第106話 久しぶりのジロー

 半月ぶりのジローだ。暖簾をくぐる時に思わず涙が出そうに成る。


「ん? なんだ意外と早く出てきたな」

「いやあ、大変な目に会っちまったんすよ」

「そうみたいだな、いつもので良いか?」

「ああ、あとコイツも、同じのを。小で良いか」


 そう言うと、フォルが不満げにこっちを見る。小じゃ不満か?

 見てろこわっぱめ。


 目の前に置かれるドンブリ。フォルには俺のツケで食べていいと言ったのだが。親と妹を差し置いて食べるのに躊躇したようで、結局食べずじまいだったらしい。小と言われてもそれなりに有るのがジローだ。13歳で毎日の食事に困っていた少年には超大盛りだろう。


「え? 兄貴。小っすか? これ」

「だから言ったろ。小で良いって」


 どうやらジローも初めてのようで、モサモサと必死に食べている。ジャンクな味が若者に受けないはずもなく、旨そうに食べる姿に満足し俺もすすり始める。


「今度来たとき公爵に言っておこうとは思ってたが、必要なかったな」

「へ? 公爵がコレを食べに来るの?」

「コレとはなんだ。コレとは。元々は公爵が俺にジローが食いたいから作れと古い文献を持ってきた所から始まったんだぞ。俺の探究は」

「まじか」


 だが探究って言うより沼だよな。うーん。それにしても公爵も意外と自由奔放なんだな。あまり気にしたこと無かったけどそんな客いたか? なんて思ったが流石に夜、閉店後などに食べに来くるらしい。


「いやあ、流石に2週間もコレを食えないと禁断症状出てたから、やっぱ旨いぜ」

「ふふ、今醤油とやらを仕込んでるからな、楽しみにしてろよ」

「おお、すげえなあ。出来たらちょっと醤油も分けてよ」

「ん? まあ、考えておくわ」


 うわあ、醤油か。卵かけご飯とか食いたく成るな。


「ちなみに、これからどうするんだ?」

「とりあえず先に従業員が決まっちゃったからな、何処か事務所借りてなんとなく商売を始めるかな? って感じかな?」

「事務所か……ウチの2階使うか?」

「え? まじすか?」

「ああ、どうせ空いてるからな、ジローの匂いも強いからあんま入り手も無いだろうし」


 おおお、いきなり事務所見つかったよ。ていうか、この建物貸店舗じゃなかったのかよ。聞くと流石貴族の端くれだ。他にも物件を持っていて貸し出しているらしい。こんな西地区のジロー向けじゃない場所で店をやってるのが謎だったが、自分の持ち家なら納得ができる。客が来なくても平気なのも金に困ってないって事だろうな。


 オヤジの家は貴族街の中に有るらしいのだが、奥さんも普段は公爵婦人の付き人の為、領主の館に泊まり込んでいる事が多いらしい。子供も学院に行ったまま王都から帰ってこないから普段はこの店舗の3階に1人で住んでいるとのことだった。


 王都の貴族街には公、候、伯、子、男といった五爵以上しか住んでいないらしいが、公爵領はそこまででもなく、準男爵や、士爵などのギリギリ貴族も多いらしい。オヤジもギリギリ貴族だそうだ。


 とりあえず見てみろと、オヤジから鍵を渡される。

 店の外に出ると階段があり、そこを上がっていく。店舗は2部屋あり、そこそこ広めのリビングのような場所と奥に小さな部屋が有るだけだったが十分だろう。水場とトイレもちゃんとあるようだ。フォルも嬉しそうに良いっすねここ。なんて言ってる。まあ、後は値段との兼ね合いかね。


 確認後、オヤジに鍵を返す。


「どうだ? 気に入ったか?」

「良い物件ですが、場所的に結構高いんじゃないですか?」

「そうだな、相場としては月2~3万って所だ」


 だよな。都内で事務所なんて借りれば普通に月30万40万かかるしな。


「やっぱそのくらいしますよね。ん~まだそこまで払える身分じゃないっすよ」

「そんなの解ってるわ。そうだな。5000くらいでどうだ?」

「は?」

「これでもお前から教わった知識の重要さは理解してるんだ。使ってくれ」

「いや、でも良いんですか?」

「ああ、一度出した条件はひっこめねえよ」


 まじかあ、なんかジローの情報あれば提供してあげたいけど、そろそろネタ切れだしなあ。ジローじゃなくラーメンならもちょっと出せるが。トリガラとか家系とかかな。うむちょっと考えておこう。




 とりあえず、契約の書類をまとめておくから後日やろうと言うことで、俺とフォルは店を出た。


「フォルはレベルどのくらいなんだ?」

「え? そんなの解らないっすよ」

「ああ、そんなもんなんだ。レベルが上ったことは?」

「ガキの頃仲間とスライムで遊んで2~3回上ったかな?」

「ふむ……」


 まあ普通に生きていればそんなもんなんだろうな。病み上がりの母親もフォレストボアばっかじゃアレだし、狩りでもしてレベル上げさせるか。


「よし、ちょっと狩り行くぞ。走るからなるべくがんばれ」

「え? ま、まじすか?」


 そのまま、軽く走りながら西門から森の方に入っていく。レベルとスキル補正のある俺と違って、度々休憩しながら行く。フォルはバテる以上に、突然森の中に入っていくことにかなりビビってるようだ。


 2時間ほど森の中に入った所で、フォルに予備の剣を渡す。


「剣を使ったことはあるか?」

「有るわけ無いっすよ。こんなキレイなの、おれ折っても弁償できないっすよ」


 まあ、とりあえず使い方を教えるか。


「いいか、右手が前で左手で後ろを握るんだ。そう、そこのグリップエンドに小指を掛ける感じで。それで剣を振る時の主は左手だ。そう……もっと小指と薬指で握る感じで持つんだ。うんうん、人差し指と中指は軽く添える感じで……そうそう……ん? ああ違う違う、それは右で振ってるだろ、それだと叩き切る感じになるから刃がすぐだめになる。振るのは左手を主にするんだ。そうそう……おいおい、斧とかナタじゃねえんだから……」


 うん。なんかデジャヴが。


 しばらく素振りをさせていると、フォレストウルフがやって来た。フォルは「やべえ! やべえ! 死ぬ!」とばかりに、俺の後ろに隠れる。ダメダメだな。


 とりあえず<ノイズ>と<ラウドボイス>で気絶させる。


「へ? 兄貴何したんです?」

「それはなあ。企業秘密だ。そのうちな」


 そのままフォルにトドメを刺させる。パワーレベリングだな。そして魔石の取り方とハラワタを取るのを説明しながらやってみせる。


 今日はなんとしても鳥系を捕まえたい。なんとなく鳥で取ったスープをフォルの母親に飲ませてやりたいんだな。



 それから2時間ほど散策した。今日は全然駄目かと思ったが、ようやくキジの様な鳥の魔物を見つける。鳥にも効くのか解らなかったが<ノイズ><ラウドボイス>の組み合わせはバッチリ効いた。


 少し奥まで入り込んでいたので今日はここまでにする。フォルの足じゃ帰る頃には夕方くらいになっちゃいそうだしな。

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