第102話 牢屋の中 5

「そこで俺は言ってやったんだ。お前の刃は俺のハートには届かなかったんだ。ってな」

「ま、マジっすか。かっけー」


 フォルが俺の捕まった理由を聞きたがったので教えてあげた。まあ、多少の脚色はさせてもらったが、暇な牢屋生活にはいい刺激に成っただろう。


 そして完全に俺の信者になったフォルは、自分の牢で必死に魔力をコントロールする練習をしている。若者はそうじゃなきゃな。この世界に元々生まれた人間は皆ある程度魔力を扱えるから若いうちから頑張ればきっと成熟も早いだろう。



 夕飯の配給係がやってくる。フォルとの会話が盛り上がって忘れてたが、向かいの鉄格子が歪んでいるのがバレないか不安になる。


「ありがとう。超腹減ってたんだよお」

「檻の中でゴロゴロしてれば腹なんて減らねえんじゃねえか?」

「暇だから体操とかしてるんだよ」

「まあ、そうだろうな」


 最近俺の会話に乗ってくるようになった少し陽気なオッサンと話していると、もう1人あまり表情のないヌボーっとしたオッサンが、あれ? っといった感じで向かいの鉄格子を二度見した。やばい。


「あー すいません。俺っていつまで此処にいる感じですかね?」

「俺達はそんなの知らねえよ。なあ?」


 陽気なオッサンがもう1人に話しかける。ヌボーっとしたオッサンは、え? とこちらを向く。


「あれ? おじさん達って警備団の人じゃないんですか?」

「ああ、俺達は此処で雇われてる下働きだからなあ。お前なんか聞いてるか?」

「いやあ。なんも聞いとらんよ~」

「そうかあ、あ、ありがとうございます、そちらのおじさんも、いつもありがとうございますね」

「ううん? まあ、仕事だからさあ」


 そんな話をすると、何事も無かったように配給係は通路から出て行った。

 誤魔かせたかなあ? ヌボーっとしてるし。


 ふう。




 次の日の朝。座禅をしているといつものように朝食の配給がやってくる。

 フォルに配給を終え、次は俺の所に来る。ヌボーっとしたおっさんはやはり歪んだ鉄格子が気になるようだ。チラチラと見てる。ううむ。


「おはようっす。今日は晴れますかね」

「ん? お前はいつも天気を気にしてるなあ、関係ないだろ?」

「いやあ、やっぱ雨だと髪が決まらないんですよ」

「決まらないって、お前アブラでベッタベタじゃねえか」

「そうなんすよね、シャワー浴びたいっす」


 いつものようにどうでもいい話をしてると、ヌボーっとしたおっさんはどうしても気になるらしく、相棒に話しかける。


「なあ。この鉄格子やけに歪んでねえか?」

「んん? ホントだなあ。なんだ? 上に聞いてみるか」


 げ。マジやべえ。


「あ~~。それ。止めたほうがいいかも?」

「なんでだ?」

「ちょっと前に、ほら、奥にもう1人居たじゃないっすか。あの関係で警備団のなんかすごいゴツい人が来たとき、俺横から口出したらなんかいきなりキレて、格子蹴ったんすよ。そしたら鉄の格子が歪んだもんだから、俺ビビっちゃって……」

「ゴツい? サグトさんかな?」

「いや名前は解らないっすが。その人も「やべえやっちゃった」って感じで、俺に誰にも言うなよって超睨んで来たんです。だから、内緒で。ね?」

「あ……ああ。サグトさんはやべえからな……」

「そんな感じでしたよ、キレたら何するか分からない感じで。だからそっとしておいた方が良いと思うんすよ」

「そうか。そうだな」


 そう言うと陽気なおっさんが、ヌボーとしたおっさんに「お前も黙ってろよ」なんて言ってる。ヌボーもちょっとビビって「お、おう」なんて答えていた。


 これでOKに違いない。てかサグトって誰だろう。



「兄貴流石っす」


 配給係が出ていった後、フォルが感嘆の声を上げる。兄貴???


「いやあ、俺、兄貴は殺しで捕まったって言うから外では二度と会えねえだろうって思ってたけど、なんか兄貴なら行けそうな気がしてきたっす」

「お、おう」

「俺、外で待ってますからね」

「お、おう」



 次の日の昼にはフォルは出所していった。それでも2日ほど魔力を練る練習をしていたせいか、出てく前のフォルはだいぶ魔力の雰囲気が良くなった気がする。


 フォルにはスラムの教会に荷物を置いてきたから、名前を言って受け取れたら受け取るように指示もした。中に数万モルズ入ってるから使っていいぞとも。これでしばらくはフォルの家も何とかなるんじゃないかな?


 そしてまた一人になった。話し相手が居ないっていうのは寂しいもので。俺はトレーニングにのめり込んでいった。




 次の日、朝の配給の時に配給係の腕についていた喪章が付いていないのに気がつく。


「おはようっす。あれ? 喪章どうしたんですか?」

「喪章か? 国王の崩御から昨日で1ヶ月経ったからな、喪は明けたんだ」

「なるほど、ていうと今日は7月8日かな?」

「んと、たぶんそうだ」


 ふむ。あれから一ヶ月かあ。フェニードを狩りに行ったのもだいぶ前の様に思う。魔物と戦いたいよなあ。牢から出たら、どこか行きたいぜ。

 ……出れるよな?



 さらに4日経った。13日目か。今は同居人が2人居る。2人は居酒屋で別々で飲んでいたらしいが、どちらかから始まった言い合いが盛り上がり喧嘩に発展。店の食器等を割り喧嘩両成敗で捕まったようだ。


 2人のおっさんは、はじめ牢越しにお互いにヒートアップして居たが、2日も一緒に居たせいか今ではすっかり和解している。始めは楽しく口喧嘩を聞いていたが、ああ言うのは長く聞いていると気が滅入ってくるな。牢から出たら居酒屋に2人で謝りに行くぜ。などと意気投合しているのは少し聞いていてホッとする。


 ただ、俺が殺しで捕まった話を聞いていたのか、俺が会話に混じろうとすると黙ってしまうのでつまらない。軽罪で2泊だけの同居だ。


 去っていく二人を見送ると、少し寂しい気持ちになる。



 そんな14日目。ようやく新しいスキルが芽生えた。


 <体幹>だ。


 希望としては<操体>だったが、片足立ちで何時間もトレーニングしたのが効いたのだろうか。しかしこれ、ちょっとアクロバティックな体制をしてもバランスが崩れない。ナジーム・ハメドみたいなシャドーボクシングもこなせちまう。これはこれで良いのが手に入ったもんだ。<操体>が付くまでもう少し今のは続ける予定。


 それにしても二週間。何故俺は此処から動かないのだろか。


 領主が忙しくて書類仕事が間に合っていないのかもしれないが。それにしても遅すぎる気がする。予想だと牢獄は此処より環境が悪そうなので、ここにいる分にはそこまで文句は無いのだが。こう反応が無さ過ぎるのも焦れてくる。


 領主に書類が回れば、何となく裕也の関係で動きがあればいいなとか。オーティス・ピケ子爵のラインで俺の名前が通ってないかなど、なんとかならあ精神ではいるのだが、時間が経つごとに悪い方向に物事を考え始めてしまう。




 そして、15日目。意外な客を迎えることになる。

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