第79話 フェニードハント 5

 少し緊張感のある野営だったが、やはり香木の効果はあるのかもしれない。もしかしたらハーピーの縄張りで他の魔物が近くに居なかったというのもあるのかもしれないが、この日の夜も何事もなく過ぎていった。


 1人の夜番は寂しいが、見慣れぬ星空は意外と楽しい。転生したことで視力も良くなったようで満天の星空はいつもながら圧巻だ。地球のそれほどハッキリしたものでは無いが天の川のような星の集合したラインもある。この星も渦巻銀河のような形をしているのだろうか。いつか望遠鏡とか作ったりして余生を楽しむのも良いかもしれない。作るのは裕也に任せるが。



 朝、皆でどこまで散策を続けるか相談する。一応食料はまだ余裕があるが、更に奥まで行くことで果たして本当にフェニードが見つかるかも不明だし、魔物も更に強くなってくる事も考えられる。とりあえず、遠くの方に見える山の山頂が恐らく噴火口になっているだろうからそこまで行ってみようと決まった。


 フェニックスなら噴火口とかが似合いそうだという俺の素人考えを聞いて、実際フェニードがその眷属ならあり得るかもしれないというなんとも適当な論理付なのだが……


 ここらへんまで来ると、地図にも記載が無いと思われたが、何気に噴火口は地図の範囲内になっていた。伊能忠敬の様にライフワークでこんなところまで散策した探検家でもいたのだろうか。地図にはワイバーン等のような危険な魔物が出る箇所は注意書きがあるが、ここら辺にはそこまで危険な魔物の書き込みが無かったというのもルベントの了承の要因になっている。


 戦闘要員と言うことで、氷室運びは免除されているのだが、ヒイヒイ言っているパンクを見ていると交換してあげたくなる。一応、パンクとデーブは短めの時間でと言うことだが、この登りだ。否が応でもバテる。身軽な俺でも少し息は乱れる。


「……なんか魔物出ないな」

「岩ばかりだからか?」


 2時間ほど登っていくがフェニードどころか普通の魔物すら出ない。火口からガスでも出てて生き物の住めない死の地帯とかに成ってねえかな?


「火山性のガスでも出てると危険じゃね? なんか息苦しいとか頭が痛いとか有れば皆我慢しないで言えよ」

「とはいえ、火口までまだあるぜ」

「そうなんだよな、だから不思議なんだが」


 あとは、あれか。エルフの集落の神樹の様に火山に神聖な気でもあるのか。日本にいると山岳信仰とかあるからな、イメージは付くが……


 火口からは、なんとなく河口付近に煙もモクモクと出ているのがわかる。近づくにつれ、蒸気が上がってるのか付近の空気も揺らめいてるのが分かる。あんまり近づかないほうが良いのかな。


 氷室背負いの交換のタイミングで昼飯をとる。と言っても、ナッツや干した果物などを簡易的に取るだけだが。


「うーん、ここら辺までかな?」

「いや、せっかくここまで来たんだ、火口を覗いていこうぜ」


 ピートは少し興味津々な感じだ。

 それに対してルベントはやはり慎重になっている。


「だけど、ここまで魔物が出ないのもちょっと気になる。一度降りたほうが良いんじゃないか?」

「とは言ってもあと1時間かからないくらいだろ? ちょっとだけ覗くだけだ、火口って溶岩がグツグツしてるんだろ? 見てみたくないか?」


 パンクも少し行きたそうな感じだ。俺は……ちょっと見てみたいかも。日本だとそんな危険な場所は基本的に立ち入り禁止だろ? 溶岩グツグツってテレビでしか見たこと無いしなあ。


 とりあえず見たらすぐ降りる。風向きがこっちに向かってたら火口まで行かない。そこら辺を約束してゆっくり警戒しながら登っていく。



 もう少しというところでチャチが入った。


 <直感>だ。


 それも猛烈なアピールでだ。ガンガンと警鐘が鳴り響く。やばい。ていうか、ずっと山の湯気とか思ってたが……馬鹿でかい魔力……なのか? あれは。


「ピートまずい!!! 火口にやばいのがいる!!!」


 先を歩くピートに伝える。心なしか声も抑えてしまう。感嘆符は着いているが、だ。

 不満げにコチラを向くピートだが、俺の顔色を見てヤバさを感じ取ったようだ。ルベントがすぐに下山を指示する。パンクとデーブもすぐに従う。


 気が付かれる前に、そっと離れよう。




『なんだ? 来ないのか?』


 !!!


