第114話 居酒屋バイト 3
「くぅううう。なんだこれ。うめえな!」
「ありがとうございます! 冷たいエールにはソーセージが良く合いますよ。ご一緒にどうですか?」
「おお、じゃあ、それとエールをもう一杯!」
にひひ。冷えたエールはやはりかなりの評判だ。米酒はかなりのお値段になってしまうのであまりお勧めしにくいが、このエールならそんな高くないし勧めやすい。ただ冷やすだけで温暖なゲネブではかなりの人気になりそうな気がする。
まあ、ホントの酒飲みはビールを常温で飲むって話も聞くことは聞くからな、冷たくなくていいやって客も居ることは居る。見ていると比較的若めのお客さんの方が冷えたエールを喜ぶ感じだ。
「ショーゴ君、今日はエールが出るわね」
「冷やして正解でしたね」
うん。樽のサイズは見ていると規格があるのか、ほぼ決まってそうだからな。樽専用の冷蔵庫みたいなの作れねえかな? お。良い案じゃね? ランゲ爺さんに教えてみるか。うまく商品化すればまた……むふふ。
あとは、この世界に「お通し」的な文化は無いようだ。席料を取るのがどう影響するか解らないが、待たせないですぐ出せるつまみも用意するのもアリかもしれないなあ。
やがて見知った客もやってくる。
「お? なんでえ。冒険者辞めたと思ったら酒場で働いてるんか?」
「いらっしゃ――げっ」
「げ。って何だよ連れねえじゃねえか」
誰かと思えばザンギパーティーじゃねえか。ザンギは以前エルフの集落に護衛依頼で臨時パーティーを組んだダメダメ男だ。まあいつも酒を飲んでるイメージだからな。ここにいてもおかしくないか。
「申し訳有りません。ザンギさんいらっしゃいませ」
「なんか、よそよそしいなあ」
こいつはうるさそうだからな。隅の目立たない席に案内する。
カウンターに行くとハミルさんがやり取りを見ていたらしく聞いて来る。
「あれ? お知り合い?」
「以前、冒険者をやってたときに一緒に依頼を受けたことがあるんですよ」
「へえ。ショーゴ君冒険者だったんだ」
「もう辞めちゃいましたけどね」
注文は受けていないがとりあえずエールを3杯作ってもらい、ザンギの所に持っていく。
「お? なんだまだ注文してないぞ?」
「今日はこれがお勧めでしてね、まあ、まずはエールで」
「おお。ショーゴのおごりか? 嬉しいな」
「いや、請求はしますけど」
「するんかいっ!」
しかし、三人とも冷たいエールは気に入ったようだ。うしうし。こいつ等は……まあジョグは除外されるが、おしゃべりだからな。他の冒険者にも冷たいエール情報を広めてくれる気がする。
そしてザンギ達はひたすら肉系の料理の注文をする。エールもお代わりだ。
次の日、開店前にハミルさんとポテトサラダならぬポルトサラダを作る。店長自慢のソーセージを多めに使い。手作りのマヨネーズで和えて行く。ちなみにマヨネーズ自体はこの世界にあるのだが、既製品が売っている訳ではなかったので手作りになる。油と卵で作るって程度のうろ覚えだったがハミルさんが知っていたため問題なく作れた。
「これをお客さんが来たらとりあえず小皿に盛って出す感じでやろうと思います」
店長と言えば、ハミルさんが「それ良いじゃない?」と言えばすぐにOKが出る。意外とちょろい。
お通し代を説明するのが面倒だなと思っていたのだが、ハミルさんに相談すると元々席料的なものは貰っていたようで、サービスとしては丁度よい気がする。しかもボウルに大量に作っておけば、来店の度にただ盛り付けて出せば良いから時間もかからない。
「いらっしゃいませ。これお通しになります」
「なんだ? 頼んでねえぞ?」
「料理は注文して出てくるのにお時間がかかりますので、それまでの繋ぎとしてのサービスです。お飲み物はすぐ用意できますのでお決まりでしたらご注文承りますが」
