第104話 ディナータイム
約束の時間が近づいたので、ホテルのフロントに下りていくとすでにシシリーさんが待っていた。ひひひ。何となくデートっぽくて良いな。
「すいません、待たせました?」
「いえ、私も来たばかりですので。お店は任せてもらってよろしいですか?」
「あ、はい。お願いします」
連れて行かれたのは、西側の地区にあるお高そうなレストランだった。ランゲ商会の家具店から割りと近い場所で、普段俺があまり近寄ることのない場所だ。
店内に入ると予約がしてあったのだろう。こじんまりとした個室に通される。話が話なだけに、個室があるこの店を選んだ感じなのだろうか。メニューを見たが良くわからなかったので、シシリーさんにお任せする。ごつい値段なんだろうなと想像する。シシリーさんは俺と2つ、コース料理らしきものを頼んだ。
食前酒を給仕した店員が部屋から出ると、話は始まった。
「そういえば、罪状の書類を領主に送って、領主の判が貰えればすぐに刑が施行されるような話だったんですが、だいぶ時間がかかってましたね。シシリーさんが止めてくれていたんですか?」
「いえ、副団長はまだ罪状を領主に提出していなかったんです」
「え? なんで?」
敬語と言うか丁寧語ではしゃべっているんだけど、たまにタメ語みたいになるのは愛嬌だ。
「喪が明けると、もうじき次期国王が決まり戴冠式が行われます」
「喪の期間だと書類作業が止まるとか?」
「いえ、新国王の戴冠によりその時の罪人は多くが恩赦を与えられ刑罰が軽くなります」
「げ」
「はい。それが済んでから刑を確定させたかったようです」
「マジか……最悪っすね」
「ですが、そのおかげで私が間に合ったと言うのもあるので」
うわやっぱあいつも、思い知らせてやるリスト入りだな。
ちょうどその時ドアがノックされ前菜が運ばれてくる。大きい丸皿に5品の前菜がちょこっとづつ盛られている。うおお。旨そう! そして旨い! やはり牢屋の配給食とは段違いだな。当たり前だけど。ただ、日本のハンバーガーチェーンの様なフライドポルトが綺麗に盛り付けられて出てくるとちょっとファミリーレストランみたいな雰囲気になってしまうが。
「その副団長はすんなりと了承したんですか? 釈放の」
「かなり憤慨はしていましたね、公爵家の名前まで出して突っぱねようとしましたが……私たちのトップが今はピケ子爵なので」
「ああ、ピケ子爵は公爵の懐刀と言われているみたいですしね」
「はい、子爵からの要望なら公爵は無下にしませんので」
出てきたスープがまた旨い。黄金色に澄んだスープはコンソメなのだろうか。ちょっと味は違う感じだが、旨いことに違いはない。
「で、組織は僕の事をどう見ているんです? 天才スパズ的な?」
「子爵からは大事な異邦人なので保護しろ。と」
「ははは。やっぱり」
「それが無くても冒険者ギルドでの仕事を見る限り、普通じゃないと思っていましたよ」
「普通じゃなかったですかね?」
「はい、目立っておりましたよ。ふふ」
あれ? メインディッシュは牛肉か? うお。こっち来て初めてじゃないか? 和牛のように霜降りの脂たっぷりな感じじゃないが、熟成した赤身が良い感じの肉だなあ。
「シシリーさん、これって何の肉です?」
「カトブレパスですね。北の方にあるラーダの街で飼育されているんです。元々は騎獣に使われていましたが最近はこの味が人気で食用に成るのが殆どのようですよ」
「うんうん、こんな旨いならその気持ちも分かりますね」
そのままデザートまで大満足で平らげる。
うん、そう言えば聞いておきたいこともあったな。
「それで。やはり狂犬を雇って俺を殺そうとしたのはギルド長なんですか?」
「それは……言わないほうが良いような気がしますね」
「そうですか? 俺を殺そうとした狂犬を返り討ちにした俺は、無罪放免に成ったわけですよね?」
「……そうですね」
「俺を殺そうと人を雇った場合は、狂犬と立場は違うものですか?」
「ショーゴ様っ!」
「いや、今すぐどうこう出来るとは思っていませんよ、実力的にも」
「……」
「だけど今後、そいつがまた人を雇って俺を殺そうとしている場合、僕がゆっくり眠れるように成るのはいつですか?」