 突然の声に恐る恐る後ろを向くと、火口に縁にゴツい爪を食い込ませて、そいつは俺達を見下ろしていた。


 距離はあるがそのデカさは十分に感じられる。2階建ての家をゆうに超える巨体。爬虫類を思わせる身体に、真っ赤な鱗に覆われた皮膚。背中に折りたたまれた翼は鳥のものじゃない。蝙蝠のような膜で出来ていた。


 ひと目で分かる。



 ドラゴンだ。




「な……なんで……こんな所に」


 顔面蒼白のルベントがやっとの思いで言葉を漏らす。ピートが慌てたように抜剣する。パンクとデーブも弓を構える。いや、無理だろこれ。


『愚か者め』


 グォァアアアアォゥ!!!!


 俺達が攻撃の態勢を取るのを見たドラゴンが咆哮をあげた。

 ぐぉ……体中がビリビリと痺れる。洒落にならん。


 くっそ。鋼の剣じゃ駄目だ。ミスリル混じりじゃないと。


 次元鞄からミスリル混じりの剣を出しながら、ピート達に声をかける。


「皆、すぐに降りろ! 出来る限り時間を稼……えっ?」


 ……は?


 ピート達は皆、その場に倒れ込んでいた。うめき声も上げていない、完全に意識がとんでいる。

 何が起こった? まさか咆哮か???


「おい! ピート! ルベント!」


 慌てて駆け寄ろうとした時。



 ブフォーッ


 突然生暖かい風に煽られる。俺は恐る恐る振り返る……



 目の前でドラゴンが覗き込むように俺を観ていた。鼻息がかかるくらいの距離だ。


「ひっ!」


『ふむ。意識が飛ばないか。黒い目に、黒い髪。それゆえか』



 くっそ。ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。殺らなきゃ殺られる!



『ほう。やるきか?』


 <剛力>


『ほう』


 <ノイズ>!


『おうおう。獣のたぐいじゃあるまいし』



 くっそ、ノイズは効いている感じがしねえ。


「うおおおおおお!」


 考えうる俺の全力の一撃を――



 ズゴン!


 突然の一撃になすすべもなく俺は吹っ飛んでいく。


 ドガッ。


 ガハッ……ゲホッ……な……何が???


 全くドラゴンの攻撃が見えなかった。俺は、少し離れた岩に打ち付けられていた。今まで何度も吹き飛ばされてきたが、これは、半端ねえ。体中が壊れた感じがする。どこも動きそうにない。ゴッフ……吐血かよ……あれ? 腹が。


 見ると、折れたミスリル混じりの剣が脇腹に突き刺さっていた。血がドクドク流れ出ているのが分かる。どっか臓器を傷つけたか。あれ。てかこれ、死ぬんじゃね?


 痛みは……<極限集中>が動いたのかみるみる耐えられるレベルまで収まる。しかし、動けなければ何もしようが無い。うつろな目を向けると、ドラゴンがコチラをじっと観ていた。表情は分からない。なんなんだよコイツ。



『やりすぎたか、だが生きている』


 くっそ。動けるところは……右足は駄目だ。左足は……なんとか。右腕も駄目。左腕も駄目……これは、詰んだか……<ノイズ>は効かなかった。ゴッフ。<光源>? 駄目だろ。


 いや。身体が駄目なら魔法しか無いじゃないか。


 <光源>を極限まで集中させる? きびしいか。


 レーザー? 成功したためしがない。……しかし今は思考は加速している。ステータスも上がりまくってる。構築出来ねえか? やってやる。やるしかねえ。


『これは驚いた。まだ殺気を飛ばしてくるとはな』


 ――光の収束。共振体による増幅。波長の整合。可干渉。収束を魔力で、触媒は魔法。増幅も魔法。イメージを作れ。魔力を練ろ。考えろ。想像しろ。


 ……よし。


『何を考えてる?』


「……お前を殺すことだ。くらえっ」


 ……


 ……


 ???



『この光がなにかあるのか?』


 そう。レーザーの発生には成功した。




 レーザーポインターレベルの。


 ……


 やべえ。やっぱ死んだな。俺。



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