第76話 フェニードハント 2

 ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。


 思ったよりペースが速くねえか? なかなかやるじゃないか。

 ちょっと意地も有ったのだが朝から俺がずっと氷室を背負ってる。カポの集落で一度休憩を取り、そのまま走り続けていた。


 正直肩が痛い。せめてウエストベルトとか付いてほしかったぜ。


「おいおい。顔がやべえ感じになってるぞ。そろそろ限界か?」

「あ? 何言ってるんだ。ピートこそ限界じゃね? 休みたかったら言えよ」


 荷物もなしで余裕なピートが相変わらず煽ってくる。

 くっそ。負けるか。こっちは<敏捷>があるんだ。全力で走ってるわけじゃない。裕也が回復魔法のスクロールをもっと早く手に入れてくれればこっそり回復しながら行けたのにな……ん? そうか<強回復>が俺には有ったな。今も回復してるんか?


 通常一日掛かる行程だが、お昼前にはルル村に着いた。


「じゃあ、ここで昼飯食ってちょっと休んだらあと半日走るぞ」


 ルベントが皆に言う。見るとパンクとデーブはかなりギリギリな感じだ。マルズ団とか言ってたっけ。ピートとルベントの弟分の様なポジションで、必死に先輩についていってる感じなんだろうな。まあ、この行程を走ってついて来るだけでも凄いんだけど。


 ただ、ちょっとこの2人に箱を任せるのは厳しそうじゃね?




  ルル村はそこまで大きい村ではなく、食堂は老夫婦が営む小さな食堂が一つあるだけだ。この村はスス村に行く中継地で、スス村とゲネブを往復する行商人や旅行客目当ての宿がある程度の簡素な村だった。


 ううむ、メニューの品数は少ない。日替わりパスタと日替わり定食のみだ。だがこういう老舗はなんだか旨い気がする。パスタにするか定食にするか。それが問題だ。ピートたちは悩まないのな。どんどん頼んでいく。


「ん? 君たち若いのにそれで足りるのか? んじゃ、定食ください。あ、大盛りで」


 とたんにピートの目つきが厳しくなる。


「おう、忘れてた。俺は特盛な」

「んあ? 特盛なんてあるのか?」

「あるだろう。米もおかずも大盛りのやつだ」


 食堂のおばあさんはニコニコ笑って大丈夫ですよと言ってる。

 どこの牛丼チェーンだよ。


 ……


「あ、間違った。俺ダブルで」

「何だよダブルって」


 すかさずピートが突っ込んでくる。


「え? 知らないのか? 米もおかずも倍盛なんだ」


 食堂のおばちゃんはニコニコ笑って大丈夫ですよと言う。

 負けず嫌いのピートが少し悩む様子を見せたが、一歩踏み出してきた。


「前菜はそんなもんかな。あと、日替わりパスタも頼む」


 !!!


 ルベントが頭を抱えている。




 おっふ。旨かったなあ。この食堂。

 旨かったが……食いすぎた。俺とピートは顔を青くして耐えている。


 ルベントが半ギレで俺たちに言い放つ。


「アホかお前ら。とりあえず午後は俺が氷室を持つ。お前らちゃんとついて来いよ」

「大丈夫だよ……うっぷ……こんなの、腹八分目さ」

「ルベ……俺が、持っても、良いん、だぜ」


 ルベントはやれやれと言った顔つきで走り出す。

 お、いきなりこのペースか。い、いけるさ。


 それでも一時間も走ればお腹はかなりこなれてきた。ピートも同じらしく途中でルベントと氷室背負いを代わっていた。


 日がだいぶ傾いて来ると今日はここまでと、野営の準備を始める。ピートたちは4人で一つのタープで寝るようだ。俺はそのそばにいつものようにテントを設営する。


「それテントか? すげえな」


 パンクやデーブが羨ましそうに俺のテントを見ている。


「おう、友達で裕也っていう鍛冶師が居てな。作ってもらったんだ」


 すると、ピートが反応した。


「何? ユーヤってあの天才鍛冶師のか?」

「天才かは知らないけどな、俺はすげえぞって言ってたな、知ってるのか?」

「知るも何も、冒険者なら誰だってユーヤの剣は一度はあこがれるぞ」

「ほほう……」


 お、そういえばあの両刃の剣は全然使ってないよな……まだピートは俺に張り合いがちだしな。親交のためだ。


「使ってない裕也の鋼の剣があるんだけど、使うか?」


 そう言って、次元鞄から両刃の剣を取り出す。


「え? は? まじで言ってるのか?」

「ああ、これは単なる鋼の剣で銘も掘ってないが、一応まぎれも無く裕也が打ったやつだぞ」

「か、返せって言われても返さねえぞ?」

「いいよ。それで」


 ピートはすらりと鞘から抜き放つと、まじまじと見つめる。まるでクリスマスプレゼントを貰った子供のようで可愛いぜ。



 ソロキャンプでの食事は、引き出しがそんな多く無いので今回の野営もアヒージョを作る。光源を収縮させ火をつけるところからピートたちは驚きを見せる。ふふふ。


 光源も何気にレベルが上ってるんだ。出力が上ったのか今じゃ割りとすぐに発火させることが出来るのだが、スパズだと思ってる相手が器用に魔法を使うところを見れば意外性抜群だろう? ピートたちは火打石で根気強くやる予定だったみたいで、ささっと火をつけてやった。


 アヒージョも好評で、こういうキャンプっぽい楽しみが出来るのもパーティーを組んでの冒険の醍醐味に違いない。




 次の日は、俺とピートとルベントの3人で氷室背負いをまわしながらスス村までたどり着いた。着いたころにはすでに暗くなりかけていたので本当にギリギリと言ったところだ。特にルル村からスス村にかけては山道になってきて傾斜が結構キツイ。パンクとデーブは村にたどり着く頃には息も絶え絶えになっていた。箱根駅伝でゴールの瞬間に倒れこむような感じか。ルベントが宿をとって来るから2人の面倒を見ておいてくれと先に村の中に入っていった。


 標高が高いせいか若干肌寒さは感じるもののススの村は予想以上に立派だった。ここにはウーノ村より規模のデカイ鉱山系のダンジョンがあり、ドワーフ達の工房も多い。人間の鍛冶職人もそれなりに居るらしい。それとダンジョン目当てでやってくる冒険者も居るので宿も充実している。


 村の中央にある広場では沢山の提灯の様な魔道具がつるされて煌々と輝いていた。その下で沢山のテーブルが並び、その周りを屋台が並ぶ。さながらビアガーデンのような感じで、ドワーフ等職人たちがエールを飲んでいた。


 おおおお! 良いなあ。ここ! 否が応でもテンションは跳ね上がる。しばらくグッタリしていたパンクとデーブも段々と元気を取り戻し、キラキラした目で喧騒を眺めている。


 やがて宿を取って帰ってきたルベントと、ひとまず荷物を部屋に置いて皆で屋台村に繰り出した。

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