第189話 国王の夜食 2

 陛下らがジローを食べ終わるのを確認すると、器を回収してカートに戻していく。それでお役御免かと思ったが、そのまま再び椅子に座るように言われる。


 公爵がニヤニヤしながら話しかけてくる。


「お前の事は陛下には話してある。話しにくいこともあるかもしれないが色々教えてくれると助かる」

「俺の事って、出身とかの話ですか?」

「そうだ。過去の勇者の事に関しても今では資料が少ないからな、色々聞きたいと仰せだ」

「わかりました。分かる範囲でよければお答えいたします」


 まあ、こうなったら逃げも隠れもしねえよ。逃げれなそうだけどな。

 陛下がイケメンとしか言いようのない顔をこちらに向け、探るように話し始める。


「お前と過去の勇者は同郷なのか?」

「私の来た世界だと黒目黒髪はそこまで珍しい物ではないので、同じ国なのかはちょっと判断つかないんですが……過去の勇者の名前は分かっているんですか?」

「一般には伝えるのを禁止してあるがな、王家の資料には残っておる。ユタカ・オザワと名乗っていたようだ」


 まじか……間違いない。


「その名前は間違いなく同じ国の人間ですね」

「そうか……」


 それから国王陛下による質問攻めが始まった。



「それでは、お前の国にも皇帝がいると?」

「はい、2千年以上血統が続いて今では126代目だったかと」

「ふむ、凄まじく長期にわたる国家だな。それでは過去の勇者の提唱した民主主義と言うのはお前の世界でも理想の話なのか?」

「いえ、以前は皇帝が政治を行っていましたが今は皇帝は国の象徴として在位していまして、政治に関しては国民の中から選挙で選ばれた政治家が行っております」

「国の象徴か、面白いな。それはこの国でも行えると思うか?」


 むむむ。これはどう言えば良いんだ? あまり突っ込んじゃいけない気もするが。

 悩んでいると、伯爵が忌憚なく意見を言うが良いと促す。そうだな。


「いえ、ちょっと難しいかと思います」

「ふむ、何故そう思う」

「私の祖国と比べて国民の教育レベルに差があるので」

「ほほう。お前の国はそこまで教育レベルが高いのか?」

「民度に関しては難しいですが、義務教育というのがありまして、6歳から六年間小学校と言う学校で勉強をします」

「6歳? そんな早くからか?」

「はい、そして更に小学校を卒業すると3年間の中学校と言う学校に通います、合わせて9年間の義務教育の期間があるのです」

「なるほど、それは教育レベルも違うか……」

「中学校を出ると、高等学校という所に進学します。これは受験で学生の学力ごとに違う学校に入る形で振り分けられるんです。これが3年。殆どの子供は高校に進学しています」

「さらに、3年か……教育に力を入れた国なのじゃな」

「そうですね、ただどちらかと言うと人の学力などで人材をふるい分ける意味のほうが今では強いかもしれませんが、高校を卒業すると更に勉強をするものは大学に入学します」

「大学……まだ勉強をさせるのか。恐ろしい話だ。しかし働かず学びばかりしていて国力が落ちないのか?」

「農業でも工業でも生産性がこの世界と違いますので。ただ大学まで進学する学生はさすがに減りますが、大学じゃなくても専門学校や短期大学などで仕事の専門的な学問を身につける教育機関もあります。大学は4年間ありまして、ストレートに大学を卒業すると22歳ですか。更に勉強を充実させたい学生は大学院にすすみ、その道のエキスパートとして学んで行くんです」

「たしかに……その話を聞けば市井の中から政治家というものを選挙で選ぶこともおかしくないな。我が王国で行えばそれなりの教育を受けたものなど貴族か一部の豪商の子くらいになってしまいそうだ」


 なんか王様、真面目というか知識に貪欲だよな。その後もどんどんと地球の政治的なことについて質問を重ねてくる。俺もそんな詳しくは無いが、ニュースとかは見る方だったからある程度答えられるが。合ってるかは保証出来ない。



