第188話 国王の夜食 1
リル様という小公女に、オヤジが俺の呼ばれた理由を説明するとようやく納得する。それと同時に私もジローを食べたいとワガママを言い始める。大人の俺は穏やかにたしなめる。
「リル様も立食パーティーに出るんですよね? パーティーのご馳走食べれなくなりますよ?」
「パーティーでは沢山の殿方が居るのよ? そんな所であまりガツガツ食事は出来ないのよ」
「そんなもんなんすか?」
「それが社交界というものよ」
リル様は平らな胸を張って力説しているが……なんか子供に社交界の事を言われてもなあ。イメージ的に大人と言われる15歳位になってから社交界デビューとかするんじゃねえの?
でもオヤジにとっちゃ小公女様は絶対なんだろうな、夜食用に作ってあるスープを火にかける。
「ショーゴ。お前暇なんだから、麺茹で頼んでいいか?」
「あー。良いっすよ。どのくらい麺茹でます?」
「うーん。半玉でいいだろう」
うん、それくらいはなんとか出来る。戴冠式のフェステバルの屋台で相当数の麺を茹でたし、俺が料理しているところを他の料理人に見せつけなくちゃな。平ざるで麺揚げをする時に、少しカッコつけて麺を高めに上げたりする。
チラッ。
リル様は別になんともない顔でこちらを見てる。くっそ。イマイチだったか。てぼで天高く手を持ち上げてから「シャア!」とか叫びながら水を切ったりしたほうが映えるのかもしれない。
「ニンニク入れますか?」
「え?」
「ニンニク入れますか?」
「パーティー前にそんな匂いの強いもの食べれないわよ」
「ニンニクは入れないで良いですね?」
「入れないでいいわ」
一応ヤサイも少なめにする。さっきまで俺が座っていた椅子を持ってきて料理用の台の近くに置く。じゃまにならないように隅っこだ。
「どうぞ。お嬢様」
「ありがとう」
一応綺麗なドレスに汁が飛んだら悲惨だからな、エプロンを渡すと素直に付け、嬉しそうにリル様はすすり始める。「あら、味が変わったかしら」なんて言いながら一気に食べ終わった。やるな。若いのに。
「前にジェラルドに食べさせてもらったときより美味しくなってるわ」
「コイツのアドバイスで改良したんですよ」
オヤジも満足そうに俺の株をあげようとする。よせやい。ていうか食べたことあるのか。
パーティーの始まる時間になるとリル様は会場の方に向かう。料理場も慌ただしく動き始める。流れも昨日とほぼ同じだ。やれやれと俺は椅子に座って邪魔にならないようにおとなしくすることにした。
やがてパーティーも終わり、食器などの片付けが始まる。わざとじゃなければ割ったって弁償請求されねえよと言われて、食器の洗いは手伝う。ある程度落ち着いた所で今日はどうなのかとオヤジに聞いてみる。
「今日は呼ばれるかもしれないな。もう少し待ってろ」
「了解っす」
といっても、パーティーで食事してるだろうしなあ。終わってすぐに夜食を頼まれる訳は無いだろうな。
なんて事を考えていたらメイドさんが料理場に入ってきてオヤジに耳打ちしている。
「ショーゴ。さて作るぞ」
「え? 国王陛下、さっきまで飯食べてたんじゃないんですか?」
「パーティー会場じゃ皆が陛下に顔を覚えられようと列を作って集まるんだ。陛下が食べるタイミングなんて無いだろ?」
なるほど。結婚式の新郎新婦みたいなもんか。
……やべ。なんか緊張してきたわ。
スープに火を入れ、茹でる用のお湯を沸かしている間に着替えてくるように言われる。正装で良いのか? と聞くと正装じゃないと駄目だろと言われ料理場脇の更衣室で急ぎ着替える。オヤジもきっちりとした正装に身を固めている。
火の番は料理長がしていてくれてるらしい。新品の正装が汚れたら嫌だなあなんて思っていたらオヤジがエプロンを貸してくれたのでそれを身に着ける。
ジローの準備が終わると、盛り付ける。丼は3つだ。3人いるのか。メイドさんが先導してくれその後ろからカートの様な物にジローを乗せて館の中を歩いていく。オヤジと俺の2人だけだ。なんとなく料理長も付いてくるのかと思ったが、片付けと明日の朝食の準備を少しするらしい。
やがて1つの部屋の前にたどり着く。部屋の前には衛兵が2人と魔法使いの様な青年が立っていた。俺たちが近づいていくと、夜食が来る話を聞いていたのか衛兵は毛特段警戒することなく俺たちが近づいてくるのを待っていた。
そして部屋の前で衛兵が身体検査をしていく。やはり頭の上の珠がひっかかるらしく、1人の衛兵が部屋の中に入っていく。お伺いを立てる感じだろうか。
この間が嫌だね。まあ帰れと言われればオヤジに任せて帰れるから助かるんだが。程なくして部屋から出てきた衛兵が入室を許可した。
「ちょっと待ってくれ……」
突然魔法使いの青年が入室しようとした俺を止める。なんだ?
