第85話 ゲネブ大聖堂 1

 裕也に部屋を取ろうかと言われたが、今日は帰ってきたばかりだから家で寝たいと断り、帰宅して寝た。明日とかなら銭湯目当てで泊まっても良いんだが。


 まあなんだかんだ言って怒涛の日々が続いたからな。疲れてる。それでもすぐに裕也に会いに行ったり出来たのは<強回復>のお陰なのだろうか。体力も付いてきてはいるしな。それでも流石に眠くて帰宅後すぐに布団に転がる。記憶があるのはそこまで、一瞬で眠りについた。


 ……


 ……



「おい。いつまで寝てるんだ?」

「ん? ……んあ!!!」


目を覚ますと、だいぶ日が昇っているようだった。おや? ていうかなんで裕也が?


「あれ? どうやって入ってきた?」

「ったく。鍵は開いていたぞ、まったく不用心な」


 どうやら昨日帰ってきて、鍵も閉めないまま寝てしまったらしい。割と治安の良い場所とはいえ、たしかにヤバい。それにしても随分熟睡しちまったなあ。かるくシャワーを浴びて気持ちをシャキっとさせる。シャワーから出ると裕也がサクラに座っていた。


「なんか、良いなこのソファー」

「お? 分かるのか? 良いだろう。あげねえからな」

「いや、別にくれとは言わねえけどな、それより飯どうする? 行くだろ?」

「寝起きだからなあ、なんか軽く食いに行くか」


 裕也が最近俺が行きつけている店とか無いのか? と聞いてくるので、ジロー屋くらいだなあと答える。しかしジローは決して軽い食べ物じゃない。裕也は行きたがったが、やはり軽いものをと、喫茶店のような店で軽く軽食を食べた。 




 ゲネブの街の作りは、中央に領主の館があり、その周囲に貴族街と呼ばれる、貴族などが住む区画がある。その周囲はぐるっと一周石積みの塀で囲まれており、東西南北に設置された門から出入りする。門には門番が立ち、一般の住民はその中には入れない構図になっている。


 さらに貴族街の塀の外周にに警備団の本部や役所などの公共機関が立ち並ぶ環状の道があり、中央通りなどの街の外周まで繋がる放射状に伸びる道の起点ともなっている。その一角にゲネブ大聖堂はあった。


 ここまで奥には、一度第三警備団の本部に来たきりで、教会などがあるのまでは確認したことはなかった。


「おお、大聖堂って言うだけあるな。超立派じゃねえか」

「おいおい、もう何ヶ月もゲネブに住んでいるんだから色々観に来れば良いじゃねえか」

「そうなんだけどさ、あまりセレブな区画って来にくいんだよ」


 ヨーロッパのキリスト教の大聖堂。そんなイメージそのままの建物だ。スラムに有った教会もなかなか味のある建物だったがやはりこちらのほうが断然デカイしキレイだった。

 入り口は開放されており、信徒である住民たちが自由に出入り出来るようになっていた。俺達もそこから建物中に入っていく。


 やはり宗教というのは神の威光と言うものを強く感じさせる建物を作るというのがパターンとしてはあるんだろうな。高い天井にも細やかな宗教画が描かれており、天窓から採光された光が最奥にある神の像を明るく浮き上がらせ、神秘性を十二分に演出している。建物の中にある巨大な8本の石の柱にはそれぞれ一本ずつ違う神の石像が彫られていた。


