第91話 退会

 教会の鐘が鳴るのに合わせ、ギルドに向かう。やはりちょっと混んでいる。ギルド長の部屋にでも呼ばれるなら関係ないだろうが。


 ギルドに入ると、受付に居た職員がこちらを見て奥で作業をしている職員に声をかけていた。その職員が2階に上がっていくのがわかる。ううむ。声をかけなくても良さそうかね。



 しばらく待っているとギルド長が降りてくる。相変わらず偉そうな顔をしてる。


「で、俺に話があると聞いたが」

「いやね、通常ランクアップに十分だと聞いてる量の依頼を倍くらいこなしているけどいつまで経っても見習いランクのままなんでね、俺のランクを上げる気があるのか聞きたくてね」


 ギルド長は俺の質問をだいたい予想していたんだろう。ニヤニヤと笑いながら答える。


「そんな物を、1冒険者風情に答えると思うのか?」

「答えてもらいたいな。それだけ依頼をこなし手数料も払ってる。搾取だけして何も答えないなんて、そんな責任感のないのがギルド長をやってるとは思えないしな」

「なんだと? 見習いの依頼程度の手数料で何を偉そうに」

「4割だぞ? 4割の暴利。十分だと思うがな」


 周りの冒険者達も俺達のやり取りを見てザワザワし始める。


「ふん。お前は指名依頼で3割でやってるだろ? 何を偉そうに言ってる。お前が変なことを吹き込むから他の連中も指名依頼を取ってギルドの売上はむしろ下がってるんだ」

「おいおい。指名依頼を受けれるってのはギルドの信用度に対する貢献だろ? それに指名を取れるというのは冒険者の権利じゃねえのか? ルールに則った行動に文句をつけられても困るな」

「それに、Cランクの稼ぎ頭のアジル達も殺りやがって」

「それだって、向こうが殺しに来たんだ。俺に非が有るとは思えないがな。ちゃんと警備団に確認取ったのか? そういうのをキチンとするのが長の勤めだろ?」


 ――ん? 


 その時ギルド長がチラッと俺の後ろの方を見る。なんだ?


「おい! Gランクのくせにお前はこんな混雑してる時間に何をまたやってるんだ!」


 振り向くと、まただ。スキンヘッドがいかつい顔で近づいてくる。

 ん……グルか? それでこの時間か?


「別に受付を止めてるわけじゃねえぞ。依頼受けるなら勝手に並んで受ければ良いじゃねえか」

「うるせえよ。スパズの癖にギルド長に盾突きやがって」

「おい、お前スパズ、スパズ言うんじゃねえよ」

「ああ!? スパズにスパズって言って何が悪い、教育がなってねえな」


 くっそ。コイツも許せねえな。


「ったく。お前なんて黒髪どころか髪が生えてねえじゃねえか。羨ましいのか? 失せろハゲ」


 ブッ


 人混みの中で、吹き出す声が聞こえる。スキンヘッドにも聞こえたのだろう、元々の赤ら顔が更に真っ赤に染まる。


「このやろう……」

「おっと、ギルド内での暴力は駄目だぜ。外の空気でも吸って落ち着いてこいよ」

「てめえ!」


 とうとう限界を迎えたか。スキンヘッドが殴りかかってくる。うん。これで正当防衛が成り立つかね。スキンヘッドのパンチは随分ゆっくりに感じる。やっぱり大したことねえな。余裕を持って避けながらカウンター気味に土手っ腹にパンチをめり込ませる。


 ドンッ


 スキンヘッドは吹っ飛んで受付に並んでる列にぶつかる。みんなこっちのやり取りを見ていたので問題なく受け止めていた。スキンヘッドは白目をむいて気絶してしまったようだ。


 ――さて。


 改めてギルド長に向き直る。


「ひっっ。きっ貴様ギルド内での――」

「殴りかかられての正当防衛だと思うけどな。周りも見てるぜ」

「うるさい! こんな事してただで済むと思ってるのか!」

「いやだから、正当防衛だろ?」


 こいつ、俺がスキンヘッドにやられるとでも思ってたのか? 慌てやがって。


「まあ良いよ。どうせランクを上げる気は無いんだろ? 冒険者辞めるからさ、保証金だけでも返してくれない?」

「なっ。貴様は除籍だ! 保証金も没収だ!」

「おいおい。理由はなんなんだ?」

「ギルド内での暴行に決まっているだろうが!」


 おいおい。こいつ正当防衛とかわからないのかね。


「はぁ~。なんだ2万モルズが惜しいだけか。ケチくせえな」

「なにを言ってる。貴様が今――」

「さっきのは向こうが殴りかかって来ての正当な防衛行動で俺に瑕疵は無いはずだろ? その前にケチつけて来たのもハゲだ。解るか? それも理解できない馬鹿か? 馬鹿じゃなければ2万が惜しいだけじゃねえの?」

「んぐっ」

「だから俺は辞めてやるって言ってるんじゃねえか。保証金の権利は俺にあり、あくまでも保証としてギルドに預けてあるだけだろ? 渡せばそれで丸く収まる話じゃねえか」

「きっきっきっ」


 おうおう。沸騰寸前だな。倒れるんじゃねえか?

 なんか、こういうやつ見てるとどんどん冷静になってく気がする。むしろ冷めるってやつか。ギルド内もシーンとしちゃってますよ。受付の職員さんも手が止まってますよ。


「ん? どうした? ギルド長ってもっと大物かと思ってたけどな……小せえな」


 そう言いながら次元鞄からギルドの会員カードを出し、ギルド長に突きつける。


 ギルド長はプルプルと震えながらしばらくそれを眺めていたが、ひったくるように受け取り、横に居た職員に2万渡してやれと言い、ドンドンとデカイ音をたてて2階に上がっていった。子供だなあ。


 俺は職員から金貨を2枚受け取ると、「世話になったな」とさすらい人の様にウィンクをして背を向ける。



「えー。皆さんお騒がせしました。私省吾はめでたくフリーに成りましたので、戦力が足りない時にでもお声を掛けていただければ、お手伝いしますよ。そこのハゲよりは十分強いと思いますので。よろしくどーぞ!」


 弱めに<ラウドボイス>をかけてお仕事の宣伝をしてみる。



「ガハハハ。ショーゴおめえ面白いな。なんかあったらよろしく頼むぜっ!」


 ザンギがゲラゲラ笑いながら声をかけてきた。

 居たのか。ザンギ。ザンギはエルフの集落への護衛任務を一緒にやって適当さ加減を痛いほど味わってるからな。


「えーと。ザンギさんは割増料金になりますので、ご了承下さい」

「おい何でだよ! 俺とショーゴの仲だろ? むしろ割安にしろよっ」

「えー。おっさん超適当なんだもん」

「いや、おおらかなんだよ、俺は」


 周りもそのやり取りに空気が緩む。

 ザンギのそういうところは助かるんだがな。



 ギルドから出ようと歩いていくと、掲示板の辺りにピート達が立っていた。


「とうとうやっちまったか」

「ああ、ピート達も何かあったら声かけてくれ。そのうち事務所でも出来たら遊びに来てくれや」

「ああ、まあお前なら何とかやっていけそうだな。頑張れよ」

「おう、ありがとよ」



 おっし。なんかスッキリしたな。ブラック企業から退職した気分だ。

 今日はこのまま商業ギルドで相談に乗ってもらおうかな。

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