第116話 森での訓練 0

 居酒屋での一週間が終わり、次の仕事が決まらないまま俺はフォルに勉強を教えていた。この国の文字は日本語のように難しい漢字があるタイプより、英語等の様にアルファベット的なものの組み合わせで出来ている。言語理解のスキルのおかげとは言え、何故か分かる文字を教えていく。違和感は半端ない。


 てっきりフォルは勉強を嫌がると思ったが意外に楽しんでいるようで、足し算、引き算は割と直ぐにマスターした。まあ、日本でも小学生がやるようなものだから教えればすぐなんだろうけどな。今は九九を必死に暗唱させている。


 ホントはそろばんや複式簿記などが出来れば、商会の仕事などもこなせるように成るのかもしれないが、俺自身がそろばんの使い方も簿記も解らないので教えられない。特に小学校の授業で少し教わっただけなのだが、すぐにスケボー代わりに乗ったりして壊してしまったのは痛い思い出だ。


 しかもこの国のそろばんは玉が5つあるので、もっとわからない。




 そして、とうとうモーザが事務所にやって来た。フォルと同じく牢屋で一緒になった仲間だ。さらに俺と一緒の黒目黒髪! なんか他人事じゃないんだよなあ。


「おお。モーザよ。よくぞ我が事務所に!」

「いや。なんでお前釈放されてるの? ていうか領主様に行けと言われたんだけどなんで? 何者なのお前?」

「まあまあ、そこは追々な」


 モーザに事務所の方向性などを説明していく。途中に、それって冒険者と一緒じゃん。などというツッコミは入ったが。そこは無視した。


 オヤジさんのボーンズさんは代々警備団に務める家系のようで、黒目黒髪と言えどちゃんと学校に通わせて読み書きなどはちゃんと出来るようだ。得物は槍を使うという。これも子供の頃からオヤジさんに仕込まれてるようで自信はあるという。


 始めは先輩風を吹かせるような対応をしていたが、モーザの話を聞いている内にフォルがだんだんと小さくなっていく。年齢も俺の1個上だしな。




「で、ところでお前は戦えるのか?」


 お、おおお。ビンビン来るなあ。


「まあ、それなりには出来るつもりだぜ?」

「ほう、レベルはどのくらいだ?」

「多分20だ」

「そんな高くねえな。あまり経験ないんじゃねえのか?」


 すると大人しく聞いていたフォルが不満げに食いついてきた。


「おうおう。モーザさんよ。兄貴は強えぞ。あんまり舐めねえ方が良いんじゃ無いっすか?」


 おいおい、どこのチンピラだよ。

 まあ、段々揃ってきたんだ。ピクニック代わりにトレーニング合宿でもやろうか。


「よっし。じゃあ明日から何日か森の奥に行こうぜ。もう一人ツテがあるからそいつにも声かけてくるからさ」

「は? いきなり泊りでか?」

「まあ、良いだろトレーニングもしたいし、モーザの実力も知っておきたい」


 フォルは母親が夜の仕事を始めたので、妹が夜1人になるのを心配するかと思ったが、何でも同じ長屋のおばちゃんとかに見てもらえるとかで泊りで行くのも問題ないと言う。


 モーザに契約金だと、金貨を何枚か渡し明日からの野営も出来る準備をするように指示する。いきなり渡された金貨に驚いて返そうとしてきたが、強引に渡し今日のところは帰らせる。俺はフォルとリンク達の家に向かった。




「ショーゴ君。釈放されたって聞いてホッとしてたんだよ、出てきたんならもっと早く顔出しなよ」


 ドアから顔を出したカーラさんが若干不機嫌そうに言う。そう言えばそうだな。この家でお酒を飲んでの帰りの事件だ。カーラさんも責任感じちゃっていたかもしれない。なんかバタバタしてると色々取りこぼしていそうで怖い。


「申し訳ありません。つい色々忙しくて」

「ふん、それで今日はスティーブかい?」

「あ、はい」


 2人の従業員を引き連れて、訓練の合宿に森に3泊ほど予定している話をするとカーラさんの表情が曇る。


「3泊って……スティーブはまだ13よ?」


 む……そうか言われてみれば非常識なのか? だがこの世界のそこらへんの常識的なラインがわからないからなあ。今回はフォルとモーザだけで行くか。


「うーん。言われてみればそうですね。あ、ただ事務所はもう開きましたのでいつでも顔を出すように伝えてください」

「分かったわ、ただショーゴくんも無理しないでね」

「はい。ありがとうございます」


 その時。階段でじっと話を聞いていたスティーブが部屋に入ってきた。うん。話を聞いてるの感知はしてたんだよな。


「母さん。僕、その狩りに行きたい」


 おおう。思ったより前向きでイイねえ。


「あんた何言って――」


 スティーブの言葉にカーラさんが何かを言おうとしたが、スティーブの意を決したような表情に言葉を止める。しばしの沈黙の後、言葉を重ねた。


「ふう。やっぱりアナタもファーブルの子なのね……分かったわ。でも夜お父さんが帰ってきて許可をもらったらよ」

「うん! ありがとう!」


 よし。楽しくなってきた!

 スティーブに事務所の場所を教え、とりあえずの待ち合わせ時間などを伝え、家を後にする。



 俺はその足で店を周り、フォルの旅の準備などをしていく。それから武器屋に向かった。


 練習にあたって裕也程の強さも回復魔法も無いからな。そう言う構成でのパワーレベリングには俺がタンク役をやるのが1番な気がするんだ。幸い俺のスキルは比較的タンク向きだ。

 今から裕也に盾を、なんてのは無理だからな。仕方無しに普通に売ってるのを探すしかない。


「うーん。守り特化の盾か」

「はい、出来れば両手で持てるような感じが有れば良いんですが」

「その体でデッカイ鉄の塊を持てるのか?」

「多分両手なら持てると思いますが。魔力を纏わせられるので魔物の素材とかでも良いです」

「なに? 魔力の操作が出来るのか。若いのに大したもんだな」


 そう言うと、武器屋のオヤジはこげ茶色の大きめの楕円形をした盾を持ってきた。


「これはツイストビートルの前羽を一枚使った盾だ。ツイストビートルの角は槍の素材で人気があるんだがな、この前羽もかなりの強度がある。普通は裁断して鎧を作るんだがな、その分割高に成るが物はいいぞ」


 なんか良さそうだが、どう使うんだ? 裏側に真ん中と辺縁部分に金属の板で裏打ちしてあり、そこに持ち手が2つ楕円の上下に横向きに付いている。これ普通に両手で持つと横にならないか?


「それは持ち手を逆手に持って肘まであてて支えるんだ。下の持ち手はいざという時に両手持ちするのに付いているだけだな」


 ふむ。いやでも。タンクで攻撃をしないで相手をストップさせるだけなら両手で持って使ってもいいのか。良さそうかな。


「おじちゃん、でこれいくら?」

「5万でどうだ?」

「げ。やっぱたけえな」

「ツイストビートルはBランクの魔物だぞ? それでも最近は片手の小さい盾ばかり売れるから値下げはしてるんだ。どうだ?」

「うーん。わかった、じゃあ貰うよ」


 セットで背負えるように出来るアダプターのような物を付けてもらう。確かにこのサイズだと次元鞄に入らないから背負うしか無いんだろうな。マジックバックなら入るのかもしれないが。そこまで背中の次元鞄が邪魔にならないようで助かる。


 その後。食料などを買い求め。明日の準備をすませ帰宅した。


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