第110話 新作試食会 2
お湯が沸くまで時間がかかりそうなので、スープを混ぜながら説明をすることにする。どうせ俺が転生してきてることも知っているんだ。きっちり説明しよう。
「あの、ジローって本当はラーメンって食べ物の中の種類の1つなんですよ。元々はシンプルなラーメンがあって、それを色んな職人がそれぞれのお店で独自のラーメンを開発して、その中の1つがジローなんです」
「ほほう、なるほど。今ゲネブでも色んなジロー屋があるがそれと同じようなものか」
「はい、変り種だとトマトのスープみたいなジロー屋もありますよね。そういうラーメンもありました。麺を食べ終わった後に残ったスープにお米とチーズとか入れてリゾットにしてくれたり。僕も好きでしたよ」
「おお、それもそれで旨そうだな。今日食べさせてくれるのもそのラーメンってやつなんだな?」
「そうです。僕が一番好きだったのがやっぱりジローなんですが、それに負けず劣らず好きだったラーメンがあって、それを再現できないかやってみたんです。初めて作った試作だから本当は公爵に食べさせるようなもんじゃ無いんですが」
「気にするな。むしろそういう試作が楽しいんじゃねえか。ジェラルドの試作品だって死ぬほど食ってるぜ。あんま旨くねえのもあったしな」
オヤジはちょっと心外な顔をしてる。
「で、今回作ったのは天一って言います」
「テンイチ?」
「はい、まあ本当はもっと長い名前なんですが、愛称でいきます。色々あるんで」
「そうか、まあ思い入れがあるんだろうな」
思い入れというか、大人の事情なんだけどな。お湯が沸いてオヤジが茹で始めていいか聞いて来る。スープも沸騰し始めていたので火を止めてお願いする。
出されたどんぶりに、魚醤を入れていく。とりあえずその1つにスープを入れかき混ぜる。そして味を確認しながら砂糖と塩を入れて調節していく。味が決まると大体同じ分量の砂糖と塩をどんぶりに入れ、それぞれにスープを入れていく。
「本当は、テンイチはもっと細くて柔らかい感じの麺を使うんですけど、今日はジローの麺で作ってみます」
しばらくして茹で上がった麺をどんぶりに入れて。ジローのチャーシューもトッピングに使わせてもらう。後はガンジャをみじん切りにして乗せて完成。
「一応あらかじめ言い訳しておきますけど、僕は職人でもなくて単なる趣味で作ったことがあるくらいなので、あんまり過度な期待はやめてくださいね」
「ああ、解ってる解ってる」
解ってると言いつつゲネブ公の期待度は半端なさそうだ。きっとこの旨さを分かって貰えると信じて。
3食出来上がると、俺とオヤジもカウンターの席につき、3人ですすり始める。
「むう」
「おおう」
「旨い」
太麺だろうが負けてない。この麺にきっちり絡んでいくのはドロ系ラーメンの強みだな。
ていうか、俺異世界でなにやってんの? って感じだが。
「ショーゴ。レシピは教えてくれるんだな?」
「はい。その代わりにちょっとお願い事が……」
「なんだ? 何でも言ってみろ」
うん。レシピの為なら何でもやりそうだもんな。オヤジさん。
「うちのフォル……こないだ連れて来た子なんですがね、僕が昼間仕事で相手を出来ないときとか、ここの厨房で下働きに使ってもらっていいですか?」
「それは構わないが、そこまでうちは客がいないぞ?」
「んと、接客とか仕事ってなんだ。って事を教えたいんですよ。給料は要りません」
「……厳しいぞおれは。優しい言葉を掛けたりとか出来ないぞ?」
「それで構いませんよ。生きていく力を育てられれば充分なので」
「わかった。いつでも言え」
まあ、取りあえずその為のテンイチトライだもんな。いやでも。久しぶりにこのドロ系ラーメンを食ったが幸せ感じるよなあ。
「生きていく力か……」
話を聞いていたゲネブ公がボソリと呟く。ん。
「すいません。生意気言っちゃってますよね」