「……それは……私共にお任せして頂けませんか?」
むう。とりあえず返事はしないで話題をずらすか。
「うーん。因みにギルド長ってどういう人なんですか? 貴族出と聞いていますが」
ギルド長の祖父はA級冒険者として実績を残し先代国王より当代貴族として叙爵されたという。通常1代のみの爵位であったらしいがその息子、つまり父親もなかなか優秀な人物として例外的に爵位を引き継いだ。ギルド長も幼少の頃より英才教育を受け王立学院に入ったが、その中で目立つ成績までは上げることが出来ず、祖父の口利きでギルドの職員として働き、いわゆる出世コースを登っているという。
今のゲネブの支部長も支部としては王国でも規模が大きく力もある。ウーノ村やスス村などの近辺の小さい支部もゲネブの管轄下に有るという。ゆくゆくは本部で幹部になっていく人物とのことだ。
あんなケツの穴の小さい奴だが。政治は上手いんだろうな。
「因みに、副団長とギルド長は関係が有るんですか?」
「……学院時代の同期と聞いております」
ああ。ずぶずぶですな。
「副団長は、馬とか飼ってたりします?」
「馬? 騎獣かしら。それがどうしたのですか?」
「俺の世界で、裏切り者の愛馬の生首をそいつのベッドの上に……」
「やめてください!」
「ははは。冗談ですよ」
そういうマフィア映画も好きだったんだよね。
会計は、全てシシリーさんが払ってくれた。結構なお値段だったが経費で落ちるのだろうと勝手に納得して今日はゴチになるとしましょう。今手持ちも無いし。
お会計をしているのを横で待っていると、店に新たに客が入って来るのが感知出来た。何気なしにそちらのほうを見ると、2人の美女を連れたイケメンだ。うん。超エロい子達だなあ。イケメンはどうでもいいけど。
男の性だ。チラチラと視線を向け――
「てめえ。なに人の女見てんだ?」
へ?
なんで目の前にこいつ居るの? 一瞬視線を外しただけなのに。
「え? いや。別に」
「見てたろ? ガキの癖に色気づきやがって」
「いや。あのう。とても美しい方だったのでちょっと見たかも……」
やり取りに気が付いたシシリーさんが男を見て顔色を変えて間に入ってきた。
「お久しぶりですジャック様。こちらに帰られたのですね」
「ん? おおお。シシリーじゃん。え? 何? シシリーの連れなの?」
「はい。食事を一緒にさせていただいた所です」
「なんだあ。全然俺の誘いに乗ってこないからさ。なんだろうと思ってたんだよね。そうか。シシリーはこういう若い子が好みなんだ」
「え? いえ……そういうわけでは……」
「良いって。良いって。皆には黙っておいてやるよ」
ジャックと呼ばれた男は、からかう様に笑う。
「ねえ、お腹が空いたぁ。早く席につきましょうよ」
連れの女性達が甘ったるい声でジャックに声を掛けると、はいはいと、ジャックはシシリーさんに手を振って店の奥に入っていった。
店を出てホテルの方に向かって歩く。
何となく重くなった空気に耐えられなくなった俺が口を開く。
「すいませんでした」
「え?」
「いや、でもそんなジロジロ見ていた訳じゃないっすよ。ほんの少し、チラッとだけ……」
そういうと、シシリーさんはしばらく俺の顔を見て、クスクスと笑い出した。
「ショーゴ様は大物ですね。てっきりジャック様の事を聞いてくるかと」
「え? ああ。彼速かったですね」
「<瞬歩>と言うスキルがあるって噂です。ゲネブの誇るAランク冒険者の1人です」
「ああ、ゲネブにもAランクの冒険者がいたんですね」
「それはそうですよ。王国第二の都市ですよ? でも辺境は辺境だから中央に移る冒険者が多いですけど。」
そっか。チソットさんの所に下宿してるロスもそんなこと言ってたな。Aランクになると指名依頼とかの仕事しかしないような話。ギルドには殆ど顔を出さないようだ。
なるほどなあ。<瞬歩>かあ、俺の<俊敏>の上位かなんかかな? でもそれより俺が視線を外した一瞬のタイミングを逃さない機の取り方の方がヤバイ気がする。
上には上がまだいそうだなあ。
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