第88話 ゲネブの日常
久しぶりに風呂でも入っていかねえか? と裕也に言われ、一泊ぐらいならとラモーンズホテルに泊まる。裕也が払おうとしたが、金は少し余裕が出来たからと断った。それでも一番安い部屋を取り、例の赤富士を眺めながら風呂に浸かる。
「始めは違和感感じてたけど慣れると、良いな」
「お、そうだろ? ウーノ村のラモーンズホテルを建て替えた時なんて始めは意味無く泊まりに行ったりしたからな」
「半年近くなると、少し懐かしさも出てくるよな」
王国が喪に服している事もあり、ラモーンズホテルも客足は少し減っているようで、風呂には他の客が居ない。充分に満喫する。
裕也は明日には小屋に向かうという。
俺を待っていたというのもあるが、今は早く剣を打ちたくてウズウズしている感じだ。
少し裕也の部屋に酒を持ち込み、部屋でまったり飲んでいた。
「片刃の剣は、あまりストックが無いんだ。この世界の人間は、どちらかと言うと両刃の剣の方が需要が高いんだ」
そう言いながら、マジックバッグから1本の鋼の剣を出して渡してくれた。 とりあえず予備にと言う事だ。もう予備が無かったからこれはちょっと安心だな。
だいぶ遅くまで話していたが、キリが無いので適当なところで切り上げ、自分の部屋に戻る。部屋に戻ると、今度は魔法の検証の時間だ。
新しく覚えた<ラウドボイス>がノイズに乗せられるかと言う話。普通の大声を深夜のホテルで試したら多分追い出されるからな。
まずは<ノイズ>を範囲で纏う。そのまま範囲を広げていくと光の魔道具がチカチカと揺らぎ始める。一度<ノイズ>を切り、そのまま威力を最小限に絞り再び纏う。光の揺らぎが弱くなってくる。ここに<ラウドボイス>を……
……
なにも変わらないか。何となく乗ったような感じはしたんだけどな。
いや、魔法の威力は発動時にしか変えられなかったよな。発動時に同時に乗せられるかな。
頭の中を整理し<ノイズ>と<ラウドボイス>を混ぜるようなイメージで発動させる。
……
だめだ。変わった感じが全くしない。
ううむ。失敗だったか。
いや待てよ、<ラウドボイス>はボイスって言うくらいだから音にしか乗らないって事もあるのか。魔法に対する情報じゃ関係なくて、雑音として使えばもしかしたら乗るかも知れないな。しかし。ここじゃそれを試せないか。
しょうがない。何となく魔法を混ぜるのは出来そうな気がするからな。後日検証と言うことで。寝るか。
……
――トクン
夢を見た。
おぼろげで、何もかもあやふやで。意味のわからない夢。
子供が胎動をしているような。
羊水の中で眠っているような夢。
夢中夢とでも言うのか。
次の日の朝、裕也と朝食を取ると、そのまま裕也はゲネブを立って行った。普段あまり夢を見ないせいか、なんとなく頭の中がもやもやする。家に帰って二度寝でもしようかとも思ったが、自然と身体はギルドに向かい歩いていく。
何気に一週間ほど出ていたので、受付で指名依頼が入っていないかの確認に並ぶ。今日は珍しく栗毛の子が居たので並んでみた。
「そうですね、昨日1件入りましたが……」
「お、ん? 入りましたが?」
「護衛任務でしたので、お断りさせていただきました」
「へ?」
「Gランク冒険者が受けられる依頼では無かったのですよ」
「いや、だけど」
「駄目ですよ。決まりですから」
取り付く島もねえな。可愛い顔してるのに。なんかちょっとイラッとする。
「ん~。いつになったらランク上げてもらえるんですかね?」
「ショーゴさんは、少し申請が多いみたいですね。こういうのはギルド側で判断しますので、あまり背伸びをしないほうが良いと思いますよ」
「だけど、普通はこれだけ依頼をこなしていれば……」
「おい! 混んでるんだから下らねえ質問でメルシエちゃんを困らせるんじゃねえよ!」
おう、後ろにいつだかのスキンヘッドが立っていた。
「モロトフさん、ありがとうございますっ」
は? ありがとうって、ナニソレ!
「え? いや別に困らせてるわけじゃ」
「うるせえよ、早く開けろよ」
くっ。 やっぱムカつくなコイツ。しかし俺の後ろに並んでいた冒険者もちょっと険しい目で俺を見てくる。なんか、俺が悪いみたいじゃね? なんでだ?
モヤモヤが止まらない気分で列から離れる。
掲示板の辺りまで離れると、やり取りを見ていたっぽいリンクが話しかけてきた。リンクはスラムの子供で、まだ規定の15歳に成っていないためGランク限定で冒険者をやっている子供だ。
「兄ちゃん駄目だよ。あのお姉ちゃんは難敵だよ」
「ん? 難敵?」
「おう、なんでも良い所のお嬢様らしいぜ。うちらスラムの人間に対しても冷てえよ」
「なるほど。それでか。ニコニコしている割にはちょっと棘を感じるんだよな」
「だろ? モロトフはああ見えてピュリールだからな、そういうのにはちゃんと対応する感じだぜ」
「モロトフ? あのスキンヘッドか? あいつもなんかムカつくんだよな」
「お、兄ちゃん気をつけろよ、殺るときは人の居ない所で……」
「殺らねえよっ」
リンク達いつもの4人は今日はスライム採取に行くと言っていたので、特の予定のない俺は付いていくことにする。何事も経験だな。
北門近くに下水やごみ処理を担当する役所の出張所の様なものがあり、そこでデカイ樽のようなものとシャベルを渡され、リンクたちに付いて外周の塀の外に出ていく。外周の石壁は西側は海まで繋がっている。
スライムたちはどうやら海の中でクラゲのように漂って上陸してくるようだが、西門から海に行く部分は港があり、港にはスライム避けが付いているらしくあまり居ないらしい。
それからスライムは龍脈沿いの街道には近づかないとの事で、街道から西の草原のところにしか出ないという。そう言えば俺が転生して初めて遭ったスライムも、龍脈から西の草原だったな。
現地につくとみんなバラバラになりスライムを探し始める。スライムは動きも緩慢なためスコップで掬い樽の中に放り込んでいくだけだ。ただ無色透明なスライムはなかなかに見つけにくくなかなか捗らないんだという。俺は<魔力視>のお陰で結構簡単に見つけることが出来、まもなく樽がいっぱいになった。
樽の中は、内側に何かタールのようなものが塗りつけてあり、これがスライムの酸で溶かされるのを防いでいる感じだ。とりあえず満杯になった樽を封して手伝いに回る。一応これを7割くらい貯めれば依頼が完了らしい。一日で一定量に出来なくても減算で報酬は出るみたいだが。
「兄ちゃんすげえな。なんでこんな見つけられるんだ?」
「んと。魔力を見るスキルが有るんだよ。スライムはあんま魔力が無いみたいだけど、少し揺らいでいる場所を見れば……ほら。いるだろ?」
「おおお! 天職じゃね? これ。専門でやったらどうだ?」
「いやあ、ねえな。収入が微妙だろ?」
とは言っても確かに一日で3回分くらいは余裕で依頼をこなせそうだけどな。
お役所系の仕事はなんとなく役人に軽く扱われそうで嫌だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます