り傷が付きボロボロになっている。紙一重の攻防の成れの果てだ。いっぽうパンテールは腕をちょこっと斬られただけか。
……まあ。悔しいな。やっぱ。
※「陰の流れ 疾風の剣」父親が若い頃に買った漫画なので相当古いのですが。子供の頃に大好きだった白土三平先生の「忍者武芸帳」で結城重太郎が使うのが疾風剣です。地摺り残月とか言う下段の技に右手を切り落とされるんですがw
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