 思わずあんぐりと口を開けたまま天井を眺めてしまう。


「教会なんて友だちの結婚式の狭い空間のやつしか知らなかったが、すげえな」

「まあな、神の威光で飯を食っているんだ。気合の入れ方が違うだろう」


 入り口から入って左側の方にカウンターがあり、そこに「スクロール」と表記されていた。なるほど、田舎の教会と違ってちゃんとした売り場があるのね。


「こんにちは。どのような魔法をご希望でしょうか」


 俺達が近づいていくと、法衣に身を包んだ職員さんが声を掛けてきた。


「うーん。省吾はなんか希望あるか?」

「とりあえず、攻撃に使えるやつがいいな。基本魔法から育てて行きたい感じだ」


 そういうと、その職員は俺のほうを見て困ったような顔になる。


「そうですね、髪や目の色からは適性のある属性が分からないのですが……生活魔法としての使用ではなくて、ですか?」

「いきなり攻撃系の魔法だと、発展性があまり無いんですよね?」

「そうですね、冒険者の方だと攻撃の補助として購入していく事がありますが。適性の無い方は、基礎魔法だと、生活魔法のレベルで終わられる方が多いのでそちらの方がお勧めですかね。今ですと下位攻撃魔法の<木杭>や、<ストーンバレット>、<ファイヤーボール>がありますが」

「ううむ、そういうのって幾らくらいするんですか?」

「<木杭>と<ストーンバレット>は15万モルズです。<ファイヤーボール>は22万モルズになりますね」

「高! まじかあ。下位でもそんなにするんか」


 それでも一度覚えれば、一生物だからと言われるが。適性が無ければ威力も出ないわけで、なかなか悩めるな。軽自動車が買える値段だぞ? いやまあ適性は何となく大丈夫な気がするが。やっぱ1から育てたいなあ。


「で、基礎魔法だと何があるんですか?」

「そうですね、割りと貴族の方がお子様の為に買っていくケースが多くて、あまり種類が無いんですが……<放電>と<ウィンド>と<光源>ですかね」

「お、<放電>だと雷属性か? なんかカッコいいかも」

「適性があれば着火などにも使えますが、適性が弱いと少しパチッっと刺激を与えるだけの物になってしまうかも知れないですよ? 雷属性の方はとても珍しいので、あまり人気のものでは無いのですが。スクロール自体もなかなか出回らないので、他の基礎魔法のスクロールと値段は変わらないんです」


 ううむ。<ウィンド>は弓使ってると役に立ちそうだが、ハヤトやエリシアさんと被るしな。<光源>はすでにあるし。ここはやっぱ<放電>かな。珍しいって言ってたしな。そういうのに俺は弱いんだ。


「裕也。俺<放電>にしようかな?」

「そう来ると思ってたわ。自分の神経系に電気走らせて、光速移動とか妄想してるだろ」

「にひひひ。流石だな」


 当然、この世界の人に神経の伝達が電気だなんて話解るわけ無いしな。職員さんも何を言っているのかさっぱりと言った顔をしている。少し裕也が気になったのか、念のためなのか質問をしている。


「回復とか、補助系はあるか?」

「すいません、そちらはなかなか出回らなくて」

「いや、分かってる。一応念のため聞いただけだ。ちなみに<ノイズ>はあるか?」

「<ノイズ>ですか? 少々お待ちください」


 ……何? まさか裕也、俺のノイズマスターをパクるつもりか???

 ジロリと裕也を見ると、ダンディーにウィンクをしてくる。くっそ。致し方ない。


「<ノイズ>は3本在庫がありますね。あまり入ってこない割りとレアなスクロールなんですが、需要が無くて……お2人ともどうですか? 2つで1つ分の値段でも良いですよ」

「いや、とりあえず1つで良い。代わりに同じような売れない奴サービス出来無いか?」

「うーん。そうですね、<ラウドボイス>辺りなら、おまけで付けれますが」

「<ラウドボイス>?」


 <ラウドボイス>は、名前の通りそのままの物で、その魔法を使うと声が大きくなるらしい。風魔法っぽいがカテゴリーとしては無属性だということだ。昔は演説や演劇などの大人数に声を届かせるために需要があったらしい。しかし今は拡声器的な魔道具が普通に売られているため、わざわざキャパを使う人間が居ないらしい。どう考えても無駄魔法だが……何となく気になる。


「俺、それ欲しいかも」

「ん? 何に使うんだ?」

「ほら、雑音を拡大出来ねえかなとか」

「……なるほど、まあキャパが余ってるなら試してみてもいいかもな」


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