第175話 正月休みは旅行に 3
流石にジャックもみつ子の魔法に唖然としている。いやまあ、俺もだいぶ悪ノリして煽っちまったからな。ジャックが収めるなら俺も収めるぜ? でも、少なくとも先に抜いたのはお前だからな。
突然の斬り合いにあっけにとられていた商人達も我に返り必死にジャックを止める。そりゃそうだ。雇い主としては勝手に仕事中に喧嘩を始めたら大問題だ。ビキニアーマーちゃん達も全身を使いジャックを宥めている。
俺もなんとなく居づらい空気にみつ子とそっとその場を離れていく。そんな俺達に気がついたジャックが声を掛けてきた。
「お前の顔覚えておくからな」
「え? 男にも興味あるんですか?」
「ああ? ふざけた野郎だ……ん? 思い出したぞ。お前あの店でシシリー――」
「わわわあわわああ! ホントにごめんなさい! 申し訳有りませんでした! 今度ゲネブで会ったら何かご馳走させてくださいっ!」
「お前なんかと飯なんて食わねえよっ!」
「それではっ! 失礼しますっ! また稽古付けてくださいっ!」
さ。ここに長居は良くない。面舵逃げろだ。
しばらく無言のまま歩いていくが、なんとなく空気が重い。沈黙恐怖症ってこういうのか。
「あれは省吾君も悪いからね」
「はい。ごめんなさい」
「もう。中身は大人なんでしょ?」
「ええ。まあ。はい。ついツボにはいってしまいまして」
「気をつけてくださいね」
しばらく説教が続く。言いたいことを言ってみつ子も少し機嫌が収まってくる。
まあ、いきなり目の前で男が斬り合い始めたら、そりゃ不機嫌にも成るわな。でも。俺は被害者だし。言い過ぎたけど。
「……みっちゃん?」
「ん?」
「やっぱ、あのままだと厳しかったかな……」
「うーん。そうね。Aランクは伊達じゃないわよ。まだ何かありそうだったし」
「俺もまだまだだなあ。もうちょっと頑張らないと」
「省吾君はまだ転生して1年くらいじゃない。これからよ。一緒に頑張ろ」
「おう!」
まあシシリーさんとは何かが有ったわけじゃないが、なんとなく知られないほうが太平を享受出来る気がするんだよな。まあ、ビキニアーマー凝視しちまったけど。
それは男の性だ。
走らないがそれでも急ぎ目で2日掛けてポロ村までたどり着く。一応交通の要所と言うことで宿はあるが、いまいちパッとしない宿に2人で泊まる。
「そろそろまた走っていいから」
「お、大丈夫そうかな? 辛かったら言ってね」
「ありがと」
ポロ村で泊まった次の日、みつ子も大丈夫そうなのでそこからシュワの街までダッシュで向かった。シュワの街では以前来た時は、護衛任務を一緒に行ったロンドさん達に薦められた宿で泊まったが、調べてみるとどうやらシュワの街にもラモーンズホテルは有るようなのでそちらに向う。
シュワの街は、子爵領の首都的な街で領主の館も有る。いわゆる県庁所在地的な場所だ。ゲネブと比べればかなり規模は小さく感じてしまうが、街の中心部にある広場ではバザール的な屋台の並ぶ場所があり、ゲネブとは違った趣があって気に入っている。みつ子と出会った思い出の場所だしな。
そして今日は13月28日。いわゆる大晦日だ。以前見た日常的な喧騒とちょっと雰囲気が代わりお祭りのようなウキウキする空気が街を染めていた。
早速ラモーンズホテルにチェックインする。今日は年越しだからな。みつ子と相談し少しスィート的な高めの部屋を取った。ホテルは4階建てで、4階の街中に面した部屋で窓からは中央広場の屋台村が一望できて楽しい。
「花火とか上がるのかな?」
「花火は見たこと無いよ。王都では新年に国王が新年の挨拶みたいなのをしたりしてたよ」
「なるほど。あれ? 戴冠式でここの領主も王都に行っちゃっているのかな?」
「どうだろう。戴冠式から結構経つし帰ってきてるんじゃないかな」
