第105話 フォル宅にて

 ホテルの前でシシリーさんとは別れる。決して部屋に誘いやしないぜ。この世界での年は15歳の俺とは5つ以上離れているだろう。完全に子供を見る目だからな。ただ、ギルドに行く事がなさそうで、もう会えないかもなっていうのは少々寂しいもので、しばらく遠ざかっていく青髪を眺めていた。


 せっかくのラモーンズホテルだ。寝る前にひとっ風呂浴びよう。出来れば朝風呂も堪能したいところだ。




 次の日。きっちり朝風呂を頂いた俺はチェックアウトしてフォルの家に向かう。一応場所は聞いていたが、あまり立ち入ったことのないスラムだ。悩みながら家を探す。歩いていると、少し人通りの多い区画に出る。なんか人相の悪そうなオヤジが大量にフラフラしていた。


 なんだ? ここは。


 そんな事を思いながら歩いていると、汚い格好をしたおっさんが声を掛けてくる。


「兄ちゃん。良い娘いるぜ? 同じくらいの年の子も居るからどうだい?」


 げ。


 まさかの風俗街的な場所か。改めて通りを見ると両脇の建物の窓から薄~い衣装を身にまとった女性達が何人かこちらを見ているのが解る。上には提灯の様に灯りの魔道具が沢山下がってる。夜になったら人も増えそうな予感だ。


 うん。ヤバイ。

 

 おっさんに、結構ですと断りながら通りを進んでいく。他にも何人かのおっさんに声を掛けられるが必死で目を合さないように通りを突き抜けた。



 風俗街はその一角だけのようで、一区画過ぎるとまた普通のスラムのような景色に戻る。なんとか目的の家までたどり着くと、家からは肉を焼く良い匂いが漂ってきていた。いや、周辺から漂ってくる感じか?


 家は長屋の様な作りで、大分老朽化が進んだ感じの家だった。地震でも来れば一発で潰れそうな家だが、通りには洗濯物が乱雑に干されていて今まで見た中で飛び切りのスラム感満載だ。


 目当ての部屋の戸をノックするとすぐにフォルが顔を出した。


「ん? 誰だお前?」


 お。そういえばお互い声だけで顔は見合わせてなかったな。俺は何となく感知と同じ雰囲気だったからフォルだろうとは思ったが。


「やあ。フォル。無事に牢屋から出てきたぞ」


 俺の声を聞いて、フォルはあんぐりと口をあける。


「え??? その声。まさか兄貴か?」

「お前の兄貴かは知らねえけどな、ショーゴだ。顔を合わすのは初めてだな」

「うわあ。予想以上に若かった……」

「ふふふ、俺は精神年齢がめちゃ高いのよ」



 挨拶もそこそこに、家の中に通された俺は、フォルの母親と、妹と合計4人で狭い部屋に座っていた。家の中は六畳一間のアパートといった感じだ。肉のお礼を散々されてやや疲れ気味だ。気の弱そうな母親が水戸のご老公を迎えるような対応をしてくるので居心地が悪い。


「いや、お母さんホント気にしないで。猟で取ってきたやつだから元手もかかってないしさ。むしろ伝言役とか頼んじゃって、こっちこそ感謝ですよ」

「そうだよ母ちゃん、兄貴はそんな小せえ玉じゃねえよ」


 うん、フォルは馴れ馴れしいな。まあ良いけど。


 俺の鞄は、教会に行って取ってきてくれてた。散々疑われたらしいが無事に俺の元に返ってきてちょっと一安心だ。肉はさすがにこの家から匂いを出せばバレるので長屋の住人達には少し分けたらしい。その時にお肉のお礼的にほかの食料を貰えたので使わないですんだと。なるほどそのせいか、辺り一帯に肉の匂いが充満してたのは。


 財布の中を確認し、金貨を数枚出す。


「息子さんを雇わせて貰いたいんです。とりあえずの契約金です、どうでしょうか」


 金の力でって感じにはしたくないんだが、緊急的にこの家は金銭が必要な気がする。話を聞く限り、金貨など中々見ることが無いだろうが気弱な母親は更に低姿勢に「どうか息子をよろしくお願い致します」と言ってくる。だがフォルの顔色は暗い。


「兄貴、嬉しいんだけど。母ちゃんがこんなだから今はあまり家を空けられないんだ」

「ん?……そうか。でも手の治療は教会でやってくれないのか?」


 教会の回復魔法も、炊き出しと同じでスラムの力のあるものが優先的になってしまうらしい。それとスラムの教会は司祭とあのシスターの2人だけが回復魔法を使えるらしいのだが、どうやら2人ともレベルを上げるようなことをしておらず、回復魔法は使えるのだがMPの関係で1日数人しか診れないらしい。


 教会も、スラムの為にと動いているのだろうが、あまりにも自己満足で終わっている感があり、何となく残念な人たちに感じる。日本に居た頃も、そんな感じの慈善団体は多かったよな。


 どんな傷なのか見せてもらうと、やけど部分が感染したのだろう、なんだか酷い状態になってしまっている。この世界にステロイドも抗生剤も無いのだからしょうが無いのだろう。仕方無しに一度商店街の方にもどり、ポーションを購入して再びフォルの家に向かう。



 買ってきたポーションを渡すと再び母親は涙ながらに感謝を口にしてくる。なぜか知らないが謝罪まで混ぜてくる。悪い人じゃ無いんだろうけどちょっと面倒くさい。


 ポーションの店で火傷に効くか確認はしてあるが、化膿している場合は膿瘍を切り開き、清潔な水で洗ってから飲んだほうが良いと言われた。菌の概念が無い世界だが雑菌が入ったままだと後ほど炎症することが有る的なイメージは有るのだろう。水筒の魔道具で水を作り何個か桶に水を貯め、フォルに暴れないように抑えてもらう。妹はなんだか怖いらしく目に涙を貯め隅っこにいる。


 改めて手を見ると結構酷い。麻酔もないしきっと痛すぎるんだろうな。母親は痛みにはなれてますので、と言うが。ダメそうだったら<ノイズ>で気絶させるか。


 何かの時代劇のように母親の口にタオルを噛ませ処置を行う。手早くやりたいために切開する場所を予め決めておき、一気にナイフで切っていく。


「んぐぐぐぐ」


 気弱そうだが、頑張ってる。

 がんばれ。


 膿が出ていた場所をある程度切ると、作っておいた水の中に手を入れもみ洗いの様に中をキレイにしていく。切開するよりこっちのが痛そうだし時間もかかる。水が血と膿で汚れわけが分からなく成ると、新しい桶に変えていく。医者でも無いのでどのくらい洗えば良いのか解らないが、魚の腸を洗うような感じで結構ゴシゴシやってしまった。


「ん!!!!!!」


「よし、ポーションを飲ませろ」


 フォルが母親の咥えたタオルを取り、ポーションの瓶を押し込む。ゴクリ。

 飲んだその場から傷口が癒えていく。改めて異常だ。



「ああああ、先生! ありがとうございます」

「先生じゃないですけどね。大丈夫そうですかね、一応中に雑菌は少しは混じってしまってると思うんで、しばらくは栄養とってゆっくりしてくださいね」


 なんか医者の気分だぜ。しかし細菌とか細胞とかそういう知識のないこの世界じゃ、医者レベルの知識がある人間に成っちまうのかな。


「兄貴! 俺何処までもついていくからっ!」

「ほほう。何処までも。だな?」

「え?」

「とりあえず、久しぶりにジローが食いたい。付いてこい」

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