「そんな事はないぞ。スラムの子どもたちも大事な領民だ。優秀な働き手となればそれだけ街は栄える」
「でも、スラムの現状を考えると色々難しそうですね」
「ああ、子爵がスラムの子どもたち向けに学び舎を作る計画をしていたが、国王の選定でな、今はそれどころじゃなくなってるな。もう1人くらい優秀な手駒が欲しいところだ」
「次の国王は決まったのですか?」
そう尋ねるとオヤジが顔色を変える。
「おい、ショーゴそれは……」
「良い良い。今朝連絡が来て第三王子でほぼ決まったようだ。あれに任せて失敗したことは無いからな。それでようやくジローを楽しめる」
「大丈夫です。誰にも言いませんから。ただ、せっかくの機会を違うラーメンにしてしまい申し訳有りません」
「はっはっは。気にするな。テンイチと言ったな。旨かったぞ。汁まで飲み干してしまったわ」
やっぱり豪快な感じだよな。この人。
「なにか望みはあるか? 褒美をやろうか」
「え? いや。そんな大したことしてませんから、試作品ですし」
「旨いものは心を癒してくれる。十分満足したぞ? 冒険者でランクを上げたいとか無いのか?」
「冒険者はギルドを辞めちゃったので今更です。大丈夫です」
とりあえず断るが、オヤジがなんでも頼めば良いのにと突っついてくる。
ううむ。そうかダンジョンに入る許可か……って1人じゃなくなるとなかなか難しいな。
そうだな……あ、第三警備団も領主の管轄下かな?
「あの、第三警備団にボーンズさんって居るんですが。その息子さんが黒目黒髪らしいんです」
「そのボーンズの事か解らないが子供が黒目黒髪で団に入れないという話は聞いたな」
「それって領主権限で何とかならないんですか?」
「それは無理だな。国法で黒目黒髪の授爵は禁止されてるんだ。ナイトになれないなら警備団には入れない。牢屋番みたいな非正規で良ければなんとかなるが」
「法律で決まっちゃってるんですね。牢屋に居た時の飯の配給係とかくらいになっちゃうんですかね……じゃあやっぱりウチの会社に紹介してもらっても良いですか?」
「わかった、クルトに言っておく。だがそんなんで良いのか?」
お、モーザゲット出来るかも。むふふ。
「大丈夫です。人材は何より大事ですからね。ほんとはダンジョンに入りたいなってもの有ったんですが。会社立ち上げてしばらく無理そうなんで」
「サクラ商事か。うまくいくと良いな」
「ブッ……え??? 今日登録したばかりなのにもう情報行っているんですか?」
なんでも子爵が俺の投獄問題もあり、俺の情報はすぐに組織からゲネブ公に行くように最近手配されたらしい。今日この店に来たのも、その情報からジロー屋の2階に開業する話を聞いてオヤジに俺のことを聞こうと言うのもあったようだ。
監視されるのは了解しているが、あまり無茶すると怒られそうで怖いな。
ついでにダンジョンの立入許可証も発行してくれるという。ダメ元で話に混ぜてみたがかなり太っ腹だなやっぱり。ちょっとうれしいぜ。まあ貴族っていうのは腹の中に何を隠しているかわからんが。ジロー好きに悪いやつは居ないと信じよう。
「だが、あまり1人で入ろうとするなよ。最近少し事故が多いようだ」
「冒険者狩りみたいな連中でも居るんですか?」
「いや。その可能性は低いな。あのダンジョンは100年位の周期でスタンピードが起きてる。前回のスタンピードからまだ80年程だが、少しきな臭くなっている気がするんだ」
「マジっすか……」
それって……フラグじゃねえの? 止めてくれよ。
でもまあここまで城壁もしっかりしているし。対応のノウハウはあるんだろうな。と、思うことにしよう。スタンピードでの大活躍は転生者の定番だけど今の所自信はないし。
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