第101話 牢屋の中 4

 ここにやってきて6日目。とうとう新しい住人がやってきた。


 誰かが犯罪を犯して捕まるのを心待ちにしている感じがちょっと気後れしてしまうのだが、寂しがり屋の性分なのだろう。少し嬉しい気持ちが出てしまう。


 やって来たのはまた若い男の子のようだった。今度は俺より入り口側の2つ隣の牢に連れてこられていた。法則があるのかは解らないが、向かいの牢なら色々顔を合わせて話が出来たりするのになあなんて思ってしまう。


 その子は、警備団が立ち去ってしばらくするとシクシクと泣き始めてる。気軽に声を掛けようとしていたのだが、そういう感じじゃない。


 ……


「兄ちゃん、どうした? 何したんだ?」


 俺が声を掛けると、ビクッとして泣き声が止まる。どうやら他の住人が居ることを想定していなかったようだ。しばらく沈黙が続く。


 警戒してるのかな。


「大丈夫、ここは飯の配給以外基本人が来ないみたいだ。声を出しても大丈夫だぞ」


 しばしの沈黙の後、ようやく声が聞こえた。


「な、なんでもないよ」

「そうか、まあなんかあったら言ってくれ。飯は朝と夕方だけだから夕方まで来ないけど、一応ちゃんと飯は出るからな」


 いきなりだからな。段々と話が出来るようになればな。ゆっくり関係を深めよう。そう思い再びボディーコントロールのトレーニングに戻る。今日は魔力を纏ったりせず、<光源>を出しっぱなしでやってる。あまり明るいとバレるかな? と思い<光源>はトイレの中に発生させ蓋をして明かりを閉ざしている。視認できない場所で維持できるか不安だったが無事に維持は出来ているようだ。


 シュッ。シュッ。シュッ。


 少しはコントロールが出来るように成ってきて、今はボクシングスタイルでジャブを格子の穴に通すようにやっている。よく掌を開いて机の上に載せ、ナイフでダダダと指と指の間を突くゲームが有ったと思うが、あんな感じ。


 だけどまだ完璧じゃないのでたまにミスる。


 ガゴッ!


 痛っ! イテテ。やっぱ魔力を少し手に浸透させてないとぶつけた時の痛みが強えな。手ぐらいは魔力流しておくか。



「な、なにしてるの?」


 お。横でガサゴソと何かをやってる音がずっと気になってたんだろうな。段々と気持ちが落ち着いてきたのか?


「いや、ちょっと暇だからトレーニングしていたんだ」

「え? トレーニング?」

「ああ、スキルってあるだろ? あれは地道なトレーニングで芽生えるからな。せっかくこんな時間があるんだ、少しでも向上出来る事があるのなら無駄に腐っててもしょうがないだろ?」

「はあ……」


 まあ、この世界の人間は訓練でスキルを得ると言う意識が少ない気がするからな。これだけ剣と魔法の世界のくせに、剣を教える道場みたいなのもあまり聞かないし。どちらかと言うと魔物を倒してレベルアップをすることをメインで、スキルは副産物的に捉えてる気がする。


 トレーニング法の質問とか来るかな? と思ったが特にしてこない。シャイ・ガイめ。

 再び、シャドーボクシング的トレーニングを始める。


 シュッ。シュッ。シュッ。


 手に魔力を集めているので安心感が有るのか、段々と調子が出てくる。


 シュッ。シュッ。シュッ。


 夢中になってやってる内にどんどんと手に魔力が集まっていく。<魔力視>を通すと手が光って見えるようでちょっと気持ちがいい。何処まで集まるのかな。なんて気分になってくる。


 シュッ。シュッ。シュッ。


 絶好調のまま、フィニッシュの右ストレートを……


 ドゴン!!!!


 ……


 は?


 なんか最後色々とぶっ放しちゃった。


 向かいの鉄格子がなんか凹んでる。やべえ。



 焦っていると通路の鍵が開けられ、牢屋番が入ってくる。


「何をやってる!!」

「すいません! 運動不足かなと体動かそうとして、格子を思いっきり蹴ってしまいました! ごめんなさい!」

「馬鹿野郎! 罪人は反省しておとなしくしてやがれっ!」


 牢屋番はこっちを向いて怒鳴りつけてくる。よし、振り向くなよ……。 ちょっと大げさに身振り手振りしながらこっちに意識を向けさせるように謝罪を重ねる。牢屋番は俺の牢の鉄格子が問題ないか確認すると、「手間かけさせるんじゃねえよ」と言い捨てて再び通路から出ていった。


 ……


「ふう。とりあえず問題なしっと」

「ちょっと、問題大ありでしょ? 此処から見ると鉄格子ゆがんでるよっ!」


 お、そこから見えちゃうのね。頭の中を探りながら俺は答える。


「いやさ、新しいスキルを覚えちゃってね。ちょっと俺もびっくりしたけど」

「へ? ほんとに???」

「ああ、<魔弾>って言うみたい」



 俺の<魔弾>の実演は10代の若い子供には十二分に刺激的のようだ。完全に俺をリスペクトしている。キラッキラッの目でこっちを見つめているに違いない。


 彼の名前はフォルと名乗った。スラムの子供で今年で13歳になる。母親1人でフォルともう1人の妹を育てていたらしいが、2月程前に仕事先で両手に大やけどをを負い生活に困っていたという。その大やけどと言うのも掃除婦として雇われていた金持ちの家のドラ息子に遊び半分で熱湯を掛けられたと言うから手に負えない。働けない母親をその家は何の補償も出さずに追い出したという。


 フォルも代わりに働こうとするが、冒険者ギルドも例のごとく保証金を請求されるため登録できず、たまに農家の下働きを安い賃金でこき使われ、食うに困り店の食料品に手を出して捕まったそうだ。


 教会の炊き出しがあるだろ? と聞いたが、結局炊き出しも量が限られていてスラムの力のないものは裏で弾かれ、並ばしても貰えないらしい。底辺にも底辺で階級的なものが出来上がっているようだ。


 そりゃあ、シクシク泣いちゃうわな……


「それはお母さんも心配してるだろうな。どの位で出れるとか分かるのか?」

「盗みで捕まったの初めてだから、とりあえず2泊くらいしろと言われてる」

「むう、2泊くらいならまだ良いのか。もうやるなよ」

「うん、だけど……」


 だよなあ。


 ん? そう言えば。


「俺の捕まった日の前の日に丁度フォレストボアを捕まえたんだ。それを行きつけのジロー屋に持ってって肉も預かってもらってるんだよ」

「え?」


 まだジロー屋からフォレストボアを卸したお金も貰ってないし、俺の分の肉も預けてある。あれ、代金は要らないって言ったっけ俺。まあそれでも肉はあげられるな。ジロー屋の場所とともにそれを教えて、肉を代わりに受け取って、母親に持ってってやれと教える。あと俺の付けでジロー食ってもいいからと。


「ホントに???」

「ああ、ちなみに俺の名前は省吾。昆布を教えたとか言えば向こうも分かると思う。俺が捕まっちゃってて、もうちょっとだけここに入っていそうだから使っていいって言われたとでも言えばなんとかなると思う」

「ショーゴさん……」

「あ~良いってことよ。俺の捕まったのジロー屋の親父にも教えられなかったからさ、かえって助かるんだ」


 話を続けていると親密度もましていく。

 よし、フォルも俺が起業した際に雇ってやろう。うん。

 脳内で色々と盛り上がってくるなあ。


 ここから出れればだが。

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