第187話 新人料理人と小公女

 出る時はあまり警戒されないのかもしれないが、ジロー屋のオヤジは慣れたもんで門番たちとも普通に挨拶しあってる。そのおかげで特に身体チェックされたりもなくスムーズに貴族街から出ることが出来た。


 オヤジは初めてベルに店を任せたということで少し気になっているようだ。貴族街を出るとそのまま店を目指す。


「ベルかあ、どうです? 良いところのお嬢さんらしいじゃないすか」

「ああ、ただ後妻の子らしく、腹違いの兄が商会を継ぐから問題はないらしい」

「ん? 色々大変な子なのかな」

「いや、兄弟は仲良くやってるようだぞ。弟も今年王立学院に行ったみたいで割と自由にさせてもらえてるようだ」

「なるほど……ん? 今年王立学院に???」

「なんだ? 知ってるのか?」

「ちょっと思い当たるやつが。ロスって言うんだけど聞いてます?」

「いや、名前までは聞いてないな」


 まさかなあ。しかし王立学院にゲネブから行くのがそんな多いとは思えないしな。そう考えると面影も勢いのあるキャラもなんとなく似てる気きもしてきた。


 店に行くと既に店は終わっており、後片付けをしていた。オヤジが麺残ってるから喰っていくか? と言うので頂くことにする。


「ベルちゃん。もしかしてロスって言う名前の弟いる?」

「え? ショーゴさん弟を知ってるんですか?」

「うん、知り合いの子がウーノ村のチソットさんの所で勉強教わっててね、その時にロスくんもいたなあってさ」

「そうです。そいつですよ。私の弟」

「やっぱそうだったんか。狭いなあ」

「お恥ずかしい弟で」

「いやいや。ベルちゃんに似て元気な子だったよ」

「似てませんけどね」

「いや、でも面影――」

「似てませんけどね」


 今はロスは、ハヤトと一緒に王立学院に通っているようだ。まあ二人共無事に入学できてよかったよな。俺も受験は苦労したしなあ。



 ジローを食べ終わるとオヤジに礼を言い、事務所に誰も居ないのを確認して家に戻る。

 

 帰るとみつ子がサクラに座って待っていた。


「ただいま」

「おかえり。遅かったね」

「あ、ジローでラーメン食べさせてきてもらっちゃった、みっちゃんは?」

「モーザ君たちと食べてきたよ。省吾君は宮廷料理を食べてきたと思ったよ」

「ああ、味見はさせてもらったけどね。そんな好き放題食べれないよ」


 みつ子は仕事明けに冒険者ギルドでパンテールさんからの伝言を受け取ったらしい。どうやら一般市街の高級ホテルに泊まっているようで、明日の夕食でも一緒にどうかと誘われたらしい。


「行ってきても良い?」

「もちろん。でも仕事の時間は大丈夫なの?」


 みつ子たちは、1日を3班に時間を分けて周辺警護に出る形らしい。ただサクラ商事には13歳のスティーブが居るので深夜枠など無しにしてもらい、明日は日の出から昼過ぎくらいまでの仕事に成るらしい。もしかしたら、食事をしてそのままアルストロメリアの友達とホテルに泊まってくるかもというので、それも了承した。


 その夜は、領主の館で貰ってきた果物を2人で切って食べる。女の子はスィーツは別腹だからな。嬉しそうに食べていた。貰ってきた俺、グッジョブだ。




 次の日の朝、みつ子を起こすとそのままベッドの上でうだうだする。昼過ぎくらいまで洗濯をしたり掃除をしながら時間を潰す。なんとなく思い立ち、昼に久しぶりにトマトのジローを食わす店行ってみた。クロアに初めて奢ってもらった店だ。相変わらずスープパスタって感じだが久しぶりに食べるとコレはコレでイケてるよなって思う。


「これって、冷たくしても美味しそうですね」

「え? 冷めたら美味しくないだろう?」

「ほら、他のジローと違って脂もあまり無いですし、熱いゲネブだと冷たい物が受けそうじゃないですか? 具を少し少なめにして茹でた麺を冷水で締めて」

「……面白いかもな」





 貴族街の門も領主の館の裏口も、昨日とは別の人が居たが申し合わせとかしているのだろうか、今日はすんなりと通してもらえる。それでも領主の館は魔道具での本人確認はしたので、少し気になっていたことを聞いてしまう。


