第四章 ゲネブの省吾 開業編

第109話 新作試食会 1

 ザッ。ザッ。ザッ。


 俺は1人弓を携え森の中を走っている。


 森に入った狙いは鳥。この森の中にどんな種類の鳥が居るのかは解らないが目的のためには鳥が必要だ。本当は鶏でも居れば良いのだがそこら辺の事情が分からない。


 理由としてジロー屋のオヤジに礼をしたい。そのためだ。


 今回安い価格で事務所を貸し出してくれ、それがオヤジの言うようにジローの改良のネタを提供した見かえりだというのが分かる。だがジローのネタは俺が旨いジローを喰いたいからこそ提供したわけで見返りが欲しかったわけではない。アレはアレで別の話。今回の事務所の件で改めて何かをと考えた。


 俺の出来るお礼でオヤジが喜びそうな物と言えばラーメンのネタの提供かなと。先日フォルの母親に栄養を取らせようと鳥のスープを作ろうと思ったのがヒントになった。鳥のスープといえば鶏ガラスープ。だがそれだけじゃ終わら無い。鳥のスープと言えば博多の濃厚な水炊きのスープを思い出す。そして濃厚な鳥のスープと言えば……。



 

 やはり1人だとあっという間に森の奥まで入れる。タイミングが良ければそんなに奥に行かなくてもキジの魔物などは出会えるらしいが。通常この近辺に生息している鳥系の魔物は小型の種類が多くあまり人を襲ってこないという。確かに空を飛ぶ構造上重量も少ないだろうし、人間を襲うメリットはあまりないのかもしれない。


 と言っても他の魔物に殺られた冒険者などの死体を啄んだりしている姿は確認されているようなので、肉食の性質もあるようだが。魔物なのか動物なのか、その境が曖昧な気もする。ただ、解体をすると必ず小さな魔石が出てくる。


 龍脈の有る所で家畜として飼われている魔物は世代を重ねると孫の代くらいで魔石が入っていなくなると言う話を聞いた。そうなるとそれは魔物と呼べるか怪しいところだ。

 

 そこから考えると、下水処理などに利用するスライムの様な魔石で構成されている魔物はおそらく龍脈のある都市では子孫を作れないのではないだろうか。そう考えると定期的にスライムを補充する依頼が来るのも納得ができる。増えないんだろう。


 ゲネブ近辺の森林に入って一番多く見られる魔物はフォレストウルフだ。普通に考えてこれはありえない。通常オオカミのような肉食動物はそこまで多くない、食物連鎖のピラミッド構造を考えれば分かるが、オオカミのような肉食動物がこれだけ居るということは、捕食される動物がもっと多くなければおかしい。ニホンオオカミだってあっさりと絶滅した。そう考えるとフォレストウルフは捕食によってエネルギーを供給しているのでなく、魔素を吸って生きていると考えたほうが辻褄が合う。


 誰も居ない森の中を彷徨っていると、そんな違和感が頭の中でグルグルと止まらなくなる。


 そもそも森林の中で虫を見かけない。俺は虫が苦手だからそこは助かるんだけど、虫が居ないのに森の植物が繁殖しているのも地球の感覚だと違和感が拭えない。どうやって種が広まるのか、受粉はどうしているのか。鳥は何を食べているのか。

 虫はいないが魔物の死体は腐って臭いを発する。細菌は居るって事だ。フォルの母親の火傷も細菌感染で炎症が起こっていた。


 魔素とは何なのか。魔石とはなんなのか。


 これが剣と魔法のファンタジーな世界なんだろうな。と納得するしか無いよな。



 2時間ほど掛けて鳥の魔物を狩り、再び街へと戻る。戻ると次は食材と調理器具の買い出しをするために商店街の方に行く。


 ポルトは買いだめしてあるので良いかな。ニンニクと生姜と玉ねぎと長ネギを探す。ニンニクは過去の勇者が名付けた野菜でそのまま有る。ネギもジローで使ったためか普通に有るのだが万能ねぎの様に細い種類しか無い。玉ねぎは普通に置いてあった。そして生姜が難航する。野菜の匂いを嗅ぎながらそれっぽいやつを見繕う。


「すいません、なんか香りがきつくて肉のニオイ消しに使ったりするような野菜ってあります?」

「ん? 兄ちゃんが持ってるそのガンジャじゃなくてか?」


 なに? このネギの名前ってガンジャっていうのか? ちょっと違法植物みたいな名前じゃねえか。びっくりだな。因みに玉ねぎはガラジャと言った。


「いや、これじゃなくて、もっと根菜っぽい? 感じで」

「うーん。じゃあ、そこのドドとかはどうだ?」


 ドド。なんかすげえ名前だな。言われた野菜は一見ゴボウの様な見た目だった。手にとって匂いを嗅ぐと……お? それっぽい。店主に買うから齧らせてくれとナイフで周りの土のついた部分を削ぐ。中はピンク色のきれいな感じだ。ガリっぽいじゃねえか。齧るとたしかに生姜っぽい。実際生姜程ガツンと来る感じではないが代用品として使えるかもしれない。



