第145話 ゲネブに戻る。

 朝。ホテルで精算を済ましていると後ろから声がかかる。


「か、帰るのか?」


 アルストロメリアの例の獣人だ。少し気まずそうに声をかけてきた。後ろでタンクのパシャと魔法使いのエルメも居たが2人は目も合わさずにレストランに入っていった。


「ああ。お前らと違ってノルマが有るわけじゃないからな。ゲネブで用もあるし」

「そうか……」

「あんま地元の人間困らせないようにな。場所場所でローカルルールってのがあるんだ」

「……わかったよ」


 ん? 分かったのか? 割と説得というより説教に近かったが。

 いや……むしろ罵倒だったな。


「まあ、そういうことだ。気をつけてな」

「お前……みつ子の良い人なのか?」

「ブッッ!!! はぁあ? そんなんじゃねえよっ! てかなんで急にみつ子の話がっ」

「数ヶ月前にみつ子がこっちに1人で旅行に来て。帰ってきたらアルストロメリアを抜けたいって言い出したんだ」

「みつ子がか? なんで?」

「知らねえよっ。だからお前が関係してるのかと思って……」

「ううむ……で、みつ子は辞めたのか?」

「いや、パンテールさんが説得して、とりあえず大きい仕事が有るからそれまでは居てくれって」

「……そうか」


 ううむ。みつ子こっちに来るつもりなのかな? まあみつ子ならうちの社員としては上等すぎるしな。歓迎だけど。それでもみつ子の話を少し聞けたのは良かったかもな。


 みつ子の事は良くわからないと適当にごまかし、俺達はホテルを出た。

 モーザがちょっと半笑いで聞いてくる。


「みつ子って誰だ?」

「ん~。同郷の子だ。まあ幼馴染的な?」

「ほう。良い人なのか? くっくっく。」

「くっ!」


 こういうネタは皆食いついて困る。




 村の門をくぐるとヨーイドンで走り始める。


 これには驚きだ。昨日モーザと2人で<瞬動>のオーブを割ったのだが、初速度がいきなり出る。<頑丈>の無いモーザなんて足の皮剥けるんじゃね? って感じだ。基本的な走りの速さが上がるわけじゃないがすぐにトップスピードに達する感じだ。


 これに人気がないって、そもそものこの世界の住人の戦闘ノウハウが怪しいんじゃねえか? 確かに<剛力>的なスキルを使っても同じ様に初めの蹴り足が強くなれば一気に急加速は出来るが。戦闘なんて瞬間的に動かなくちゃいけないシーンはいくらでもある。優先順位が高くてもおかしくないと思うんだが。


「あ? 普通スキルの器なんて3個4個分なんだぞ? お前や俺のように10個も20個もスキル入れられるやつなんてそんな居ねえからだろ? 優先順位で言えば下がるだろう」

「う……そう言えば裕也がそんな事言ってたな。モーザも恐らく加護持ちだろうしな。そうかフォルやスティーブにもとか思ったが、あいつらがそんな余裕あるかと言うと微妙なのか」


 今度、フォルやスティーブにどんなもんか聞いてみるか。




 その夜は、道中に夜営をし、次の日の夕方くらいにはゲネブに付く。


 相変わらず、外に出た帰りはゲネブの外周の囲いが見えてくるとホッとする。西門から街に入れば、我が家に帰ってきた感が強い。もう完全に俺もゲネブっ子だなあなんて思う。


 今日はこのまま夕飯をジローで食べて解散しようと言う話になる。


「おお、帰ってきたか」


 夕飯時なのか、少し混み合う店でオヤジが声をかけてきた。どうやら裕也組は昨日帰ってきたようだ。タイミングとしてはまあいい感じか。鍵を貸したということでもしかしたらまだ二階にいると言われる。


 感知を縦方向に向けてみるとたしかに3人いるようだ。急ぎ目でジローをすすり事務所に向かった。



 事務所に入ると裕也とスティーブそしてリンクがソファーに座っていた。俺が帰ってきたのを裕也は気がついていたらしく驚いたような素振りは見せない。


「おう、今帰ったよ。昨日ゲネブに戻ってきたんだって?」

「ん? おう、昨日の昼にこっちに来たんだ」


 あれ? なんかテンションが低めだな?


 ……あれ? そういえばフォルはどうした?


 キョロキョロ辺りを探すとそれに気がついた裕也とスティーブの表情が暗い。リンクなんてそっぽを向く……なんかあったのか?


「あの……フォルは?」

「いや……そのな……フォルは――」


 言いにくそうな裕也がフォルの名前を口にするとスティーブが横から入ってきた。


「僕が悪いんです! すいません!」

「いや、スティーブのせいじゃない」


 おいおい……まさか。

 嫌な予感が持ち上がる。


「おい……どういうことだ?」

「それがな……」

「なんなんだよッ!」


 裕也の歯切れが悪い。

 まじか……



 ……ふと横でリンクがヘルメットのようなものを被りながら右手で変な立て札を持ち上げる。



 『ドッキリ 大成功!』



「……」


「チャンチャン♪」


 振り向くと裕也が嬉しそうに笑ってる。スティーブも楽しそうに笑ってる。リンクも腹を抱えて爆笑している。


 俺? ……笑えるわけねえじゃん。


「じゃかしぃ! 何がチャンチャンじゃあ! おのれらそこに正座じゃっ!!!!」


 ……



「たく……まったく使い古されたネタを仕込みやがって」

「いやまあ、な。懐かしいだろ?」

「知るかッ! まだ特番で定期的にやってるんじゃねえのか?」

 

 裕也組がウーノ村に合宿をしての滞在中に、エリシアさんの兄であるエリックがエルフの集落から裕也たちに会いにやってきたらしい。ハヤトが王立学院に行くということで王都に行ってしまう話をしてあったのでその前にと言うことだったらしいが。まあエリシアの父親の族長は未だに駆け落ちしたと許してないようで来なかったようだが。


 その時に、フォルが木魔法の練習をしている話から、どうせならエルフの集落に優秀な木魔法の使い手や、教育のノウハウがあるからと誘われ、フォルはそのままエリック達とエルフの集落に向かったらしい。流石に一度ゲネブで母親に会って許可をと裕也は言ったらしいが、フォルはすぐにでも行きたいと集落に帰るエリックさんに付いて行ったという。


 一応、昨日フォルの家を訪ねて母親には伝えたらしいのだが、母親はなぜか裕也を信頼しているようで、フォルが成長するなら何でもやってくださいと言うことだった。


 まあ、エリックさんならフォルを任せても大丈夫だろう。


 

 しかしまあ、今日はぶっ通しで走ってきた後だし何もする気は起こらない。モーザも少し疲れた顔をしていたので解散することにする。裕也は明日また家に帰り、そこから準備をして王都に向かうということなので、今夜は裕也の相手かな。


 ちょっと今日の裕也はやりすぎたが。日本を思い出す懐かしいネタだったのでしばらくすれば怒りなんて収まる。


 と思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る