「なるほど、色んな思想を持った政治家がいるんじゃな」

「そうですね、ただやはり民主主義は多数決で物事が決まるので似たような思考を持つ政治家の集まりみたいなのが出来るんです。大抵は中道と言われる偏らない考えの人達が主になりますね」

「そうなるのか。ちなみに偏った考えというと?」

「私の国では右、左と言う表現をするのですが、右寄りの考えですと皇帝を祭り上げ皇帝中心に物を考えるという感じでしょうか。で、左寄りというと、共産主義とか社会主義と言った国民をすべて平等にというのを目指した考えですね」

「ふむ……だがその共産主義や社会主義は国民から受け入れられそうではないか?」

「そうですね、例えば共産主義と言うのはすべての土地、物、それがすべての国民の共有財産といった考えをするんです。だから農地とかもすべて国の物で、農民は国という1つの会社に雇われる感じで働き、すべての国民が同じ様に一定の給料を得るという。だから基本的に貧富の差が産まれませんよといった考えなんです」

「ううむ……確かに理想的な考えではありそうだが、伯爵はどう思う?」


 ピケ伯爵は興味深そうに俺の話をじっと聞いていたが、国王に振られると表情も変えず答える。


「それでは国が発展しないでしょうな」

「なに? それは何故じゃ?」

「片手間で働いても必死に働いても国民が一定の給料を得られる。同じ報酬ならどうするか。人は楽を知ればそちらに傾くのは当然の理。国の生産性は下がる一方でしょうな」

「そういうものか……」

「もう1つ、その国の富を割り振る者も気になりますな。民が皆平等であるというのは理想。理想というのは現実との乖離が起こる。理想を旨に富を割り振るものが現実との間に苦しめば。現実を捨て理想に逃げ込む。民はそんな無能についていくでしょうか。そして振り分けるものも民を無能と断ずる。歪んだ政治が行われるのでは」


 うわあ……この人。この一瞬で地球の歴史を見てきたような感想出してきたよ、おい。


「ショーゴ。今の意見はどうじゃ?」

「え? いや。まさにその通りで。共産主義国で軍国化や虐殺が起こり、民は飢える状況が生まれ。やがて世界は少しづつ民主主義に流れていきました」


 ……


 ……



「今日は面白い話を聞けて良かった。はるばるゲネブまで来たかいが有ったというものじゃ。このジローというのもとても美味かったぞ」

「ありがとうございます」

「次はテンイチという食べ物を食べさせてもらえると聞いた。楽しみにしてるぞ」

「え? あ。はい」


 そしてようやく俺は執務室から開放される。聞いていただけのオヤジだがなにやら満足げに行くぞなんて言ってる。心労マックスじゃねえか。しかも後日テンイチタイムまであるのかよ。


 執務室を出ると、先程の青年が魔力の抑制具を外してくれた。なんとなく家に帰って靴下を脱いだときのようなサッパリ感にホッとする。



「オヤジさん。やっぱ俺が呼ばれたのってジローあまり関係ないでしょ?」

「ん? まあ……そういう一面もあるな」

「やっぱり……」


 料理場に行くと既に他の料理人たちは帰宅していた。イザというときのために宿直室には当番の料理人が寝ているらしいが。そのままジローを片付けると、今日もオヤジと一緒に帰宅していく。


「流石にこの時間だとベルも帰ってますよね?」

「そうだな。まあそれでも何か問題あったらメモを残すように言ってあるから一度店に行くんだ」

「なるほど。明日はテンイチ作るんです?」

「いや、2日続けては出さないな。明日は夜食は俺たちで違うものを作って出すから休んで良いぞ」

「助かるなあ。流石に今日は精神的に参りましたよ。お言葉に甘えて1日休むことにします」



 家に帰ったがみつ子は居なかった。結局アルストロメリアの友達の所に泊まったのだろう。だいぶ気疲れしまくったからな。たまにはベッドを独占してゆっくり休むのもいいかもしれない。

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