第178話 正月休みは旅行に 6
翌日、朝早くから出発の準備をしてエリックさんの迎えを待つ。枝はなんとか次元鞄にしまえたが、買った魔道具のプレートは鞄の入り口より大きかったのでみつ子と1つづつ紐でくくりつけ持つ。
迎えに来てくれたエリックさんと門まで行くと、フォルとベントラさんが見送りに来てくれていた。
「兄貴、隊商が来たら一緒にゲネブまで帰りますのでもう少し修行させて貰います。それとこの手紙を母ちゃんに」
「おう、元気な顔を見れてよかった。修行した腕前も見たかったけどな。また今度だな」
そんな事を言うと凸凹師弟が心外だという顔をする。
「兄貴ぃ。木々の愛は見せびらかす物じゃ無いっす」
「そうだよく言ったフォル。見せびらかせて良いのは己の肉体だけだ。そうだな?」
「はい。師匠!」
……やっぱ心配なんだけど。
ちらっとみつ子を見ると必死に笑いをこらえている。
駆け足でシュワの街に向かうものの、なんとなしに雲行きが怪しい。せめて龍脈にたどり着くまではと思ったが、早々に雨が振り始める。
「こんなところで雨とは、ついてないな」
「ううう、裾がグチャグチャだよ。ゲーターみたいなの作ろうかな」
落ちている枯れ木も湿ってるようで焚き火も出来ない。貰った神樹の枝を焚き火に焚べて魔物除けの効果を見たかったがそれも難しそうだ。
商人たちが積み上げた塀を使ってタープを張り、中で2人で寄り添ってお互いの体温でなんとか暖を取る。雨の中の野営は最低だが、こうして2人でくっついているというのは中々悪くないかもな。
「省吾君、ゲネブにもどったら良い雨具買いなよ」
「でもコレでも十分中までは濡れないぜ?」
「これ防水用のオイルレザーでしょ? 中蒸れない? 私のはあまり油ギトギトして無くてしかも透湿素材。たぶんずっと快適よ」
「ああ、確かにまだ金の余裕のない頃に買ったからなあ、今度見てみるよ」
結局シュワの街に到着するまで雨は続いた。
「ん? ヌタ村から来たのか?」
「エルフの集落に行ってきたんです」
「依頼か? 2人だけでよくあそこまで行ってこれたな。なにはともあれ無事で良かった。雨の中ご苦労だったな」
「ほんと、ついてないっすよ」
ヌタ村に向かう方角の門はあまり通る人間が居ない。暇そうな門番と軽く会話を交わし街の中に入っていった。
「早くお風呂に入りたいよ」
「今日は普通の部屋でいいだろ? 流石に毎度は贅沢できないから」
「うん。いいよ。私とお風呂に入りたくないなら」
「いやまあ、そういう訳じゃないけどね、どうせ一緒の布団で寝るんだし」
「よし贅沢は敵ね……あれ?」
門からすぐの、街の片隅に1人の男が雨の中佇んでいた。なんていうか、真っ白な顔に雨に濡れた白髪がぺったりと付き、ブツブツ呟きながら曇天を見上げている。やがて俺たちの目線に気がつくとそのまま街の中に消えていった。
「なんか凄い顔色悪かったけど大丈夫か?」
「うーん。今の人アルビノっぽくなかった?」
「アルビノ? 生まれつき色素のない人だっけ? チラッとこっち見た時目は赤かったぜ?」
「たしかアルビノの人って目が赤くなった気がする」
「ううむ……」
まあ、いろんな人が居るんだろうな。雨も降ってるし俺たちは急ぎホテルに向かった。
ラモーンズホテルで一夜を過ごすと、翌日には再び太陽が昇り温かい日が戻ってくる。なんとなく朝風呂も入り、少しだけゆっくりめにホテルをチェックアウトする。
既に鐘も鳴り、とっくに街は目を覚ましている。昨日までの雨で外に出れなかった人達が鬱憤を晴らすかのように一気に街に繰り出しているかのようだ。そんな人混みの中を街の門に向けて歩いていると、突然声をかけられる。
「おう、お前ら冒険者か? あまり見ねえ顔だな」
3人連れのいかにも冒険者然とした小汚いな男たちだ。
「はあ、まあそんな感じです。ゲネブから来たので」
「ほう、都会っ子か。ふむ。やっぱいい女じゃねえか。な? 言ったろ?」
背中に大剣を背負った男がみつ子をじっとりと見ながら、仲間たちに向かって自分の見立てを自慢するかのように言う。連れの仲間はグヘヘと厭らしい笑い顔でそれを受ける。
……え? まさか?
少し期待に胸を膨らませていると、みつ子が俺に話しかけてくる。
「省吾君、なんでそんなキラキラした目で期待に胸を膨らませてるのよ」
「え? 分かる? いやあこういうのあまり無かったからさ」
「確かにテンプレっぽいけどねえ」
「おいおい、なんか仲良く2人で話しちゃってよ。おじさん寂しいぜ」
「あ、すいません」
「シュワの街は初めてか、俺が案内してやろう」
「いや、今から帰るところなんで大丈夫です」
「ふうん……よし、しょうがねえ。坊主、お前は1人で帰れ」
「え? 何を言ってるんですか」
「うるせえ! スパズの癖に冒険者気取りやがって。痛い目に会いたくねえだろ?」
おおおおお。久しぶりに言われたなあ。スパズ。よしいい感じでムカついてきたな――
「お前たち何をしてる!」
その時少し離れた所から輝くような金髪を靡かせ、綺羅びやかな鎧に身を包んだ青年が近づいてきた。
男たちはその男を見ると明らかに動揺をしている。
「い、いや。なんでもねえです。初めてシュワの街に来たみてえだから案内してやろうと」
「本当ですか?」
青年は俺のことなど居ないかのようにみつ子を見つめて尋ねてくる。ていうか。こいつ、メチャクチャイケメンじゃねえか。つい先日までイケメンエルフのエリックさんと一緒にいたが負けないくらいのレベルだ。当のみつ子は顔を真赤にして俯いて肩を震わせていた。
こいつ……笑いを堪えていやがる!
「怖くて震えてるじゃないか! お前達名前は?」
「い、いや名乗るほどじゃねえよ。なあ?」
「あ、ああ。いっ行こうか」
そう言うと、すごすごと去っていく。
ああ……せっかくのテンプレが……。
みつ子はようやく笑いが収まり、イケメンにありがとうございますと100万ドルの笑顔を振りまいていた。
「もう大丈夫だ。私はこの街の騎士団を任されているアルティノン・ピアッツェと言うものだ。すまない。冒険者ギルドの連中は荒っぽい連中が多いからな、だがシュワの街のイメージを悪くしないでもらいたい」
「あ、はい。大丈夫です」
「……君の名前を教えてもらってもいいか?」
「え? 私のですか?」
「あ、いやっ。取り調べとかじゃないんだ。ただ……こんな美しい人を見たことがなくて」
「まあ……お愛想でも嬉しいですわ。みつ子。みつ子と申します」
「おお、ミツコさんですか。素敵な名前だ」
……えーと。
何? これ。
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