第179話 正月休みは旅行に 7
「あのう……俺たちそろそろ街を出たいんですが」
さかんにみつ子に話しかけるアルティノンに声をかけると、初めて俺の存在に気がついたようにこっちを見る。
「君は?」
「みつ子の連れです」
「なっ!! ほっ本当なのか?」
驚愕の表情のままアルティノンがみつ子に聞く。みつ子はおとなしくうなずいている。天を仰ぎしばし目をつむるアルティノンを中心に、重い空気が振りまかれる。
……
……
だから、何? この間
みつ子が沈黙に耐えきれずアルティノンに声をかける。
「あのう……」
「はっ。すいません。いえ。なんでも無いです。運命とはいかに残酷であるかと考えておりました」
「はあ」
「しかし障害が大きいほど、それを達成した時の感動は大きな物になります」
「はあ」
「何か困ったことが有ればいつでも私を頼って下さい。私は決して諦めませんので」
「あ、ありがとうございます」
可哀想に。一目惚れってやつだろうな。
だが、みつ子には俺がいる…………んだよな? ここまでイケメンだと不安が無いわけじゃない。名前から言って貴族様だろうしな。
街の門まで送ってくれるとアルティノンは俺たちについてくる。みつ子の隣をきっちりキープして。俺はとりあえず後ろから2人を眺めていた。
アルティノンはこの街じゃ恐らく有名なアイドル的な存在なのだろうか。街を歩いていると若い女性たちが顔を赤らめてアルティノンをチラチラと見ているのが散見される。流石に貴族様に声をかけてくる事は無いが。正直そんな超絶イケメンの人生と言うのも味わってみたいものだ。
「それでは、冒険者ギルドに行く途中だったのですか?」
「はい。昨夜何者かがギルドに侵入して納品された魔物の死体を盗んだと聞きまして」
「魔物の死体を? そう言えばゲネブでも同じ様な事件がありましたよ」
「ゲネブでですか?……なるほどかなり大きな組織が動いている可能性もあるのですね」
ふうむ。オークの親玉の件もあったがそういうのってたまに有るのかな。
門までたどり着くと、アルティノンが首からかけていたネックレスを外し、みつ子に渡そうとする。みつ子も流石に「は?」という困り顔でお断りしている。うん。からかい半分に見てたけど、なんとなくそれはちょっとやりすぎだよな。
「いやいやいや。お兄さん。流石にそれは無いわ」
「なっ。何???」
「俺の連れだって言いましたでしょ? 宝飾品を、しかも自分のネックレスを外して人の連れに渡そうとするなんて、騎士道に反しません? 不貞行為ギリギリですな」
「ぐぐ……そう……だな。すまん」
「冒険者ギルドに行く仕事があるんですよね? もうここで十分なんで。早くお勤めをすましてください」
「わっわかった」
それでもなかなか去らないアルティノンに背を向け、門から出ていく。みつ子も少し苦笑いをしながら別れを告げあとについてくる。少し離れた所で振り向くとまだ門の前でアルティノンがこちらを見ていた。
「走るか?」
「そうだね」
「まさにMMKだな」
「MMK? なにそれ」
「もてて、もてて、こまっちゃう。の略だ」
「うわ、知らない。あ。もしかして、ウィッシュ! の人?」
「いやあ、もっともっと昔の言葉かな?」
「なんだ死語か」
「流行語は死なんよ、何度でも蘇る」
「なんだ死語か」
「……」
ちょっぴりの不安も、一緒にだべりながら走っていくとすぐに吹き飛んでいく。日本を懐かしむネタは微妙にジェネレーションギャップが多いが、そんなネタを会話に混ぜるあたり、望郷の念と言うより日本出身という俺とみつ子の強い関係性をあえて強調するような、そんな独占欲が漏れているような。……そういう気持ちもあったりするのかもしれないな。
よくよく考えるとこれだけ一緒に2人だけで居られたのも初めてだよな。なんだかんだいってこの旅をして良かった。
特に問題も起こらずにウーノ村までたどり着く。
「どうする? ラモーンズホテル行く?」
「チソットさんの顔見たいんでしょ」
「ちょっとだけね。この世界の知り合いってそんな居ないしなあ」
「良いよ。結構お金使っちゃったしね」
チソットさんを訪れると喜んで家に招かれる。むしろ食い気味でやっと来た! と言うくらいの歓待を受ける。なんだろうと思っていると。
「もうゲネブまで行くか悩んだんですけどね。ようやく顔を出してくれましたか」
「どっどうしました?」
「昨年エルフの集落のお土産に頂いた魔道具の設計図ですけどね、なんとか完成して受験に行くユーヤ達に持たせることが出来たんですよ」
「ああああ。ありましたね。そんな事」
「あれ? あまり気にしていなかったんですか?」
「え? いや。何ていうか全くあの図面が理解できなかったので……」
「そうですね。あ。まずは見てもらったほうが良いですね」
そう言うとチソットさんが自分の部屋から40cm四方はありそうな鉄の塊を持ってきた。なんか箱から紐状のものが伸びて筒のようなものに繋がっており、箱にも短い筒が付いていてレバーの様なものと、横にグルグルと回せそうなハンドルと……まさか。
みつ子もその形でなんとなく魔道具の使いみちを推測したようだ。
「これって……電話?」
「あ、やっぱりそう思う?」
それを聞いてチソットさんが嬉しそうに言う。
「ユーヤさんもデンワと言う事を言っていましたねえ。多分そのデンワというものであっていると思います」
そう言うと、チソットさんがおもむろに箱の横についているハンドルをグルグルと回し始める。しばらく回すと紐のついた筒を自分の耳に当てる。
「……もしもし。ユーヤさんですか? はい。……はい……いえ、今ショーゴさんとミツコさんが家に来てまして……はい。変わりますね」
おおおお。やっぱりこの世界でも「もしもし」はデフォか!!!