「お、サービスか。ありがてえな。なんか昨日冷たいエールが旨かったって話を聞いてな。今日もあるか?」
「ございますよ、他の方は?」
「ああ、みんなとりあえずエールで良い」
「かしこまりました」
おおお。2日目で冷たいエールの噂を聞きつけた客が来たじゃねえか。良いね良いね。
まあ、冷たいエールの話を聞いて来た客はそのグループくらいだったが、続けてればそのうち評判になるかもしれないな。
……その頃には他の店でも始めているかもしれないが。
明日は週に一日の休日らしい。また明後日に来ますと告げ3日目の仕事を終えた。
次の日。事務所にやってきたフォルに勉強をさせていると階段を上ってくる女性を感知する。何気に事務所への初めての客かもしれない。慌てて勉強道具を片付けさせ、出迎える。
事務所は奥にもう1つ小さめの部屋があるのだが、フォルにはそこで待機してもらう。そのうち簡単なコンロタイプの魔道具でも買って、此処でお茶くらいは入れられるようにしたいなあ。
現れたのはナターシャさんだった。ランゲ爺さんの秘書的な女性だ。相変わらずお美しい。
聞くところによると、冒険者ギルドに魔石磨きで指名依頼を出したら、すでに俺が退会してしまったことを聞いたらしい。その時に対応してくれたのが冒険者ギルドの受付の花シシリーさんだったようで、此処に事務所を開いた話を聞いてここまで来たと言う事だった。
「魔石磨きですね。今日これからとかでも大丈夫ですが、如何でしょうか」
「ランゲも今日は魔石磨きをしていますので、もしよろしければお願いします」
「あ、ちなみにもう1人連れて行ってもいいですか? うちで雇った子なんですが色々と仕事も教えたいので」
「構いません。それでは行きましょうか」
「いいか、仕事は効率と完成度が大事なんだよ。ほれ、ピッカピカになった魔石はキレイだろ? 磨いたあとにウットリと眺めるんだ。仕事に自己満足を注入すれば尚完璧度が増す」
「兄貴は妙な所にこだわるからなあ」
「いや、お前も磨いたらウットリと眺めることから始めろよ」
「え~」
フォルに魔石磨きの楽しさを伝えたいのだが、なかなか難しい。そんな様子を物珍しそうにランゲ爺さんは眺めている。
「そう言えばショーゴ君は今居酒屋で働いてるんだってな。今度ワシも行ってみようかのう」
「いやあ、店の名前からクレイジーミートですからね、脂こってりの肉ばっかなんであんまりお年寄りが好む店じゃないですよ?」
「ううむ、そうか。残念じゃの」
「あ、ただ最近エールを冷やして出してるんですけどね、キンキンに冷えたエールは美味しいですよ」
「ほほう」
ランゲ爺さんにも冷えたエールの魅力を語る。このまま冷えたエールが人気が出るようなら木の樽を冷やすような魔道具が安く作れるなら売れそうな気がするとも。ランゲ爺さんは相変わらず嬉しそうに、そして興味深そうに話を聞いてくれるので、どうも喋りすぎてしまう。
地球に居た頃は、エールの発酵を低温で行う技術が出来てから、ビールが産まれ、ビールの方が衛生管理も楽で広まったと言う話をすると、冷えたエールの話よりだいぶ食いついてきた。
「エール樽を冷やす魔道具は一般には売れにくそうじゃな。卸し先は酒場に成るからニーズが何処まで広がるかじゃな。ゲネブの酒場全部に卸せてももとは取れんからな。まあ、息子に話しては見るが」
むう。そうか商売として成り立つかというと、新商品の宣伝も全国的にやらないと難しいし。コスト削減で今みたいに冷蔵の氷室に樽を入れておけば冷えたエールの提供は出来ちまうもんな。
むつかしいもんだ。
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