第192話 国王の夜食 3
女子会の翌日。みつ子もお昼過ぎからの仕事ということで2人でゆっくり食事を作ったりしながら過ごす。その後みつ子は警備に。俺は領主の館に向かう。みつ子も仕事の終わる時間が遅そうということで早く帰ったほうが食事を作る約束をした。
「何をボーッとしてるのよ」
「お。リル様は今日もつまみ食いですか?」
「つまみ食いとか言わないで頂戴。私にも事情というのがあるのよ」
事情ねえ。まあ貴族様の事は分かりませんよ。
今日は連日のパーティーも一段落したのか、軽い会食程度に成っている。館に泊まっている貴族の方たちも、各々貴族街のレストランなどに行き自由にしているらしい。確かに滞在期間ずっと国王とのパーティーなんてかなりストレスになりそうだもんな。
「貴方はジロー以外になにか作れないの?」
料理場の食材をボーッと眺めながら適当に答える。
「え? 今つまめる物っすか? ……チャーハンくらいなら」
「チャーハン? 随分庶民的な料理ね」
「そりゃあ、俺は庶民ですからね……あれ? チャーハン知ってるんですか?」
「そのくらい知ってるわよ。お米を色んな食材と一緒に炒めるんでしょ? 確かにここなら食材はあるから出来るだろうけど。何か他に無いのかしら?」
あらま。庶民の友、チャーハンはお気に召さないですかね。コレも過去の勇者が残した料理の予感がするんだけど。
……いや。ちょっと待てよ。チャーハンか。そう言えばとびっきりに大好きなチャーハンがあったなあ。ボアも有る。ガンジャ(長ネギ的なもの)もあるな。当然卵もあるし。紹興酒使ったっけ? でも代わりに何か適当に料理酒でも使ってみれば……行けるかも?
チラッとオヤジの方を見ると何やらウンウンと頷いている。良いのか?
「オヤジさん、醤油持ってきてます?」
「あるぞ、使え」
「あと、んとポルトとかから取った様な粉あります? スープとかに入れるとトロみが付く感じの」
「うーん……コレでいいか?」
お、片栗粉っぽいな。流石領主のための料理場。なんでもあるな。
「リル様、ちょっとだけ時間あります?」
「……良いわよ」
「夕飯食べれなくなるかもしれませんよ?」
「大丈夫よ。私の胃袋は宇宙よ!」
まじかあ。ていうか宇宙の概念あるのか? この世界に。
とりあえず料理場を歩き回り、料理人達に了解を得ながら少しづつ食材を集めだす。まあかなり味はうろ覚えだけどシンプルだから適当に真似たのは作ったんだよな。
まずはボアを細切りにしていく。それに軽く塩コショウを振り、フライパンで炒めていく。そこに水と摺り下ろしたドド(生姜風)や醤油、酒を入れていく。少し味見をしながら味をイメージに近づけて……よし。
「ボアのスープかしら?」
「リル様? 慌てる貴族は貰いが少ないと言いますよ」
「そんなの聞いたことないわよ」
更に片栗粉的な物を入れる。ちゃんとトロみが付く。うんうん。良いじゃないか。それから今度は米を用意して、別のフライパンに油を入れ、卵を割り入れる。中華鍋じゃないからやりにくいけどな。すぐにお米とみじん切りにしたガンジャを入れ炒める。塩コショウは適当に。
「なによ、チャーハンじゃない。しかも卵だけ?」
「ああ!! リル様邪魔です!」
「もう、何よ」
出来上がったチャーハンをお皿に盛り、作っておいた餡をかける。よし。
「燃えてます!」
「……え? 何?」
「燃えてます。さぁ冷めないうちに」
「これ、チャーハンじゃないの?」
「えっと。……リョーザンパクです」
「チャーハンとは違う料理なの? ……良いわ。食べてあげる」
リル様はスプーンで食べ始める。
モグモグモグ……
「ショーゴ!」
「はい?」
「美味しいわ! これっ!」
「ふふふ。当然ですよ」
よし、結構多めに餡を作ったからな。持って帰ってみつ子に食べさせ――。
「俺にも食わせろ」
食い気味でオヤジがこっちを見てる。その隣で料理長も厳しい顔で見ている。マジか……。
再びチャーハンを作り、餡をかけて2人に食べさせる。
モグモグモグ……
「今日のご飯物はピラフだったか? 差し替えるか」
「面白そうですね。見ていましたが作り方はかなりシンプルですからイケルと思います」
「よし。この上にかけるやつももっと必要だな。ただ少し味は調整したほうが良いか。このままじゃ出せないぞ」
「塩味が尖りすぎですね、ドドはこのくらいの方が刺激があっていいですかね……」
お。おいおいおい。
何やら二人で夢中で相談を始めた。リル様は満足そうに「貴方の料理がどれくらい洗練されて出てくるか楽しみだわ」なんて言いながら料理場から出ていった。まだ食うのか? あの子。
今日はパーティーの時より作る量は少ないが、それでも個々に皿に盛り付け、コース料理のように提供していく形で料理人たちはむしろ忙しそうにも思える。逆に俺はキレイに盛り付けられた料理をつまむ訳にもいかないため、隅でぼーっと眺めている。
その中にさっきの肉のあんかけチャーハンも混じり変なコース料理が提供されていく。
まあ、俺は知らん。
「あれ。陛下っていつまで滞在するんでしたっけ」
「明日送別のパーティーやって、明後日の朝に発つ予定だ」
「なるほど、と言うことはあと2日ですね。テンイチはどっちで提供するんですかね」
「今日は陛下も落ち着いて食事を取れるからな、夜食は無さそうだ、明日だな」
「じゃあ、今日も休んでも良かったかも?」
「ん? でも顔を出しておけば給料は出るからな。無駄じゃねえだろ」
「……そうっすねえ」
結局、お土産にチャーハンの代わりに出る予定だったピラフを大量に貰って帰ることに成った。まあここで作られたピラフだ。きっとスゲー美味いだろう。
オヤジは明日のパーティーの準備の打ち合わせもあるとのことで今日は1人で帰宅する。小洒落た貴族街の街灯の下を、風呂敷に包んだピラフを手におずおずと歩いていく。
「おう、おつかれ」
「お疲れさまです」
門番の団員もそろそろ俺の顔を覚えてくれて気軽に挨拶してくれる。まあオヤジと一緒に門を通ったと言うのがデカイ気がするが。
貴族街を出て深呼吸をする。なんとなく気が詰まるんだよな。セレブの街って。この時間だとどうだろう、みつ子のほうが先に帰ってきてるかもしれないな。
……あ。
貴族街の門を出てすぐの所に座っていた人影がのっそりと立ち上がる。
「おう。やっときたか。待っていたよ」
「あー。マジすか」
「うん。やっぱり昨日は見間違いじゃなかったな。どういう理屈かわからんが、騙されるところだったよ」
「今日はこれからみつ子と飯食うんで駄目っすよ」
「おう。明日はどうだ?」
「早朝からみつ子は仕事で出るんで、その後ですかね西門出た所で待ち合わせしますか」
「良いのか?」
「まあ、興味はありますし」
「ふふふ。やっぱ良いね。ショーゴ君」
「軽くでお願いしますね。死にたくないし」
「じゃあ、明日な」
「軽くですよ、軽く」
「今日はよく寝ろよ」
「軽くですからねっ!」
巨漢のおばさんが嬉しそうにウキウキしながら去っていく様は異様だな。まあ、最強クラスの冒険者には興味あるのは確かだしな。
いつかは最強になるんだし。
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