窓から街の喧騒を眺めながらとりとめのない話をする。随分広いベットに思わずジャンプして飛び込みたくなるが、みつ子にストップをかけられる。2日間野営したんだから、お風呂に入って綺麗にしてからと。みつ子が部屋についたお風呂に湯を貯め始める。
なんとなく日本の温泉宿のイメージで部屋に風呂が付いていても大浴場に行きたくなってしまうが。この世界じゃ個室に風呂が付いているなんてかなりの贅沢だ。それを楽しまないのは勿体ない。ということらしい。
「そろそろお湯が溜まったよ~」
風呂場の方からみつ子が声をかけてくる。
「あ~。みっちゃん先入りなよ」
「ねえねえ。ギリギリ2人でも行けそうだよ」
「お、おおおう。そうっすか」
日も沈み、夜の帳が降りようとも大晦日の夜はまだまだ明るい。街中のありったけの光の魔道具を集めたような屋台村は眠らない街のように人々を受け入れる。
この世界の正月は言ってみれば真夏だ。少し蒸し暑い喧騒の中をみつ子と手をつないで食べ物を求めて歩く。女性特有の細くて柔らかい手の感触に全集中しながら<女性耐性>のスキルでも生えてくれないかななんてどうでもいいことを考えていた。
「やっぱり焼き牡蠣のお店探すんでしょ?」
「シュワに来たら食べておきたいよね」
うろ覚えの中、グラッツ焼きの屋台を見つける。おばちゃんは俺たちの顔を覚えてくれていた。「いつもは仕事中にこんなの飲まないんだけどね」とエールをゴクゴクと飲みながら、おばちゃんも年越しの空気を楽しんでいるようだ。わざわざ食べに来てくれた事にかなり喜んでくれて、1人1個づつおまけもしてくれる。
「兄ちゃんたち、前より距離が近くなった感じだねえ」
「え? そっそうですか?」
「うーん。見りゃわかるよ。もう結婚したのかい?」
「いやいや。まだそこまでは」
「はー。こんな別嬪さんなかなか見つからないよ。早い所抑えちゃわないと他の男に取られちゃうよ」
「はははは」
おばちゃんもいい感じで酒が回ってるのか、絡み方も酔っ払いのそれだ。まあ嫌な感じじゃないけどね。
「おばさん解ってるぅ~。でも私が省吾君離さないから大丈夫だよ」
「はっはっはっは。幸せだねえあんた」
「はははは」
ガラ~ン。ガラ~ン。ガラ~ン。
やがて新年を知らせる鐘の音が鳴り響く。周りで酒を飲んでる人達がお互いに新年を祝いながら乾杯をする。ここから更に飲み直すんだろうな。
「みっちゃん。あけましておめでとう」
「おめでとう。今年もよろしくね」
もぐもぐと飴玉の様なものを舐めながら楽しそうに笑うみつ子を見ていると、たまらなくなる。年越しカウントダウン的な気持ちの盛り上がりも後押しするのだろうか。やばい。愛が止まらないってやつだ。可愛いぜ。
おもむろにみつ子の唇を奪う。
「ん?……んん」
「ヒューヒュー。熱いねえ!」
「おいおい。新年早々燃えてるね~」
周りの酔っ払い達がからかってくるが、あまり気にもならない。
やがて2人の唇が離れると真っ赤になったみつ子が抗議してくる。
「も~、飴なめてたのにぃ」
「ふっふっふ。美味しゅうございました」
そう言いながら俺は口に含んだ飴玉をみせつける。
「私の飴取ったな~」
今夜はみんなオールナイトで楽しむのだろうか。いつまで経っても人が減る気配が無い。屋台も閉める様子もなくいつまでも年越しの夜を楽しむようだ。
俺たちは頃合いを見てホテルに戻る。もうゲネブに帰るのが遅くなるのは決定してるのでこの際楽しんじゃおうともう1泊する予定だ。流石に走ってシュワの街まで来たからな、あまり遅くまでは起きていられない。それでも2人で両手いっぱいに食べ物を買い、頃合いを見てホテルに戻った。
うん。いい年になると思う。
ていうか。良い異世界ライフになってきたんじゃないか?
ハッピーニューイヤー!
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