第五章 ゲネブの省吾 ~謎の玉偏~

第147話 謎の玉

 10月の半ば。あと2週間ほどでパテック王国の新国王の戴冠式が行われるにあたりここゲネブでも盛大なフェステバルが開催されるという。街の至る所でフェステバルに向けての準備をしている姿を見かける。

 特に新王となるエリプス王子は第3王子でありながら、ゲネブ公が後ろ盾となりオーティス・ピケ子爵の手腕により擁立した王だ。王子は幼少期にゲネブで数年過ごした事もあり、ゲネブを優遇した政策が行われるのじゃないかと、ゲネブの住民もそんな噂に花を咲かせている。


 エリプス王子は、ピケ子爵の影響も強く革新的な王になると言われており、スパズとバカにされ不遇な扱いを受けがちな俺たち黒目黒髪の人間にとっても何かが変わるかもしれないと期待する者も居るだろう。


 話によると即位の後、新年を挟み新国王のゲネブへの訪問も計画されているという。これはパテック王国内でのゲネブ公の威を内外に知らしめると言う政治的な目論見も有るのだろうが。暫くの間ゲネブは騒がしくなりそうだ。



 ……


 ……



「なんじゃこりゃ……」


 そんな中、俺は布団の上に寝転がり頭を悩ませていた。



 この日、目を覚ますとすぐにそれに気がついた。

 俺の顔の上1mちょいの所に何やら金色の玉が漂っているのだ。玉はソフトボールくらいのサイズだろうか、ガラスのように光沢の有る表面で中から金色の光が仄かににじみ出てくる。玉自体が何やら濃い魔力の塊のようにも感じる。


 ワケがわからないまま一時間ほどにらみ合いを続けるが、玉は動く兆しが見られない。消える素振りもない。手を伸ばそうとも微妙に届かない位置にあり、起き上がって触っても良いのか悩んでしまう。



 布団で寝転がったまま辺りを確認すると、ベッドの脇に剣が置いてあるのに気がつく。


 ……そうだな、これで突いてみるか。


 そろりと布団の隅まで体をずらしていくと、玉も同じ様に俺の動く方にずれていく。


 気味が悪い。


 ついてくる玉に驚き、思わずベッドから落ちてしまう。焦りつつ玉を確認すると、落ちた分だけ玉は高さを落とし、先ほどと同じ距離を維持していた。


「なんだよ、それ」


 ようやく手に触れた剣を玉に向かってそっと伸ばす。玉は避けようともせずに漂い続けている。


 コツン。


 コツンと硬質な感覚を確認した瞬間ピリッとしびれるような刺激に襲われ、思わず剣を手放した。


「おおおお、今ピリッてきたな」



 やはりワケがわからん。


 

 しかしいつまでもこうしていても埒が明かない。玉から何かをしてくる様子は無いので、とりあえずそっと起き上がってみる。するとそれに合わせ玉は高さを変え、やはり等間隔を維持しているようだ。


 一応、動いても大丈夫そうか?


 立ち上がるもやはり同じ状態だ。なんとなくなんとかなりそうな気分になり、もうこいつの事は無視してシャワーを浴びることにした。シャワールームに向かう間も玉はフワフワと俺についてくる。


 シャワールームの入り口はどうなるのかと思ったが、玉は入り口の囲いを避けるようにシャワールームまで入ってくる。


 うん。障害物は見えているようだ。


 まさか呪いじゃねえよな? このアパートに棲む幽霊とか人魂とか? まあ2時間も一緒にいるとなんとなく慣れてくる。時間も時間だしこのまま事務所に向かうか。





 フォルがエルフの集落に修行に行ってしまっているため、現在のサクラ商事は3人体制だ。修行が終わってスティーブ等が帰ってきて一ヶ月ほどの間、ちまちまと仕事を受けながら経営している。クレイジーミートの噂を聞いたのか、一度人気のないレストランから商業ギルド伝でテコ入れを依頼されたりもしたが、基本は雑用的な事をしてる。そういうのも商業ギルドが色々気を使って仕事を回してくれている。もしかしたら受付のサラさんの温情かもしれないが、何れにしてもありがたいことだ。