「すいません、今の僕のレベルって分かります?」

「ん? 分かるぞ。今は……30だな。頑張って上げているじゃないか」

「おおお。自分の計算だとまだ29だと思ってましたよ。ありがとうございます」


 ううむ、どっかでレベルアップのカウント間違ってたかな。でも30かあ、ちょっと嬉しいぞ。



 異世界転生という特殊なシチュエーションチェンジにも対応した俺だ。2日目にもなれば料理場の雰囲気にも馴染んでしまうぜ。


 そんな俺はいそいそと料理人達が駆け回る厨房の片隅に置いた椅子に座り、ただ眺めていた。なんでも今日もパーティーと言うから貴族様は大変だ。話によると周辺の領主などもこの館に滞在するようで、個々に食事を用意して別々に食べてもらうよりパーティーの方が収拾付くからという話だが。まあそうなんだな。


 貴族街に住む貴族たちも国王陛下にお会いしたいと言うのは当然あるが、家族でとなると人数が多いため日毎に別けて順番にパーティーに招待する形で人数制限もするらしい。 それでも、人数はそれなりになってしまうため立食パーティーの形で、大皿料理での提供になるのだが。


 まあ、パーティー用の大皿料理の方が俺はつまみ食いがしやすいから助かるんだよな。そんな事を考えながら、料理が出来上がり始めるのをみて、ちょいとつまみ食いを……いや、味見をしていると後ろから甲高い声で呼び止められた。



 振り向くとキレイなドレスを着たスティーブより少し若い? 11~12歳位の女の子が俺の上を見上げていた。


「アナタ、その頭の上に有るのは何よ?」


 だれだ? 招待された貴族の家族が紛れ込んじゃったのか? ううむ。俺の龍珠が気になるのか。子供はこういうのストレートに聞いてくるしな。


「これか、説明すると難しいんだけどな。ほれ、俺黒目黒髪だろ?」

「そうね」

「でだ。俺の生まれてくる時に髪に色を付け忘れた精霊が、ごめん忘れてたわって、後からやってきて、でも今更色を変えられないってわけで俺の周りを漂っているんだ」

「はあ? なにそれ。聞いたことないわ」

「俺もよく解らねえんだ。消せないしな。しょうがなくて一緒にいる」

「良くここに入れたわね」

「ここの領主様は珍しいもの好きだからな。むしろ楽しんでるんじゃねえか?」

「ふうん。それはなんとなく分かるわ」


 ふむ、分かるのか。まあ領主様はまだ俺の龍珠見ていないし、適当に言ったけど分かってもらえば話は楽だな。俺は再び少女に背を向けてパクリとソーセージ的な物をつまみ食いをする。


「それで貴方は新人の料理人じゃないの? なんで仕事もしないでつまみ食いばかりしてるのよ」


 ん。そうか新人の下積みペーペーだと思ってるのか。まあ見た目的には圧倒的に若いしな。言われてみればそんな感じだな。割烹着も新品のまっさらだ。


「ん? これか? 料理人の世界ってのはそれはもう厳しい世界なんだ。先輩たちもそれは厳しいからな、おいそれと料理の秘訣……まあ隠し味とか、火の通し加減とかだな、そんなのを教えてくれたりしねえんだ」

「だから何よ、それとつまみ食いは別でしょ?」

「分かってねえな、料理人てのは若手の時からこうやってコッソリと先輩たちの味を盗むんだ。味ってやつはその一つ一つがその料理人の武器なんだ。誰も教えちゃくれねえ、自分で秘訣に気が付かないようじゃ1人前の料理人にはなれねえんだよ」

「……そうなのね。悪かったわ疑ってしまって」


 俺のドヤ顔に少女も気圧される。まだ子供には難しい話だったかな?



「お前は別に料理人になるわけじゃねえだろ?」


 そこへ突然ジロー屋のオヤジが口を挟んで来た。くっそ。少し納得しかけた少女がまた不審者を見るような目つきに戻る。騙されかけたことに気がついて余計悪い。


「ちょっとどういうことよっ!」

「アイヤー。困ったアルネー」

「ふざけないでっ!」

「まあまあ。リル様も落ち着いてください」


 お。オヤジはこの子知ってるのか?



 その少女は公爵の第2婦人の末の娘ということだった。普段から料理場に入り浸っておやつを作ってもらったり。つまみ食いをさせてもらったりしてるようで料理人たちともお友達なんだそうだ。ジロー屋のオヤジが働いていた2年前にはすでに入り浸ってたと言うから年季が入っている。て言うか自由だなこいつ。


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