 食材を買ったら次は調理器具を何点か購入し、ジロー屋に向かう。遅めの昼飯を此処で食べたので夕食には少々早すぎるタイミング。オヤジもあれ?っと思ったようだ。


「ん? どうした?」

「すいません、ちょっと干したケルプ2枚くらい貰って良いですか?」

「良いぜ。何作るんだ?」

「いやちょっと試したい料理があって。今日の夜は間に合わないかもしれないから明日の朝にでも持ってきますよ」

「よし、夜何時でも良いから出来たらもってこい」

「え? 遅くなっちゃうかもしれませんよ?」

「かまわん」


 ううん、しょうが無いか。どうせ教えるつもりだしな。


「じゃあ、麺を二人分とっといてくださいね」

「麺。だと?」

「ふふふ。後はお楽しみで」




 自宅に帰り、取ってきた鳥を解体して鶏ガラを鍋に放り込んでいく。残った具材も処理して放り込み、煮る。圧力鍋でも有れば早いんだろうが贅沢は言えない。


 数時間煮込んだあと、具材を一度全部取り除きボウルに入れておく。これだけでも良いスープになってそうだな。鶏ガラ、ニンニク、ドド、ケルプを取り除き、残りのポルト、ガンジャ、ガラジャを潰し、ペーストになったものを、こし器で裏ごししていく。なかなか熱い。が割と平気になっていて怖い。ただ、やっぱりここでも文明の遅れている異世界の不便さを感じてしまう。以前日本で作った時はブレンダーで一瞬だったのを思うと、ブレンダーが有ればなあなんて思ってしまうんだ。


 裏ごしした具材をスープに戻し、良く混ぜる。ちょっとトロみが少ないかな? 米粉をスプーンで少し入れ再びよく混ぜる。ちゃんと混ぜないと焦げそうだからな。味はどうだろう。


 少し掬い、味見をしてみる……ちょっとジビエの様な野性味が溢れているがこれはこれで良いかもしれない。ふふふ。楽しくてあっという間に感じたな。


 もう時間は22時位になっているだろうか。日が落ちれば早めに寝ていくこの世界の住人にとっては深夜だ。慌てて外に出る支度をして大鍋を両手に持って家から出る。


 人気のない夜だ。<光源>を追従させながらジロー屋にむかった。



「ん?」


 なんか、ジロー屋の前に2人の男が立っている。あれ? まさか護衛? てことは……超タイミング悪いじゃん。


 仕方無しに回れ右をして帰ろうとすると、片方の男から声がかかる。


「ショーゴさんですね?」


 げ。名前まで。


「あ、はい。あのう。ジロー屋のオヤジにまた来ますって言っておいて貰っても――」

「ゲネブ公がお待ちです。さあ、中へどうぞ」

「へ?」


 なんか断れる雰囲気じゃない。仕方なく男の言われるままに店の中に入っていく。両手に大鍋を持ってアホな人みたいじゃないか。


 店内入ると、カウンターに1人のダンディーなおっさんが座ってオヤジと話をしていた。このダンディーがゲネブ公か、貫禄あるな。しかもどちらかと言うと武人っぽい雰囲気だ。


 そのゲネブ公は俺を見ると嬉しそうに笑いかけてきた。


「おお~。やっと来たか。もう腹が減ってたまらないぞ」

「え? 俺待ちっすか?」

「ジロー食べに来たのに、ジェラルドが出してくれねえんだ。ショーゴ君が旨い物を食べさせてくれるから待ってろってな」


 おいおい、オヤジなんて事を。ていうかジェラルドって言うのか。

 正直似合わねえな。


「ま、まじっすか? お口に合いますでしょうか」

「期待してるぜ。ああ。俺はカマス・ファゾムスだ。まあ解ってるか。よろしくな」

「よろしくお願い致します。省吾と言います」

「うん。子爵から連絡が着たが牢屋の件悪かったなあ。なんか大変だったみたいで」

「いえ、良い経験をさせて頂きました」

「はっはっは。面白いなお前っ」

「ははは……」


 おいおい、ピケ子爵と全く別方向のおっさんだな。


 しょうがない。スープの量は充分にある。


 鍋を持ったまま厨房に入っていく。コンロに大鍋を置き火をつける。スープは熱くないとな。チラッと鍋の中を覗きながらオヤジが聞いてくる。


「何か手伝うか?」

「あー。じゃあ麺を茹でて貰っていいっすか?」

「わかった」

 

 オヤジがお湯を沸かし始める。後ろ姿がウキウキしてるぜ。

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