 ただ、スティーブはまだ純粋な子供だから良いが、モーザの方はもっと刺激的なことをしたい様で、最近グレ始めている。護衛依頼とか来てほしいのだろう。


 実は先日、ゲネブ公からダンジョンの通行許可証が届き何度かダンジョンに入った。モーザはもっと行きたがるが、スティーブが年齢的に引っかかるらしく、行けるのは俺とモーザになってしまう。そのためスティーブが他の仕事に行っている時くらいにしか行けず、そこまで2度程潜ったきりだ。現在はソロでのダンジョンへの入場は制限されているようで、モーザも1人で勝手に、と言うのも出来ない。



 ゲネブのダンジョンは過去の勇者のパーティーが当時の最深層である69層をクリアして以来誰もそこまで潜れては居ない。それから200年ほど経っているため今では75層くらいまであるんじゃないかとも言われている。


 俺達はまだ15層あたりまでしか進んでいないが、そのくらいだと結構余裕で行けている。20層からオークが出ると言うことで、そこら辺が今の段階だと丁度いい練習場になるんだと思うが、迷宮のようなダンジョンでなかなか進むのが時間がかかるんだ。




 事務所に向かう途中、すれ違う人たちが俺の上に浮かんでる玉を2度見する。そりゃそうだよな、剣と魔法の世界だから大騒ぎにはならないけど、俺だって見たことねえ。ただ、普段からスパズは目立つから、人に2度見されるのには慣れている。


 事務所に行くと、既に2人は来ていた。今はもう2人に合鍵を渡してあるので、俺が遅れる分には問題ないのだが。


「おは――。な、なんです? それ???」


 入ってきた俺に挨拶しようとしたスティーブが俺の上を漂う金の玉を見て聞いてくる。


「いや、それが良くわからないんだよ。朝起きたらあった」

「解らないって……」



「おお? なんだその玉」


 給湯室……奥の小部屋に魔導コンロ等設置してお茶などを淹れられるようにしてあるのだが。そこから出てきたモーザも俺の上の玉を見て聞いてくる。


「いや。だから良くわからないんだよ。朝起きたら上に漂ってて。それで遅くなったんだ」

「ふむ……大丈夫なのか?」

「それも良くわからない」

「触っても?」

「それは止めたほうが――」


「うおお! ピリってしたぞ」


 言い終わる前に指でつついたモーザが静電気アタックを受けたようにびっくりして手を引っ込める。


「だから止めろと」

「しびれるって言えよっ!」

「言う前に触ったんだろ!」


 勝手に触って勝手にビリってなって勝手にプリプリしやがって。


「呪いか?」

「わかんねえ。後で商業ギルドで鑑定してもらおうかと思ってる」

「それが良いな、突然爆発したりするかもしれねえしな」

「やめてっ! そういうの!」


 ホントに止めて欲しい。


 朝から何も食っていないのでちょっと腹が減っている。そろそろジロー屋のオヤジも仕込みをしているはずだ。ちょっと何か食わしてもらうか。


 モーザとスティーブは朝食を食べてきたようでいらないと言うので1人で1階に降りていった。



「ん? なんだそれ?」


 やはりオヤジも俺の玉を見て聞いてくる。何度目かの説明をして賄いのボア丼を出してもらう。ボア丼と言っても、ご飯にジローに乗せる肉を適当に乗せてタレをかけただけの簡単なものだ。


「そんなの聞いたこと無いぞ? 大丈夫なのか?」

「解らねえっす。とりあえず飯食ったら鑑定してもらいに行ってきますよ」


 ううむ

 ホント、なんだろうな?

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