第115話 居酒屋バイト 4

 一週間と言ったが、休みもカウントするのだろうか? そこら辺を適当に仕事を受けてしまったのは反省ですな。


 昨日フォルに聞いた所、フォルの母親――名前はスフェールというらしい――はまだ仕事が決まっておらず当ても無いため働けるのなら働かせてもらいたいと言う事だった。商業ギルドで職員の求人を出しても、基本身分証のあるランクの人間しか紹介をしておらず、スラムに住むスフェールは知り合いのツテなどで仕事を探すしか無かったようだ。


 まあ、腰の低すぎる気弱なイメージなので、酔っぱらい相手に仕事が務まるか心配ではあるが、俺の任期中になるべく接遇の指導はしていこうと思ってる。



 店長としては猫の手も借りたいのだろう。スフェールと待ち合わせ一緒に店に行くと喜んで受け入れてくれる。まずは1つクリアだ。母親と言っても40前なので実は転生前の俺よりは若いんだけどな。


 お通しは、一昨日と同じポルトサラダ。もうこれ固定でも良いと思うが。そこら辺はあとは店長とハミルさんにおまかせで。それより2人になったと言う事で、店長がそろそろ外の椅子も下ろしたそうだ。スフェールが未知数だが、やる気はありそうだ。1人で子供を2人育ててきたんだ。そういう母親は強い。



 実際やってみると、外の席を希望するお客さんが割りと多い。そして外で飲んでる姿を見て店内に入ってくる客も少なからず居る感じだ。今まで一度も満席に成ったことは無かったのだが、本日は満席になる時間帯も出る感じだった。


「お疲れさまです。どうです? 続けられそうですか?」

「はい。本当に仕事まで探していただきありがとうございます。フォルも最近勉強まで教えていただいているようで、もうなんとお礼していいか……」

「いやいやいや。大丈夫ですから、むしろ手を貸していただいて助かってますので」


 相変わらず超低姿勢だが、仕事は問題無さそうだ。あとは、もうちょっと元気に。だな。




 そして次の日。いよいよ商業ギルドからの紹介で1人の青年が入ってきた。20歳そこそこの好青年だ。店長は残り2日。仕事を教えたりの引き継ぎをしてくれと言ってきた。


 ん。やはり休日はカウントしての一週間なのか。


 実は居酒屋で新しいスタッフがやって来たらずっとやってみたい事が有ったんだよな。昔何かのドキュメントで観た某居酒屋の名物の本気の朝礼。

 正直。テレビで見た時はドン引きしまくりなので。夢を語ったりはしねえけど。大声出す練習にはあんな感じでやっておけば良いんじゃないかな? って。


 店長とハミルさんは??? という顔をしていたが。恒例の朝礼を行いますので集まってくださいと、皆をホールに集めて丸く向き合ってもらう。


「えー。省吾です。皆さんがこのクレイジーミートでの仕事を希望して頂いたおかげで。無事に後ろ髪引かれること無く。お店を去ることが出来ます。今度はお客としてここに来たいと思いますので、その時に皆様の元気な仕事っぷりが見られますように期待して恒例の朝礼を始めたいと思います」


 ちょっと引き気味の店長が、おずおずと手を挙げる。


「えー。何をするんだ?」


 せっかく恒例って前フリしたのにもう壊しやがってオヤジが。しょうがない。


「まずは声出しです。元気に働くには元気な声が一番です。僕が居なくなった時は店長が仕切りますのでちゃんと見ていてください」

「お、おう」


「まず、僕がいらっしゃいませ。と言ったら、続いて皆さんもいらっしゃいませ。と叫んでください。小さい声では意味ないですからね。その後どんどん違う掛け声をしていきますので、それも1つづつあとに続いて唱和していってください」

「……」


 俺は、ふうと息を吸い込み。大声で始める。


「それでは! 今日もクレイジーミートに来て頂いたお客様に! 元気を分けてあげられますように! 声出しを行います!」

「……」


「あ、大きな声で。はい。と返事をしてください。皆ですよ」

「……は、はい」


「それでは! 今日もクレイジーミートに来て頂いたお客様に! 元気を分けてあげられますように! 声出しを行います!」

「はい!」


「いらっしゃいませ!」

「い、いらっしゃいませ」


「もっと大きな声でお願いします。いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ」


「もっと出せます。腹から思いっきり行きましょう。いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ!」


「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ!」


「少々お待ち下さい!」

「少々お待ち下さい!」


「ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」


「エールはいかがっすか!」

「え、エールはいかがっすか!」


「店長、もっと出ます! エールはいかがっすか!」

「エールはいかがっすか!」


「ご一緒に。ポルトはいかがっすか!」

「ご一緒に。ポルトはいかがっすか!」


……


……


……



 ふう。やべえ。なんか気持ちい~。 こうやってるとブラック企業が育ってしまうかもしれないが。まあそれはそれ。恥ずかしそうに顔を真赤にして声を出すハミルさんがめちゃくちゃ可愛かったぜ。おっとり美人ですからね。


 朝礼が終わると、少し上気した顔で新人の青年が話しかけてきた。


「いやあ。ショーゴ君。これは気合が入るね!」

「そ、そうっすか? 頑張って仕事しましょう」

「はい!」


 うん。彼は単純で良かった。俺だったら……すぐ辞めてしまうかもしれないな。うん。



 だが効果は有ったようだ。彼もそうだがスフェールさんも大きな声で良い感じの対応が出来ている。日本で見た朝礼はブラック企業が社員に仕事に対する生き甲斐的な感情を誘導して自主的に働かせる類の洗脳に思えたが。単純な声出しだけなら接客業の基本に成るから良いんじゃないかなとは思うんだ。


 次の日も同じ様に朝礼を行い。

 俺の居酒屋バイトの一週間は終了した。


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