第113話 居酒屋バイト 2

 店を開ける時間は居酒屋としては少し早めのため、スタートはゆっくりとなる。外のテーブルは椅子が乗っているままの為、一見してやってないと思われたら困るなと、テーブル一つ一つに「本日は店内席のみの営業とさせていただきます」と張り紙を貼っておいた。

 しばらくすると「お、今日はやってるんじゃねえか」なんて声とともに常連らしき客が入ってきた。何気に飲食の仕事など学生時代にバイトでやった時以来なので、学生時代の気分を思い出し少しワクワクする。


「いらっしゃいませー。お好きなテーブルにどうぞ」



 夕方くらいになると、食事目当ての客が割と居るために酒の出があまりなくホールの仕事もそこまで忙しくない。しかし、日が沈み街並みを飾る街燈が煌々とその主張をし始めると、飲みを目的とした客が増え始める。


「おい、エールだ。3つ!」

「はーい。少々お待ち下さい」


 ひたすらにテーブルの間を行き来しながら注文を取り、カウンターと厨房に注文を報告していく。酒や料理が出来上がればテーブルに運ぶ。そして客が帰ればテーブルを片付ける。息つく暇はない。予想以上に厳しい。


「へえ。ショーゴ君慣れてるわね。ご自宅が料理店だったりするの?」

「いや、昔小遣い稼ぎにちょっと仕事をしたくらいですよ。それにしても皆飲みますねえ」

「そうね、ある程度お客さんの腹が貯まれば店長は楽になるけど、私は止まらないものね」


 そりゃそうだろ。居酒屋って大抵は酒がどのくらい売れるかで売上が決まるからな。料理はいかに酒を旨く飲ますかが大事で、手間暇考えるとそこまで儲けを狙うものじゃない。カウンターに来ている客はむしろ肉よりハミルさんの顔を見ながら飲むのを目当てにしてる客も多そうだ。この世界にあるか解らないがスナックみたいな所で働いたほうが儲けれそうだもんな。


 まあ何でもそうだろうが、居酒屋での接客は抜群の笑顔と元気な対応が大事だと思う。高級店のように仰々しい対応をするよりある程度ざっくばらんの方が良い。


「おーい兄ちゃん。米酒はあるか?」

「米酒ですか? 少々お待ち下さい」


 ん? 米酒だと? 

 すぐにハミルさんの所に行き、米酒があるか聞く。ハミルさんは注文したおじさんの方をみると「ああ、あのお客さんね」と棚の隅の方から陶器の瓶を取り出す。


 ……まさか。


「ここら辺じゃ作ってないから少し高いんだけど、前にあのお客さんに米酒が飲みたいって言われて商会に取り寄せてもらってるのよ」

「すいません、ちょっと舐めるだけでも良いんで味見させてもらっても良いですか?」

「ショーゴ君も初めて見るのかな? 良いわよ」


 ぺろり。


 お。なんか雑な感じだがちょっと日本酒っぽい。どぶろくって感じなのか。

 とりあえず、お客さんに米酒があることを伝えると注文を受ける。


「すいません。うちの料理って米酒が合うんですか?」

「ああ、巷じゃシャルルの果実酒が肉に合うって言うがな、飲み比べれば分かる。絶対米酒のが合う。果実酒は口当たりが良いから若えのはそればっか飲んでるがな、まだ酒の味が広まってねえからな」


 おお。魚介料理に白ワインが合うか日本酒が合うかって論争が有ったがあれの肉バージョンか。でもまあ、味がどうのこうのより実際は手に入らないって方が問題だろうけどな。


「僕は15に成ったばかりで、エールと果実酒しか飲んだこと無いんですよね」

「エールも悪きゃねえ。だがじっくり食べ物と一緒に味わう酒じゃねえだろ?」

「言われてみるとそうですね。ここらへんでも米酒作るように成れば良いですが。でもよく知ってましたね。ここら辺じゃあまり手に入らないらしいじゃないですか」

「おう、今は若いのに任してるが、昔はウチそんな従業員を雇えない小さな商会でな。珍しいものを求めて王国中を行商しまくったんだ」


 なるほど。苦労人なんですな。

 そうこうしていると、他の席から呼ばれ、注文を承りに行く。




 仕事が終わったのは、だいたい深夜12時くらいだろうか。一組だけいつまでもガヤガヤと飲み続けていてキツかったが。最後は1人が酔いつぶれ、仲間達が必死に持ち上げながら帰っていった。


