第186話 国王の歓迎パーティー(裏方)
「ふぁああ~~~」
それにしてもやることがない。割烹着を身に着けてやる気バリバリな雰囲気は出してみたものの、何をやって良いかもわからない。オヤジも俺に特に注文をつけること無く、ただ料理場のスタッフに指示をしている。現在の料理長もオヤジの弟子らしいが、かなり実力と信用はあるんだろな、料理の相談などを2人でしながら2人で進めている感じだ。
料理場の隅っこで椅子を持ち出して座ってただ眺めている俺に、料理人たちは「だれだろうコイツ」なんて感じで様子を気にしている感じもある。ただ、入ってきて普通に元料理長のオヤジと会話をしているのをみて、手伝えとか言ってくる人間は居ない。
と言っても、手伝えと言われたって大して手伝えないけどな。皿洗いくらいとも思ったが、よく考えるとこんな所で使ってる皿が安い訳はない。ちょっと手伝って割ったりとかしたら弁償しなくちゃいけなくなりそうで怖い。
……それにしてもいい匂いだ。暇でやることが無い上に、こんないい匂いを嗅ぎ続けるのも拷問だな。
ちょっと近くで見てみるか。
俺は立ち上がりゆっくりと料理をしている……ちょっとペーペーな感じの若い子の近くによってみてみる。何やら肉を切っている。ん? この牛肉っぽいのは確か。
「お? この肉ってカトブレパス???」
「え???」
突然話しかけられた少年は、びっくりして戸惑っている。いやまあ……俺が悪いのか?
「そっそうです」
「ほほう、これは焼くの?」
「えっと、そうです」
「ん~。もっと大きく切ったほうが喜ばれるんじゃない?」
「りっ立食パーティーですので。あまり大きいとお腹にたまってしまうから……」
「おお、そうか。なるほどな」
……まだ焼かないのかな?
「これから焼く?」
「え? これは会場で焼くので」
「そうか……」
そんな様子を見てたオヤジが声をかけてくる。
「ショーゴ。あんま邪魔するなよ? 腹減ってるのか?」
「そこまで腹ペコじゃ無いけど、匂いが良すぎで」
「まあそうだろうな、ちょっと味見してみるか?」
「マジっすか? 味見します!」
流石に肉を焼いてってのはしてもらえなかったが、完成した料理を少しづつ分けてもらう。
おおおおうおうおうおう。
「おいし~~!」
やばい、何だこれ。何喰ってもすげえ旨え。流石国王に出す予定の料理だ。一品ごとに皿に盛って提供するわけじゃなく、立食パーティーだから鍋に山盛りに成っている料理だ。確かに少し位つまんでも問題なさそうだな。嬉しそうに摘んでるのをオヤジも嬉しそうにみている。
これはジローの出る幕ねえんじゃねえか?
止められない止まらないって奴だが、流石に味見だからな。おかわりは自重してコレで満足とする。
「ジェラルドさん、彼は?」
現料理長がオヤジに聞いている。そうだった。確かそんな貴族っぽい名前だったな。
「ああ、悪い。紹介もしてなかったな。コイツはショーゴっていうんだ。俺にジローの秘訣を教えてくれたやつだ。こういった料理は経験がないようだけどな、ジローに関しては恐らく王国一だろう」
「おっ王国一ですか? ……若いのに大したものですね」
うわ。なんか持ち上げすぎじゃね? まあ色々オヤジには教えたが料理に関しては完全に素人だぞ? 本職の料理人――しかも公爵のおかかえの現職料理長がちょっと見直したって感じで俺を見てるんですけど。やばい。居心地悪い。オヤジに呼ばれてきただけの素人だっつーに。
やがて国王を歓迎するパーティーの時間が近づき、料理場の中はますます忙しなくなってくる。俺は邪魔しないように隅っこで座って見守る。そのうちメイドさんなども入ってきて次々に出来た料理を運び出していく。
料理長と共に数人の料理人が正装に身を包み、その上に小洒落たエプロンを着けると料理場から出ていく。ステーキなどをその場で焼いたりすると言っていたから多分それ用の人員になるのだろうか。オヤジはひと仕事終わったぜといった感じで息をつく。
「お疲れさんです。コレで終わりです?」
「いや、これから終わった料理などの補充があるからまだ終わりじゃないけどな、デザートもあるし。だが、とりあえず待ちだな」
デザートか、そこに積んであるフルーツとかか。
ん?
そう言えば、パーティー料理と言えばフルーツカービングとかあったよなあ。
……まあ暇だし。
そう思い、1つの赤い林檎の様なフルーツを手に取る。
「オヤジさん、小さいナイフみたいなのあります?」
「ん? 食いたいのか? 剥いてやろうか」
「いや、ちょっとほら、俺の世界でこういうフルーツを彫刻するってのがあって」
「フルーツを彫刻? これでいいか?」
オヤジに小さめのナイフを渡される。フルーツカービングと言えば花だな。龍とかは無理だし。
なんとなく薄っすらと下書き的に線を入れ薔薇っぽい花を再現しようと削り出す。オヤジは「ほほう」と興味深そうに見ている。やっぱナイフじゃ難しいな。彫刻刀みたいなのが無いと厳しいか。ていうか思いつきでやっちゃ駄目だな。下手すぎるぞ俺。
「こんな感じで、皮の色と果肉の色が違うから彫り込みの深さで色が変わっていい感じになるんですよ……やっぱ俺下手っすね。見様によっちゃ花にみえません?」
「なるほど。食べるというより飾りだな。しかし不器用だなお前」
「ははは。思いつきなんで。なんかこういうパーティーででっかいドラゴンみたいなの彫ったりして飾りに使ったりするんですよ、デカイのは氷の彫刻だったかな?」
「ふむ……ちょっとナイフ貸してみろ」
そう言うとオヤジは俺の下手くそな薔薇の絵の裏側に試すように掘り出す。皮の色と果肉の色のイメージが難しいんだろうな、ブツブツと呟きながらゴリゴリと削っている。
「ふうむ。面白いな」
見ると、俺の彫った薔薇と同じ様な薔薇を彫っている。ていうか上手え。え? なんで?
「いきなり実戦投入できそうなレベルじゃねえっすか」
「彫刻と比べて柔らかいからな、ナイフだとちょっと難しいが」
「皮近くの果肉の色が中心に行くほど濃くなってたりするやつだと、グラデーションを出す感じで不思議な具合に作れるみたいなんすよね」
「ほほう……」
そんな感じでオヤジと時間を潰していると広間の方でファンファーレの様な楽器の音がする。始まるのかな? それから料理の減り具合をチェックしているメイドさんなどがちょこちょこと顔を出し、その度に追加の料理などを出しながらやがてパーティーが終了していく。
「流石に陛下も長旅で疲れていらっしゃるようだ。今日は早く寝てしまうようで夜食は無いとの事だ」
「お。じゃあもう帰って良い感じですか?」
「俺もコレで今日は一度戻る。一緒に帰るか」
「まだ果物屋やってますかね? 貴族街のフルーツ珍しいからみつ子にお土産で買っていきたいんですけど」
「貴族街の店は閉まるの早いからな、もうやってねえんじゃねえか? 良かったらここにあるの少し持っていけ」
「マジすか? じゃあお言葉に甘えて」
とりあえず今日は特に何もなく終わった。一週間ほどの滞在で夜食が何度出るかわからないけど、ホントに俺が来る意味あるのかな? なんて思う所が無いわけじゃないが。お金も出るらしいしまあ良いか。
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