第159話 戴冠式フェス 2

 二日目は、オヤジの予想通り前日と比べて客が増えてくる。昼の途中で夕方の分のスープが足りなそうだと店に戻っていった。麺は昨日の夜にさんざん作らされたのでなんとかなりそうか。以前の試食のときは手打ちと言っていたが、今回のために細麺を打てる製麺機を用意してくれてあったので俺でも作れたわけだ。



チャラチャン♪ チャラッチャ♪ チャラチャン♪



 昼の忙しい時間帯がようやく落ち着いてきた頃、仮装の様な変な格好をした人たちが楽器をかき鳴らし中央通りを歩いていく。それを子供たちが追って付いて歩いている。


「なんだあれ?」

「ああ、劇団の客寄せのパレードだろ?」

「劇もやってるのか」

「今回の祭りで無料上演するらしいからそれだろ?」

「まあ、俺達は見に行けなそうだな」


 劇は、この王国の初代国王が国がない時代の村々の豪族のような小さい集まりを纏めて一つの国に纏めるまでの話のようだ。庶民向けにはもしかしたら勇者の冒険談とかのほうが向いている気もするが、流石に戴冠式のフェステバルで王国に対して革命未遂をした英雄の話なんてNGだろうな。



 一応店には俺かオヤジのどちらかは居るようにしているため、オヤジがスープ作りに行ってしまった今、オレはここを離れられない。まあ、こうやって露店サイドでの参加も楽しいっちゃ楽しい。たまに大道芸人みたいなのが踊りながら通ったりするしな。スティーブとかは美味しいものがあるとおみやげに買ってきてくれたりするんだ。





 最終日は日が落ちるまでにテントの撤収までしないといけないため、今日はスープの追加は無しで、スープが終わったら店じまいにする予定だ。早めに終わってくれればもうちょい祭りを楽しめそうかな。


「ショーゴ。祭り見たければ行ってきていいぞ」


 昼の混み出す前に突然オヤジが言う。


「へ? これから混んでくるじゃないっすか」

「今日はスープの追加はしねえから、俺もずっとここにいるからな。見歩きたそうにウズウズしてるじゃねえか」

「まあ、色々見てみたいっすけど。良いんすか?」

「ああ、まあ適当に帰ってこいよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」



 オヤジのくせに味な真似を。昨日ずっとテンイチ作ってたから気を使ってくれたかね。とりあえず中央通り沿いに露店を眺めながら歩く。初日にも少し歩いたが見たのは近場だけなので違う料理系の屋台が集まるブロックも見てみたいな。


 散策しながら歩いていると、見覚えのある店を見つける。鉄板の上でガラガラと牡蠣を焼いている。シュワの街で見たグラッツ焼きじゃねえか。ゲネブにもあったのかと近寄ると、あれ。あの時のおばちゃんだった。


「あれ、シュワから来たんですか?」

「あら? 知ってるのかい? まあ冒険者ならシュワの街にも顔は出すわよね」

「シュワの街は一度しか行ってないですが、おばちゃんのグラッツ焼きはきっちり食べましたからね、いやあ。ゲネブで食べれるとは嬉しいなあ」

「嬉しいこと言うね、どうする? 食べていくんだろ?」


 話によると商業ギルドの依頼でシュワの街から3店舗ほどが騎獣車提供の上、宿泊代も出してもらってゲネブの祭りの為に呼ばれているらしい。シュワの街でも簡単な祭りは開催されているようで、呼ぶにはそのくらいは必要なんだろうな。


 以前のように3つ頼む。1つは塩でパクリ。うん。うめえ! まあシュワの街で食べるのと比べて輸送で鮮度は落ちちゃうのかもしれないが、ちゃんと旨い。


 たしか、次はこのルカン……レモンだな。それを絞ってパクリ。


「うーん。やっぱこれ好きだわ」

「ほう、ちゃんと食べ方も覚えてるわね。最後は……」

「プームオイルでっ!」

「正解!」


 プームオイルを軽く垂らし、頬張る。く~。うまい!……ん?


 あれ?


「おばちゃん、ありがとう。今度はシュワの街に食べにいくからっ!」

「あいよ。待ってるからね」


 牡蠣の殻を備え付けのゴミ箱に入れると気になった方に向かう。しかし見かけた人影は人混みに紛れ見えなくなってしまった。


 

 居ねえな。今たしかに……居たよな?



 しばらく人混みの中をかき分けて探す。

 と。ようやく見つけたその子はジロー屋の前でオヤジに注文をしていた。


 エポレットの付いた制服に、次元鞄をポケットに縫い付けたリュックサック。ワインレッドの髪は少し伸びたかな? だいぶ久しぶりだよな。


「ん? もう戻ってきたのか?」


 オヤジが俺の姿に気が付き声をかけてくる。それにつられて女の子もコチラを振り向いた。なんとなく初めて会ったときを思い出す。そう言えばあのときもこんな感じで。俺を見て、驚いたように目を見開いて……。



「あ……」


「こちら向島海洋高校ヨット部?」


「うん、って何その玉?」


「玉かよっ!」


 予想以上にロマンチックな再会とはならなかった。




 ズズズ。ズズズ。


 ジロー屋の露店の裏で椅子に座ってみつ子がテンイチを啜っている。俺はその横で啜るみつ子に龍珠の話などをしている。


「それにしてもすごいね、これ作り方知ってたの?」

「あー。まあねえ。昔ネットを見て作ったことがあってさ」

「へえ、結構再現性高いじゃん」

「うちの近くにテンイチ無かったからね」


 それから俺の近況等を聞いてくるので、冒険者ギルドを退会した話などする。みつ子も驚いては居たが、自分の会社を設立して同じようなことをやっていると言うと省吾君っぽいかもね。なんて笑っていた。


 それにしても目の前で客にテンイチを作りながら、オヤジとモーザとスティーブの3人はチラチラとコチラを気にしている。どうも落ち着かねえ。


「じゃあ、そこの2人の子が社員さんなの?」

「おう、黒髪のほうがモーザで、小さい方はスティーブっていうんだ」

「で、他には?」

「え?」

「他にも居ないの?」

「あ、もうひとりフォルってのが居るんだけど今はエルフの集落に修行に行ってる」

「エルフの? どうして?」

「ああ、フォルは木魔法の適正が強くてさ、エルフの集落に木魔法のイロハが伝わってるみたいでね、エリックさんが連れてってくれたみたい。裕也の所で修行させてた流れで行っちゃったらしくてさ、俺も聞いた話なんだけどね」

「へえ、エリックさんなら安心だね。で。他には?」

「いや、それだけだって」

「ホントに?」


 おいおい、なんだ? やけに疑い深いな、みつ子は何を言いたい……あ。


「いやいやいやいや。ハーレムなんて作ってねえって」

「うーん。本当ですか?」

「いや、まじで本当ですって」

「ふーん……まあ信じましょう」


 うん、何を疑っているんだか。


「おじさん、ちょっとだけ省吾君借りていい?」


 そして唐突にオヤジにお願いを始める。オヤジはちょっとしどろもどろにもうじきスープが終わるから撤収作業には戻ってこいと答える。

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