第112話 居酒屋バイト 1
「すいませーん」
店のドアは鍵が掛かっていなかったのでそのまま中に入っていく。店内もそこそこ広く丸テーブルが8卓ほどあり、それぞれに椅子が4脚ついたセットになってる。今は外と一緒でテーブルの上に椅子がおいてある状態だ。外のテーブルも合わすとそこそこの客が来るようだ。
店長か? 1人カウンターの奥の厨房で何やら作業しているらしく、俺の声に気がつく雰囲気はない。
カウンターまで行き、中に向かってもう一度声をかける。
「すいません。商業ギルドからの依頼で来たものですが」
今度は声に気がついたのか作業している手が止まる。
「おう。ちょっとまってろ。今行く」
しばらくすると店長らしき男がカウンターに出てくる。背はやや低めの若干中年太りが始まったようないかついオッサンが出てくる。
「ん? なんだよスパズか? たく商業ギルドのヤツ、使えるの寄越すって言ったのに」
おいおい。何だこの野郎。いきなりスパズとは。
「黒目黒髪。て言ってくださいね。スパズは無しで」
「ああ? そんなの何だって良いだろ? お前がショーゴか?」
「はい。省吾です。どうしますか? 黒目黒髪が気に入らないのなら帰りますが」
「ん……いや。どうせ次が見つかるまでだ。お前でいい」
おおお。超上からじゃねえか。気持ち良いくらいにムカつくなあ。
うん。しょうがねえ。駄目だここ。
「いや。やはり帰ります。お疲れさまでした」
「お、おいちょっとまて。人が足りねえんだ。勝手に帰るんじゃねえよ」
「勝手に? いきなり初対面の人間にスパズとかいう人間の下で誰が働くんですか?」
「うぐっ。だ、だが黒目黒髪を見れば誰だってスパ――」
「赤目赤髪の人間が来た時も、赤目赤髪が来たとか言います? 言わないでしょ? 黒目黒髪が来たからって言う必要無いですよね? 初対面の人間に、なんだバカが来た。とか言うのと同じじゃないです?」
「解った解った。謝る。悪かった。それでいいだろ? 店が開けられないんだ」
お前の店が開けられないのなんて俺は全く気にならないがな。
しかしまあ。謝罪はしたか。働いてやってもいいぜ。しかし、この店のサイズだと店長と2人じゃ無理なんじゃね?
そんな事を考えていると、入り口から1人の女性が入ってきた。20歳後半くらいのちょっと艶やかな感じのする美人だ。ああ。いいねいいね。もう1人店員いたのか。やっぱり今日は働いてあげよう。
「おはようございます。あ。その子が新しい子? やっと店ちゃんと開けられそうね」
「はじめまして、省吾って言います。商業ギルドからヘルプの依頼をされて来ました。スタッフが決まるまでお手伝いさせていただきます」
「あら? 若いのに随分大人びた子ね。よろしくね。カウンターを担当しているハミルです」
何でも店長が基本厨房で料理を作り。ハミルさんがカウンターでお酒を作ったり、忙しい時は簡単な軽食を担当し、あとはホールスタッフが1名でやっていたらしい。ホールスタッフが辞めてしまったせいで、ここ数日カウンターのみに客を入れての営業をしていたようだ。
ていうか満席になったらぜったい1人じゃ無理なんですが。
「じゃあ、ショーゴ。店内と外の椅子を下ろして準備してくれ。細かい仕事はハミルさんに聞いてくれ」
ん? ちょっと待ってくれよ? 外も?
「ちょっと待って下さい。外のテーブルにもお客さん通すんですか?」
「あ? そりゃそうだろ?」
「いやいやいやいや。ホールスタッフ1人でこの席数普通無理でしょ?」
「何言ってるんだ。今までのスタッフはいつも1人でやってたぞ」
なるほど。辞めるわけだ。ここから始めないと駄目じゃね?
「店長。ホールスタッフの重要性解ってます? 店のイメージは料理の味以上に接客する店員のイメージのほうが大きいんですよ? 中の席だけでも一杯になれば1人じゃ厳しいですよ? 注文が重なれば注文を待たされる客がイライラしますよね? しかもいくつか重なって呼ばれた順番通りに行っても後回しにされた客が先に俺が声かけたのにとかクレームが必ず入る。客が増えれば料理が出てくるのも時間がかかる。時間がかかれば客のイライラは更に積もって、それはすべてホールスタッフに回る。厨房にこもって料理を作ってるだけだと分からないと思いますが、客が文句を言うのは全部ホールスタッフですよ? 前のスタッフもそれで辞めたんじゃないですか?」
ハミルさんも思い当たるようだ。
「そうね、前の子もこんなのきつすぎるって辞めてったわね」
「んぐっ……」
「いや。分かりますよ。経営者としては人件費をなるべく低くしたいってのは。だけど稼ぎたいならそれ相応の投資をしないと駄目だと思いますよ。この店なら3人は必要ですよ」
「解った解った。今日は中だけで良い」
うんうん超不満げだな。コイツ旨いもの出せばそれだけで客が来ると思ってるな。接客の大事さを全く解ってねえな。
ん? そうか。この世界の考え方がそこまでサービスの重要性を重視してないのかもしれないな。接遇のコンサルタント業務とかやっても意外といけそうじゃね?
……よし、全力で行くか。
「すいません。お店の看板メニューってなんですか?」
「あ? 看板? うちは何食べたってうめえんだよ」
「しかし始めてきたお客さんとかに聞かれた時におすすめとか、スタッフが何も答えられないのも変ですし。それか今日の仕入れで一際良い食材があったりとかは無いですか? お酒でも良いんですが。」
「ん? ……ううむ。創業時からやってるのはボアの料理だ。オヤジが狩人しててその獲物をギルドに出すより店で売ったほうが儲かると考えたからな。それで店を始めた」
「今でもお父様は仕事をしているんですか?」
「今は兄貴がやってる。最近は冒険者が狩りをするから狩人は減ってるが、この店があるから兄貴は今でも狩り1本でやっていけてるんだ」
「店長のソーセージは美味しいわよ。私も好きなの」
おう、ハミルさん協力的で良いねえ。ついでにハミルさんに肉に合う酒を聞いてみたがハミルさんはあまりお酒が強いほうじゃ無く解らないらしい。ただ、ステーキとかはシャルルの果実酒などを一緒に飲むお客が多いらしい。
なるほど。そうするとここら辺の狩りで取ってきたのが基本的にはおすすめなのかな。メニューを見ると、実際肉系が多い。肉系に合う酒は正直この世界のは解らないが、チョクチョク残りを舐めてみるか……まあ店に雇われる訳では無いが。
とりあえず、店内をチェックし少し床が汚れているようなので拭き掃除をする。ある程度掃除をして、テーブルから椅子を下ろしていった。
そんな様子をカウンターで洗い終わって干してあるグラスを棚に戻しながらハミルさんがニコニコとみていた。
店が始まる前に、制服というわけでもないがエプロンを借りて付ける。後は髪も一応隠したほうが良いかなと思い、手ぬぐいを頭に被りギュッと縛る。
さて。看板を出すか。
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