第100話 牢屋の中 3
さて。これでこの牢屋には俺しか居なくなったわけで。
思った以上にゲネブってのは治安が良いのな。日本でもまずは警察に逮捕されたら留置所に入る。酔っ払いが保護されて泊まったりもあるのかもしれないが、裁判を経て実刑となると刑務所に移送され、服役する。ほぼ同じ感じというのは驚きだ。
何もやる事のない今はトレーニングのスケジュールを考えよう。子供の頃に読んだ漫画の話だが。形意拳の郭雲深は牢獄で虎撲子の一手を編み出したと言う逸話もあったしな。朝起きたら食事が来るまで座禅。朝食後は体を動かそうと思っている。疲れ具合で魔法等のトレーニングを交え。夕食後には寝るまで座禅。そんな感じか。うむ。完璧だ。
ただ。体を動かすのは何をするかが問題。畳1畳半位のスペースしか無いので出来ることが限られる。滑るのでゴザをくるくると丸めながら考える。
やっぱシャドーボクシングモドキか? それでなんか都合のいいスキルが身につくものかな。
ん。そういえば日本に居た頃に百獣の王を目指す芸人が、頭で思った動きを自分の体でそのまま再現できるようにトレーニングしていたと言うのをラジオで聞いたことがあるな。もしかしたらそれをやることで<操体>とかが芽生えたりしないだろうか。
しかしどうやれば良いんだろう。目をつぶって両手を水平にする話くらいしか思いつかないがやってみるか。
――目を閉じ、手を水平にしてみる。
目を開けると……何となく右手が高いか? なるほど確かにちょっとづつ頭の感覚と体の動きに誤差があるのか。ふむ……シャドーボクシングだと動きが早いか。空手の正拳突きをゆっくりやってみるか……少し腰を落として両手を腰ダメにする感じだよな、たしか。そこから右手と左手を交互に胸の辺りをゆっくりと突く。完全に見よう見まねだ。
スッ。スッ。
む。意外に同じところを突くのが難しいかも。よし、この格子はちょうど拳が通るくらいだな。ここを的にしてとりあえず続けてみるか。忘れずに魔力も体に浸透させて。そう。俺は基本的に欲張りなのさ。
始めは格子の穴に通すのに気を使う感じだったが、しばらく続けていると段々といい感じに引っかからなくなってくる。少しずつスピードを足しながら一突き一突きを正確に。
シュッ。シュッ。
うん。段々楽しくなってくる。
割りとルーティーンな練習って好きなんだよな。ダーツも仲間とゲームを楽しむより1人でひたすらブル目掛けて投げ続けたりしてたし。
ひたすら続けていると、何となくランナーズハイ的な感じになってくるんだ。そうこうしている間に夕食の時間になっていた。
軽く汗もかいていたので、瓶に残っていた水を飲み干し、配給係が来る前に牢の外に出しておく。
む? 今日もマッシュポルトだな。かかってるソースも同じか。いや嫌いな味じゃないが毎日同じやつが出てくる予感に少し憂鬱になる。
そして、食後は座禅。
……
次の日も同じ様な1日を過ごす。
その次の日も同じ様な一日を過ごす。
さらに次の日。逮捕されて5日目。やはり食事は全く同じメニューだった。飽きるが腹に何かを入れられるだけ良いのだろう。基本通路に牢屋番が入ってくることは無いので話し相手はいない。ひたすら淡々とトレーニングをこなしていく。ボディーコントロールのトレーニングは悩みながらも少しづつ改良を重ねてみては居るが特にスキルでの反応はまだない。
ただ、座禅の方は効果が出ていた。
<魔力操作>のレベルが上がり、<上魔質>なるスキルが生えた。体に纏ったり放出したりする際の魔力の質感が変わってきてる。なんていうか粘性を感じるくらい濃いんだ。フェニード狩りの時に遭ったドラゴンもこんな魔力をしてたような気もする。うん。イイね。
そう言えば、オーヴィの言っていたストーンバレットのイメージ。光矢の練習すると壁に穴があいちゃいそうだけど、素の魔力で練習してみるのも有りなんじゃないかな? そんな事を思いつく。<魔力視>があるからだが、濃厚な魔力が見える分なんとなく行けそうな気もしてしまうんだ。それならあんま物を壊さなそうだし。
よし。確か作った魔法を飛ばすというより、対象の位置に魔法を発生させるイメージなんだっけ。壁に向けてやってみる……だめか。距離が短すぎて普通に魔力が集まるだけだ。
ううむ。
この地下牢は通路を挟んで両側に牢屋があるので向かいの牢の奥の壁なら何とか距離が行けそうな気がする。思いついたら吉日だ。
イメージを作りやすくするために右手を拳銃のような形にし、仮想射線を2つの鉄格子のスキマに設定する。片目を閉じ、奥の壁に銃を打つイメージで。
「パン!」
……口で言ってみても駄目か。どうしても手元に魔力を発生させちまう。そもそも素の魔力で行けるかも解らないが。まずは固定概念を捨てないといけないな。
そんな思いつきを1時間程試すが。上手く行かない。
ううむ。よく考えるとオーヴィのストーンバレットはその対象近辺に発生させると言ってたが、みつ子のファイヤーボールとかは頭の上に火の玉を作って飛ばしていたよな。とくにデッカイのとかは時間かけて作ってたし。そもそも人によってイメージの作り方が違って良いのか?
うん。わからん。そもそもこの世界。一度再現できればスキル化するんだと思うのよね。<光束>がそうだったから。<思考加速>が働いていなければ多分あの時のレーザーの構築は再現できないけど、スキル化……スキルじゃなくて魔法か? まあでも一緒だ。で、スキル化しちゃえば考えなく出来るんだ。多分オーヴィもみつ子も一緒だと思う。<ストーンバレット>を持ってるオーヴィのイメージと同じことをしても無駄だということだな。
てことで。あのイメージは捨てようか。とりあえず。
そう結論付けた所で、配給係がやってきた。朝食の時間だ。
「おはよう! 今日も晴れかな?」
「ん? 今日はちょっと雨降りそうだな」
毎回配給係には挨拶をするようにしている。ちょっとでも心を開いてくれればデザートの1つでも付けてくれるかなとか言う下心が……無いわけじゃないが。唯一毎日合わす顔だ。挨拶くらいはしておきたいよな。
「そう言えば全然他の人が来ないんだけど、いつもこんな感じなの?」
「普段はもう少し多いぞ。もうじき国王の喪が明けるからそしたら増えるんじゃねえかな?」
「なるほど……」
食事が終わると体を動かす時間だ。せっせとボディーコントロールのトレーニングに励む。
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