「一応、コレを付けさせてもらったほうが良い」
そう言いながら、懐から1つのリングを取り出した。それを見て衛兵が驚いたように「そんななのか?」など言っている。なんだ? と思っていると青年がコレは魔法を制限する腕輪だと言う。<解析>で魔力量でも見たのだろうか。俺としても断るなんて出来ないので言われるままに腕を差し出し腕輪を付けてもらう。鍵の様なものでロックするため自分では取れないようだ。
なるほど、腕輪を付けられるとなんとなく魔力が制限されるような感覚がある。これで良いかと思ったが青年の顔色が悪い。
「……なんて事だ」
青年は再びブツブツと青い顔をし、懐からもう1つのリングを取り出した。
「えっと?」
「今は2つしか所持してないんだ。コレで抑えられれば良いのだが……」
よくわからないが、どうやら1つでは魔力量があまり抑えきれなかったようだ。オヤジも衛兵も若干引き気味に見ている。やべえ。魔力チートっぽいじゃねえか。少しニヤけそうに成るのを必死で抑える。
2つ目の腕輪を付けると、さらに魔力が抑制される感じが出る。なんとなく空気を読み俺も必死に魔力を抑えるイメージをする。
「よし……これなら」
ようやく青年が許可を出す。なんとなしに人外の化け物を見るような顔で俺を見ているのが痛い。帰る時に外してもらえるんだろうな? ……これ。
「失礼します」
いつもとは違うきっちりした声でオヤジが挨拶をして中に入る。
オヤジに付いてカートを押しながら中に入ると、そこは領主の執務室のような部屋だった。奥に豪華そうなデカイ机が置いてあり、その手前にソファーセットがある。昭和初期のノスタルジックな探偵事務所をイメージした俺の事務所と違い豪華絢爛といった感じだ。
ソファーには国王と公爵、そしてオーティス伯爵が座ってこちらを見ていた。やべえ。偉い人会談じゃねえか。
公爵が嬉しそうに「おう、ジェラルド頼むわ」なんて軽く言う。オヤジはそのまま国王、公爵、伯爵と序列順にジローの丼を置いていく。ものすごく丁寧に上品な動きでだ。オヤジのくせに。
「夜食のジローでございます。庶民向けの食べ物ですので陛下のお口にあうかわかりませんが、過去の勇者がもたらしたジローを出来る限り再現したものでございます。ご賞味ください」
「おいおい、ジェラルド。そんな畏まらなくてもいいぞ」
「そういうわけにはいきませんので」
公爵のおっさんは相変わらず豪気な感じだなあ。オヤジは真面目モードをキープだ。
そんな中、オーティスはジッと俺の方を見つめていた。俺は居たたまれなくちょこっと頭を下げる。貴族にこんな挨拶しちゃだめなのかな? 俺が頭を下げたタイミングでオーティスは声をかけてきた。
「噂の浮遊珠とはそれか。魔力抑制の腕輪も二つか。良い感じで花が咲き始めたようだね。あれからもう1年も経ったのか。歳を取るとだんだん時の進みが早く感じるよ。うん。また会えて嬉しいよ。ショーゴ君」
「は、はい」
そう言うと、オーティスはメイドに俺とオヤジの椅子を用意するように言い、用意したら下がるように指示する。
「王国の中枢に居るとなかなかこのジローという食べ物を食べる機会に恵まれなくてね。しかし異邦の文化を舌で味わえるというのはなかなか趣深いものだと思うんだ。さて冷めないうちに食べさせてもらうよ。陛下もどうぞ冷めないうちに」
「ああ、頂こう」
冷めないうちにと言うより、麺が伸びないうちに。だよな? なんてこっそり心の中で突っ込むのを知らずに、3人は和やかな雰囲気でジローを食べ始める。国の偉い人3人がズズズとジローを啜る姿はどことなくシュールだった。
それを椅子に座ってボーッと眺める俺とオヤジの姿もきっとシュールな絵に違いない。
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