チソットさんに手招きされ、受け取った筒を耳に当てる。
「もしもし?」
『お~。省吾か。すげえだろ。電話だぞ。これ』
「ああ、今見てっていうか、今使ってるからわかるけどな」
『お前がエルフの集落から持ってきた図面からチソットがここまで仕上げたんだ。すげえだろ』
「ああ、さっきチソットさんからそれ聞いたから知ってるよ」
『あれ? 感動薄いなあ。20年もこっちに居ると1年くらいの省吾とジェネレーションギャップも出来るんだな。もう俺これ感動しちまって。ほんと。こんな遠い王都から会話が出来るんだぜ』
「いやあ。十分感動してるぜ、裕也のテンションが高すぎてついていけなかっただけな。でもコレ有ればホント便利だよな」
『おう。コレでチソットもグラハム・ベルだなっ! そう言えばみっちゃんも居るんか?』
「ああ、今横で聞いてる。替わるよ」
横で耳を澄ますみつ子に筒を渡す。みつ子も少しワクワクした顔でそれを受け取る。
「もしもし? みつ子です……はい。そうですね。……ああ。そうかもしれませんね。……え? 私は全然ありですよ……ホントですよ~。……はい。……はい。……ありがとうございます。がんばりますよっ!」
うん。俺のときよりだいぶちゃんとした会話をしてるじゃねえか。ていうか何をがんばるんだ?
やがて音が小さくなり始めたような事を言いながら、急ぐ感じで「じゃあまたです」と電話を終わりにしていた。まだ魔石の消費がかなり多いようであまり長くはしゃべれないらしい。みつ子が最後俺に替わろうとしたが、間に合わなそうで別れの挨拶をすませたようだ。それでも。コレはすげえな。
「省吾君にも作ってもらうようにお願いしてあるから、出来たらまた話そうって」
「おう……え? これ3台あっても使えるんですか?」
「そこのレバーでチャンネルを5つ設定できるので、今の所5台まで共有して使えます。今は3台目を作っているんですよ」
「おおお。すごいっすね」
その後夕食を頂きながらひたすらチソットさんからこの電話の理論を語られるが。ほとんど意味不明だった。当然みつ子も解ってない顔だった。ただ。この電話は龍脈伝えに音声を繋げているようで、同じ龍脈上ならどんなに離れていても会話は出来るということは分かった。携帯の様に色々持ち歩けるものではないが、十分だろう。
もしかしたらエルフの集落は龍脈沿いでは無いのでコレを使った実験なども出来なくて、それであのばあさんは図面だけで製作をしなかったのかもしれないな。
盛り上がりすぎて気がつくとだいぶ遅い時間になってしまい、結局ラモーンズホテルの銭湯には入れなかったが、チソットさんの家の風呂に入らせて頂いた。気を使ったチソットさんが俺とみつ子に別々の部屋を用意してくれたため、久しぶりに1人で夜を過ごした。
※MMK=もてて・もてて・こまっちゃう:たぶん20世紀末くらいにガングロギャルだかコギャルだかが使ってた謎言語。他にMK5(エム・ケー・ファイブ)=マジで・キレる・5秒前、みたいな言葉が流行?してた。物語の設定上みつ子が生まれた頃の言葉で当然知らない。
ウィッシュの人は、某元総理の孫で略語を芸風にしてる人。
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