第162話 フェスの打ち上げ

 この日は、戴冠式フェスティバルの打ち上げということでジロー屋のオヤジが夕食を振る舞ってくれると言う話があった。最終日にやってきたみつ子の分も用意してくれると言うので時間を合わせて向かう予定だった。


「まだちょっと時間有るわよね?」

「そうだなあ。なんか買いたい物でも?」

「一度ロシナンテの様子を見に行きたくて」

「ロシナンテ?」


 ロシナンテとはみつ子の騎獣に名付けた名前だった。リーグルと言う動物はこの世界でロバと同じ様な使われ方をしており、ロバと言えばロシナンテでしょ? と言うのがみつ子の話だった。


 ゲネブの北門から出て東の方にある厩舎団地の1つにロシナンテは預けられている。ゲネブには基本的に騎獣の持ち込みは禁止されているので城壁の外側に騎獣を預けるスペースがあり、業者が騎獣を預かり管理をするビジネスが成立している。これだけの街だ。業者も数多く居るのだが、みつ子が預けた業者の店主は……なんとも胡散臭い雰囲気のおっさんだった。


(大丈夫なのか? このオヤジ)

(ロシナンテがこの人が良いって言ったのよ)

(マジか。マタタビみたいなのポケットに忍ばしたりしてたんじゃねえ?)


「ヒッヒッヒ。どうしました?」

「え? いや。なんか厩舎があまり入ってないですねえって」

「ヒッヒッヒ。これは手厳しい。人は人のナリで判断しちゃいますからねえ。しかし騎獣はちがいますよ。ちゃーんと誰に面倒を見てもらいたいのか分かるんでさあ。ヒッヒッヒ」

「はあ……」


 うわあ。うさんくせえ。でもまあ、何故かみつ子はロシナンテの気持ちが分かるなんて言ってるからな。あまり突っ込めねえ。

 しかしロシナンテは元気そうだ。嬉しそうにみつ子の顔をベロベロなめている。みつ子も嬉しそうにヨシヨシなんてやっている。ムツゴロウさんかよ。


 とりあえずオヤジに商業ギルドの会社の口座から毎月の預かり料を引き落とし出来るか聞いてみる。


「ヒッヒッヒ。これは若社長様でしたかあ。大丈夫でさあ。明日……明後日には書類を用意しておきまさあ。ヒッヒッヒ」

「……あ、ああ、頼むよ」




 みつ子がロシナンテとの交流を十分に堪能するのを待ち、再び街の中に戻る。


「省吾君」

「ん? どうした?」

「ちょっと顔がベタベタになっちゃったから、旅館でお風呂入ってきても良い?」

「……そうだね」



 さっぱりしたみつ子とジロー屋に行くと既にモーザとスティーブも来ていた。カウンターでは黙々と料理を作るオヤジと、その後ろでキラキラ目を輝かせているベルがいた。作ってる感じから今日はジローとかじゃなさそうだ。


「ごめん、遅れたかい?」

「大丈夫だ。もう少しで始められる所だ」


 なんとか間に合ったようだ。今日はお店からのお礼と言うことでサクラ商事の面々はお客様扱いをしてもらえる。


 出てきた料理は、フルコースとまでは行かないが、領主の館で料理長をしていたオヤジの本領発揮といった感じで、なかなか普段お目にかかれないような手の混んだ料理が出てくる。


 スティーブはナイフとフォークの使い方が分からないとキョロキョロしていたが、オヤジに好きなように食べれば良いんだと言われ、思い切ってガツガツ食べ始める。


「やべえ。さすがオヤジさんだ。旨すぎるな」

「ああ、高級料理店に行ってもこのレベルのはなかなかお目にかかれねえよ」


 モーザはこなれた感じでお上品に食べてはいるが出てくる料理には感動しているようだ。


「省吾君、サクラ商事に入ると毎日こんな料理が食べられるのねっ!」

「いや。それはないから」

「ふふふ。だよねー」


 料理が全て出されると、手伝いをしていたベルもオヤジに言われカウンターで食べ始める。お祭りで何も手伝っていないのにすいませんと言いながらもナイフとフォークの動きは止まらない。


「師匠……やはり通常の料理もこのレベルで作れるようにならないとテンイチは作れないのですねっ!」

「いや。テンイチはもっと簡単だぞ」

「え……でも素晴らしいです。ずっと料理を見ていましたが、やはり師匠は凄いです!」


 オヤジも皆に旨い旨いと連呼されて満更でもないようだ。たまにはこういう料理も作らないと腕が鈍るからなと照れたようにいう。


「腕が錆びないように、たまにこういうの食べさせてくださいね」

「次は金取るぞ」

「おっとぉ?」


 3日間、大分働き詰めで疲れたが、この1食で皆苦労もぶっ飛んだ。



 明日から教会の依頼の仕事が始まる。

 おそらく自分で狩りをすることが出来ないストレスもあるだろう。

 そんなストレスがマックスに成ったら、オヤジにまた美味しい料理を振る舞ってもらおうじゃないか。



「今日はごちそうさま」

「まあジロー屋のオヤジのふるまいだけどね」

「それでもよ。王都でもあんな美味しい料理を食べたこと無かったわ」

「そうだろうそうだろう。あんなオヤジだけど領主の館で料理長してたらしいからね」

「ホントに!? でもそれを聞くと納得できるね」


 まあみつ子もなかなか食に貪欲そうな感じがするからな。満足してくれたようで良かった。みつ子の歓迎会もドサクサに紛れてやっちゃえた感じだしな。


「それで、教会の依頼って。私も手伝っていいの?」

「ああ、うん。明日日の出に事務所に来てもらっても良い?」

「了解。お腹もいっぱいだし、今日はすぐに寝れちゃいそう」

「じゃあ、また明日。旅館までは帰れるね?」

「うん大丈夫……だと思う」

「……やっぱ送るよ」

「へへへ。ありがとう」


 みつ子を「花の家」まで送る。

 なんとなく今日はみつ子からぶっちゃけ話を聞かされ、宿に入っていくみつ子の後ろ姿がいつまでも頭の中をリフレインする。


 なんか、俺の異世界ライフも少し色づいて来たんじゃないか? そんな事を考えると家に向かう足取りも軽くなる。

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