「おう、ショーゴ。明日も同じ時間で来れるな?」

「はい、大丈夫です。でも早く決まると良いですね」

「まったくだ。一週間で決まるといいがな」


 今日来た時の様に机に椅子を載せていく。ハミルさんは食器を洗い終わると「お疲れさまでした」と素早く帰宅していく。俺もそれに倣い片付けを終えると店を出た。



 久々の労働は気持ちいいな。家に帰宅しシャワーを浴びてサクラに身を委ねる。


 なんとなくフォルの母親の働き口が無かったら「クレイジーミート」を紹介するのもありかも? などと考えるが。あの母親のちょっと卑屈さが滲み出る感じだとお酒の席の接客は向いているのか微妙だ。


 ……指導すればなんとかなるかな?


 まあ。あまりお節介してもあれか。まあ、店長が本気で複数人雇うかが問題だしな。




 次の日、みっちり勉強をさせてフラフラしながら帰っていくフォルを見送り、再び「クレイジーミート」に行く。


「おはようございます」


 ハミルさんもそうだったが、夜のお店は夕方でも「おはよう」の様だ。日本でも同じだったなあ。

 店長は、昨日よりは少し態度が軟化してる気がするが。まだ固めだ。昨日ちょこちょこと俺の仕事を覗いていたり、ハミルさんになんか聞いているようだったが。


 しばらくしてハミルさんもやって来て準備を始める。仕込みをある程度済ませたのか店長もカウンターに出てくる。


「昨日やって、どうだ? 外の席はあけられないか?」


 やっぱそこなんだよな。満席にして回したいのは分かるが。


「そもそも、外は注文したいお客さんに気が付きにくいですからね。手一杯に成ってると様子見も出来ないですし。まあオープンにして開放的に飲みたい人が居るのは分かるんですが」

「とりあえず、ギルドの方には募集人員を2名に増やしたぞ」

「ありがとうございます、昨日の状態みていると3人居たほうがお客さんのストレスも少なくなりそうですが、ちゃんとスタッフによく話を聞いてください」

「ううむ」


 そうだ。どうせだから色々提案してみるか。

 この店はもともともっと辺鄙な場所で小さい店をやっていたらしい。だんだん客が入るようになってもっと大きく商売したいと、ちょうどこの貸店舗が空いたタイミングで2年ほど前に移転したという。野心的な店長は新しいのも取り込もうとするに違いない。


「エールなんですが、樽ごと冷やせないですかね?」

「なに? なんで冷やすんだ?」

「ゲネブは気候が温暖だから冷たい飲み物も喜ばれる気がするんですよね」

「そんなのウィスケの水割りとかでいいだろ?」

「いやでも、キンキンに冷やしたエールをぐいって行くのって多分かなり爽快っすよ。そういう他でやってないサービスで他店との差別化を図りましょうよ」

「エールを冷やすか……ハミルさんはどう思う?」


 まあ、酒はハミルさん担当してるしな。ていうかハミルさんは「さん」づけなのか。エロいなオヤジ。


 ハミルさんも面白そうだしやってみようと言うと、すぐに店長はOKを出す。開店までそんなに時間がないのでとりあえず氷室に一樽入れる。凍らせない程度に冷える野菜用の氷室もあるというので、普段はそっちに保存する感じにすれば良さそうだ。

 

 何よりも俺が冷えたビールを飲みたい。エールしかないけど。

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