第73話 帰宅して その2

 久しぶりの魔石磨きだなあ。

 朝起きて、再びケルプを干すと、いつもの倉庫に向かう。魔石磨きの部屋に入ると、ランゲ爺さんとナターシャさんが居た。


「おう、久しぶりだな。護衛任務を無事に終えたようでよかった」

「はい、色々有りましたが楽しかったですよ」

「うんうん、それは何よりじゃ」


 いつもやっている席に着こうとすると、ナターシャさんが紙を渡してくる。


「これは?」

「いつぞやのロッカーの権利書じゃ。了承も取らず勝手に進めてしまったがな。国からの指定も取れたから20年は権利が発生する。ロッカーの売り上げのうち僅かだがなショーゴ君にも入るように書類をまとめておいた。」

「は? え? いや。俺は適当に好き勝手言っただけですよ?」

「商売の世界じゃ、アイデアが価値を持つんじゃ。設置したロッカーもほぼ埋まってる。遠慮は要らん」

「いや。しかし……」

「ほっほっほ。大丈夫じゃよ。商いを取り仕切って動いているのはランゲ商会じゃ。ショーゴ君に回るのはちょっとだけじゃ。ランゲ商会にの儲けの方がずっと多く取ってある」


 そのまま押し切られるようにサインをする。

 どうやら権利料は2種類あるらしい。ロッカーの制作にかかる権利と、ロッカーレンタルのシステムに関する権利の2つだ。制作時に発生する権利はロッカーの本体の売り上げからの分け前と言うことで貰える事になった。地球で薬の特許が成分にかかる特許と製造にかかる特許の2種類有るのと同じようなものなのだろうか。


 ロッカーのシステムは国からの指定があるため同様の商売をする場合はロイヤリティを払わなければ成らない。特許のようなものらしい。ロッカーを購入して設置した業者の貸し出し代は、その業者に全て入るが、権利利用料的なものが毎月発生し、そちらはランゲ商会に回る。そのために権利を俺から買い取る形になりその分はまとまった金を支払われる。王国すべての街や村に設置する計画があるらしく。その規模はかなりのものだ。

 隣の帝国にまで交渉が入っているらしい。


 安くて申し訳ないといわれながらも、権利利用料を俺から買取する対価として20万モルズが支払われる。雑談からの収入なのでむしろ俺の方が申し訳ない気分だ。


 日本円換算で約300万を支払い、数千万を稼げるのかもしれない。日本だったら、特許の権利を企業が安く買い上げ大もうけする構図になるのかもしれないが。ロッカーの製作に関してはロイヤリティが貰えるし。どうせアイデアを実行に移す事は無いんだ。むしろ行動に移してくれてしかもお金も貰えてありがたいと言う感じだろう。実際俺、なんもしてないからなあ。


 いや、金が入るのは嬉しいんだ。だが戸惑いはある。


 そんな戸惑いに気が付いたのか、ランゲ爺さんが優しく微笑む。


「なあに、気にすることは無い。突然見知らぬ異世界に飛ばされてきたんじゃ。知識でも何でも金に換わるものは換えて生きていくがいいじゃろ」



 魔石磨きも3度目となれば手馴れたもので、すいすいと進んでいく。ランゲ爺さんとは、その後は取り留めの無い雑談を続けた。チソットさんの所で、ロスに独立しちゃいなよと言われた話を興味深そうに聞いていた。


「ほう。カルロの所の子か? 奴は今の商業ギルドの理事も務めてるからのう。確かに手を貸してもらえれば現実的な話になるじゃろ」

「あれ? ロスの父親は商会やってるって言ってましたが」

「商業ギルドは、冒険者ギルドとは違い、会頭は会員の商会の経営者の中から選ばれるんじゃ。ワシも何期かやってたぞ」


 なんか、商工会議所みたいなものなのか。そう考えるとイメージがぴたりと合う。


「だけど、冒険者ギルドに居ないとダンジョンとか入れないし、もうしばらく様子見ですかね?」

「ダンジョンか。管理は冒険者ギルドじゃろうが、実質の持ち主は領主だからの、貴族にコネがあれば入れると思うのじゃが」

「スパズじゃそこら辺は厳しいかもしれませんね。あ、オーティスさんとか口利いてもらえないかな……」


 確かにオーティス・ピケがいつでも尋ねて来いとは言っていたが。友達って訳でもないからなあ。門前払いされそうだ。


「なに? ピケ家と繋がりがあるのか?」

「繋がりと言うか、一度会ったくらいなんですけどね。いきなり転生者ってバレまして、尋ねて来いって言われたことがあるんですよ」

「ううむ。子爵は確かに革新的じゃからな。忌避感は少ないのかもしれんが……しばらくは王都から帰ってこれんじゃろうな」


 以前に裕也も言っていたが。王都では次期国王の後継者争いが本当に行われているらしい。その為に領主の総代として今は王都に居る。しばらくは動けないだろうという話だった。



 やはり魔石磨きは入りは少ないが楽しいな。ランゲ爺さんに色んなことも教えてもらえるし。ちょっとしゃべったアイデアがあっという間に金に換わる。魔法の仕事ですわ。ついでに貸金庫的なシステムや、遠方から来た冒険者向けの短期のコインロッカー的な使い方の話等すると、ランゲ爺さんはそれも考えてみると満足そうに思案していた。




 ギルドで報酬を受け取り帰宅すると、ケルプはいい感じに干されて硬くなってる。周りに粉が吹いた感じになっており、こういう粉がグルタミン酸なんじゃないか? と期待させる。


 とりあえず水を張った鍋に何枚か入れておく。うまく抽出出来てれば明日の朝にでもジロー屋に持っていってみよう。




「なんだ? 随分ヌルッとした水だな」

「中に干したケルプを入れて一夜置いてみたんですよ。ケルプの中にあるうまみの成分が水の中に溶け込んでいるんです。上手くいけばこれで少し変わるかと」


 朝に早速持って行き出来た出汁を見せる。これをスープを煮る時に使えばと思ったのだ。店主は説明してる間にもウズウズし始め、説明を終えると早速作業を始める。


 やがて2杯のジローが完成した。

 カウンターで2人で座りすすり始める。


「ん! なんだこれは。たしかに味に深みが出た感じがするな」

「おお。良いじゃないですか」


 やはり化学調味料をどばっと入れるのとは違うが、うまみ成分が増える分確かに以前のよりさらにそれっぽくなった気がする。


「うんうん、兄ちゃんに頼んで正解だったな」

「いや~たまたまですよ。俺も美味しいジローが食べたいんで嬉しいですよ」


 その後ケルプの干し方や、出汁のとり方を教えた。乾燥ケルプをスープに直接入れて煮込むのも考えたがそれはケルプの味も出そうで水で出してみたという話もし。店主はしばらく色々やって研究してみると張り切っていた。



 ううむ。朝からこってりなジローを食ってギラギラしちゃうな。

 とりあえず今日もギルドで良さげな依頼が無いか見てみるか。



 俺はギルドに向かって歩き出した。

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