第87話 裕也とゲネブの街で
何気に時間で言えばそんなにかかっていないのでまだ昼過ぎ位の時間だ。ベンチでおっさん2人で日向ぼっこしてる感じだ。
貴族街の外壁に沿って公的機関の建物などはあるが、びっちり建物があるわけではなく広々とした公園の中にポツンポツンと役所や教会が立っている感じだ。道を挟んで中央通りの両脇にも広い公園がある。子供を連れた家族連れなどがシートを敷いて食事などしているのも見かけられる。
そういえば、一番慣れないのが休暇の時の過ごし方なんだよな。一応ゲネブには劇場が何軒かあり演劇鑑賞や音楽を楽しんだりすることは出来るようだが。一度行けば満足しそうだしな。本とか気軽に読めれば良いのだが、基本高級品になるからなかなか手が出ない。図書館も貴族街にあるだけらしいので俺達が入れるところじゃない。一応新聞っぽいものもあるようだが、町のお役所が発行している物で、号外的に大きなニュースがあると発行される程度らしく。今回の国王崩御の時に初めて見た。
「新聞屋でもやれば儲かるかな?」
「どうだろうな。活版印刷自体は過去の勇者が持ち込んだが、その技術でビラを作ったりして民主主義の思想を広めたりしたからな。今じゃ国から認可された所でしか印刷は許可されてないんだ」
「あう。そりゃそうなるか」
何となく、裕也にはそろそろギルドを見限ろうと言う話はしてある。あとは「じゃあその後は?」と言う話なのだが。場所を移して違う街で、そんなのも考えないわけじゃない。しかしゲネブは裕也の小屋も近いし、知り合いも増えた。良い感じのマイホームもあると考えると、やはりゲネブで何かをしたいと。
一応は、イメージはある。今までギルドで受けていた依頼を個人的に商売として受ける「何でも屋」的な物だ。ただ、組織と違って俺1人では受けられる仕事も限られているし。そこでどこまで出来るかという話もある。世界的な組織であるギルドが本気で潰しにかかってくる恐れもある。商業ギルドに入れてもらい、ある程度の後ろ盾も必要になるだろう。
自信はあるんだ。今まで受けた依頼も、冒険者は基本的に最低限の仕事で済まそうとする中、全力でやってきた。評価も充分して貰えていると思う。心のどこかにギルドにムカついている部分があるから、ギルドの仕事を奪ってやりたい気分も少しある。ただ。それをやろうとすれば、やはり人数が必要になる。保証金が払えなくてギルドに入れないスラムの子供達を使えるように育てれば……。
「もし若者を雇ってだよ。そいつ等をそこそこ戦えるように育てるのに、裕也ズブートキャンプに送ったら、ウーノ村のダンジョンとかで合宿とかやってくれない?」
「ん? まあ仕事が立て込んでなければ良いけどな。これから一ヶ月ほどは暁天の剣を打つからダメだな。でもその後なら良いぜ」
「まあ、どうなるか分からねえけどな」
その後、裕也の買い物に付き合う。例の暁天の剣は、煌びやかな宝飾も望まれる物という事で、宝石等が売っている店等に寄る。男二人で宝石店とかちょっと無いなあと思ったが、指輪やネックレスの様な物が置いてある店ではなく、加工前の石単体が売られている店で特に色気は無かった。
「例の剣の装飾って言ってもさ。こういう普通に売ってるので良いのか? なんかレアなモンスター探して素材を集めるとかはしないのか?」
「まあ、それを考えなかったわけじゃないがな。そこまでレアな素材なんて俺とエリシアの2人でもちょっと厳しいと思う。だけどな、ちょっと面白いことを考え付いてな」
「面白いこと?」
「きっかけはお前の発案だぞ?」
そう言うと、裕也は1つの石の様な黒っぽい塊を取り出した。なんだこれ? ん? 見たことがあるような気がするんだが……。
「これ、魔石か?」
「そうだ。複数の魔石を次元鞄に入れ、そのまま違う次元鞄に……」
「圧縮させたのかっ!」
魔石を次元鞄で圧縮させると、内包された魔力も圧縮されるのか外に魔力が放出されなくなると言う。だが魔石の持つ、石の中に揺らめく魔素みたいなのは見える状態のまま圧縮されているので、見た目としてはどの宝石にも無い不思議な印象を魅せる。確かにこれは良いかもしれない。
「だけどこれ、加工してあるよな? 分子レベルで圧縮されたような物をよく削れたな」
「ほれ、そこは鍛冶チートの腕の見せ所だ。硬く普通は溶けないオリハルコンを合金として加工するには<鍛冶の極み>のスキルが必要になる。簡単に言うと分子結合を脆くして振動しやすくする感じか? まあミスリルの場合は別のアプローチが必要なんだけどな、素材の持つ馬鹿みたいな魔法抵抗を抑え込んで魔法炉の熱でも溶けるようにする。そこらへんの組み合わせで何とか加工することに成功したんだ」
「まあ、良くわからんがそこら辺も、他に出来る鍛冶師が居ないってわけか」
それで魔石単体じゃなく、宝石等も組み込んで圧縮すると模様などを付けられないかと言う狙いがあるらしい。楽しそうでなによりだ。俺の新しい剣を作るときもそんな技術を使ってもらえればいいな。
夕飯は、裕也のたっての願いで、いつものジロー屋に行く。
「あ、これだわ。20年ぶりで舌の記憶が薄れてるかもしれんが、相当だな」
「だろ? 化調がなくてな、グルタミン酸を昆布で取ったりして何とかやってみたんだけどな。後は醤油なんだろうがそこまでは作り方解らなくてな」
「醤油か、味噌ならあるからその溜まり醤油とか使えないか?」
「ん? そうか味噌の上澄みの汁か」
俺が黒目黒髪の裕也を連れてきた段階から、何となく気になってたらしいオヤジが耳をダンボにして会話を聞いているっぽい。いよいよ耐えられなくなってきたようだ。
「味噌の上澄みか? 確かに味噌も過去の勇者が広めたと言う話があったな」
突然話に加わってきて、裕也が一瞬警戒するがこのオヤジは大丈夫だとなだめる。元々領主のところで料理長をしていたらしくて、勇者のジローレシピの資料を集めまくったらしい事を話し、そこから醤油の作り方談義が始まる。
「味噌は蒸した大豆と麹と塩を混ぜるだけだから解りやすいんだけどな」
「たしか、炒った小麦を入れるんじゃなかったか? なんかそんなテレビ見たぞ」
「味噌があるって事は、麹はあるんだよな? 醤油の麹と同じで良いのかな?」
「醤油は絞るから水っぽいんだよ。塩水とか入れてみては?」
「火入れは、グツグツ煮るだけでいいのかな?」
ふむふむと、オヤジがなにやら会話をメモしている。
まあ、適当な会話だが研究でもするのかな?
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